【20】
恐ろしい形相をした獣の顔の神が、身の丈ほどもある青竜刀を力任せに振り下ろしている。
その太刀からは凄まじい炎の竜が迸り、あるもの全てを焼き尽くしている。
地獄絵図としか思えない。
禍々しく陰惨な絵。
けれどサンジが息を呑んだのは、その絵の陰惨さからではなかった。
荒ぶる感情のままに太刀を振り回す戦神の、目。
この目をサンジはついさっき見たばかりだった。
戦士を選ぶ、戦いの場で。
全身に激しく渦巻く焔のようなオーラを纏いつかせながら、それを隠そうともせず、まるで力量の違う相手を無慈悲に斬り捨てた…………禍々しいほどにぎらついた、ゾロの、金の瞳。
まるで写し取ったかのように、絵の中の戦神の瞳は、ゾロのそれにそっくりだった。
呆然と、サンジはその絵を見つめ続ける。
後ろからぴたぴたと裸足の足音が聞こえる。
振り返らず、壁を向いたまま、サンジは背後の気配に話しかけた。
「なぁ、ゾロ……、」
微かに声が震える。
「お前あの時…なんであんなに怒ってた…?」
「あの時?」
ゾロが問い返してくる。
「…戦士を決める…戦いの時。」
サンジが言うと、ややあって、いきなりぶわりと背後の気配が強まった。
言った途端にその“気”を放ち始めるゾロに、サンジの背筋が総毛立つ。
「あんなん、てめェらしくねぇだろ…。なんであんなに冷静さを失ってた…? 何であんな戦い方した…。」
恐ろしくて、振り向けない。
ゾロが怖いのではない。
背後でゾロが、ゾロではないものに変貌しているのではないかという気がして、それが恐ろしくて振り向けない。
けれど、知りたかった。
何があんなにもゾロを激昂させたのかを。
ゾロはなかなか答えない。
焦れて、サンジは意を決しておもむろに振り向いた。
ゾロは数歩後ろに立っていた。
全身に纏うオーラはあの時のそれと同じだ。
けれどどこか…弱々しい。
節目がちのゾロの顔も、怒っているという顔ではない。
どちらかというと、…叱られている子供のような。
「…ゾロ…?」
サンジが名を呼ぶと、ゾロは大袈裟なほどに肩をびくりとさせた。
わけがわからない。
サンジは叱っているわけでも責めているわけでもないのに。
「…ゾロ……。」
「…ってたんじゃ…ねェ…。」
「え?」
「怒ってたんじゃねェ。………………………嫉妬してた。」
「……………………え?」
サンジが目を丸くする。
ゾロはサンジを見ないまま、ぼそぼそと言葉をついた。
「あいつらの誰かがお前を抱くのかと思ったら…、一瞬でなんもかんもわかんなくなった。あいつらがお前を視姦してるのが許せなかった。一人残らず…殺してやろうと思った。」
その言葉に、サンジは絶句した。
ちょっと待てよ…嫉妬って…殺してやろうって…。
言葉を失っているサンジの耳に、
「ルフィの奴、真正面に立ちやがって…。」
という小さな呟きが届き、サンジは反射的に、
「ルフィがなんだって?」
と聞き返す。
ゾロが舌打ちしながら答えた。
「ルフィが敵越しの真正面に立って、ずっと見てやがったから…、あいつらを殺さずにすんだ。ルフィがストッパーにならなかったら全員殺してた。」
「……………………島の奴ら全員。」
怒りではなく、嫉妬。
冷静さを失うほど、ゾロは嫉妬で目が眩んでいた。
島の全員を殺そうと思うほど。
サンジが、自分以外の誰かに抱かれるのなら。
ルフィが見ていたから、ゾロはなんとか自分を抑えられた。
それほどまでにゾロを暴走させたのは、サンジ。
「なぁ…なぁ、てめ、それって…、それってさぁ…。」
もつれる舌を、サンジは必死で紡いだ。
「…俺のこと、好きなの…?」
言ったとたん、目の前のゾロががばっと顔を上げて、あんぐりと口を開けるのが見えた。
「何言ってんだ、このクソ眉毛!! 好きだって言っただろうが!!!」
いきなり怒鳴られた。
「え、いつ?」
だがサンジも思わず聞き返す。
言われただろうか。
ゾロにそんなこと言われたら、その瞬間に昇天でもしてしまうと思うのだが、聞き逃すなんてもったいない事をしてしまったのだろうか。
「いつって、…いつって…。」
ゾロが急に押し黙る。
「………………言ってなかったか?」
「………………聞いてねェ。」
エロい事はいっぱい言われたような気がするが、好きだと言われたような覚えはない。
そういえば、“てめェが誰のもんか教えてやる”とか“てめェの全部、俺で満たしてやる。”とか“儀式が終わってもずっとてめェを抱きてぇ”とか言われた。
それは…そういう意味だったのだろうか。
「ばりばりそういう意味だろうがよ…。」
唸るような声で言われた。
どこか拗ねているように見えるのは気のせいではあるまい。
サンジは苦笑しながら、「わかんねぇよ」、と答えた。
ゾロはまた唸って頭をがりがり掻くと、
「つまり、まったく伝わってなかったってこったな。」
と、独り言のように言った。
頭をがりがり掻いた後、腹巻に手を突っ込むような仕草をし、そこに腹巻がない事に気づくと、罰の悪そうな顔になってごまかすかのように、ぼりぼりと腹を掻いて、と、せわしなく動いた後、ゾロは突然何かを決意したように、拳を握り、目を瞑った。
そして目を開けると、まっすぐにサンジを見据える。
「サンジ。」
初めて呼ばれた名前に、サンジの心臓が跳ねた。
「……嫉妬に狂った俺がどんなに不様か見たろう。
お前の事で俺は簡単に箍が外れる。
こんなにもてなしてくれた島の人達だって平気で殺そうとする。
けどもし…、お前が傍にいてくれるなら、二度と我を忘れた狂気の剣をふるったりしないと誓う。
俺のもんになれ。
─────────お前が好きだ。」
呆然と、サンジはゾロを見つめた。
簡潔に、ストレートに告げられた、ゾロの気持ち。
それはすとんとサンジの腑に落ちてきた。
落ちたそこから、じわじわとそれが全身に広がっていく。
全身が熱くなっていく。
─────お前が傍にいてくれるなら、
─────天に月のある限り
「てめェ、知ってて言ってんのか…?」
思わず口から零れ出た。
「あ?」
たぶんゾロは知らずに言ったに違いない。
─────二度と我を忘れた狂気の剣をふるったりしないと誓う。
─────二度と再び怒りで大地を焼かないと月神に誓った。
「お前…、その言葉…戦神が月神に誓ったのと同じ言葉だぞ…。」
─────月神によって癒された戦神は、永遠の愛を月神に誓ったんです…。
「この神殿で…臥月祭の日に…その誓いを口にするのは…、お、俺に、…永遠の愛を誓うのと同じことだぞ…。」
サンジの言葉を聞いたとたん、ゾロは一瞬、呆けたような顔をして、すぐににやりと笑って見せた。
「上等だ。」
言うなり、ゾロは大きく足を踏み込んでサンジの体を引き寄せ、抱き締めた。
上背がほぼ変わらない為、抱き合えばお互いの顔が間近に来る。
サンジは何の迷いもなく、目の前の端正な顔に口付けた。
誓いのキス、というにはあまりにも濃厚な、深い口付けをお互い貪るように交わした。
「な、あ、…てめェ、は…?」
キスの合間にサンジが囁く。
「俺はてめェのもんになる…けど、…てめェは?」
キスしたゾロの唇が、笑むのがわかった。
「お前のもんだ。」
そうして二人は、お互い全裸のまま、いつまでもいつまでもキスを交わしていた。