∞ シャケノベイビー 6 ∞
【 ZORO 】
サンジが七輪に近づく。
「ひっくり返すのは一回」、と小さく呟きながら、菜箸で切り身をひっくり返す。
じゅう、と魚の脂が炭に落ちて、ぱちぱちと音を立てた。
ひっくり返された面には、キレイな網目模様がついている。
それを満足そうに眺めてから、サンジはテーブルの上に料理を並べだした。
だしまき卵。
大根おろし。
ホウレンソウのおひたし。
ゴボウサラダ。
豆腐と油揚げのお味噌汁。
冷奴。
ほかほかの白いご飯。
あっつい焙じ茶付。
うわぁ…とゾロは思った。
やばい。泣きそうだ。
感動で泣きそうだ。
ことり、と最後に焼き鮭の皿がテーブルに乗せられた。
焼き鮭だ。
夢にまで見た焼き鮭だ。
食べたくて仕方なかった焼き鮭だ。
思わず、手を合わせて「いただきます」をした。
切り身に箸を入れると、ほっこりと湯気が上がる。
香ばしい匂い。
魚の脂の匂い。
身を崩して口に運ぶと、少しきつめの塩気を舌に感じる。
噛み締めると、じんわりと魚の甘味が口の中に広がる。
旨い。
焼き方も完璧。
皮もぱりぱり。
思わず目を閉じて咀嚼に浸ってしまう。
ああ焼き鮭だ。
ほっこりふんわりぱりぱりでしょっぱくて甘い、焼き鮭だ。
この鮭で食べる白飯がまた、んまいのだ。
不意に注がれる視線に気がついて顔をあげると、サンジが向かいに座ってゾロを見つめていた。
おいしい?とその目は聞いている。
クソウメェだろ、の顔をしているのに、瞳に微かに揺らぐ、不安の影。
おいしい? おいしいよね? と、小首を傾げている。
やたらと幼く見える、アホっぽい顔。
─────か… カワイイじゃねぇか…
思わずそんな事を考えてしまって、ゾロは慌てて、だしまき卵を口の中に放り込んだ。
これもまたすごく旨い。
こと卵料理に関しては、身近な食材であるせいか、クルー達はそれぞれに好みの味を持っていて、しかも細かい。
卵焼き一つとっても、甘いのがいいだの、辛いのがいいだの、醤油をかけたいだの、ケチャップをかけたいだの、甘味噌で食いたいだの、味噌は混ぜ込む方がいいだの、いやいや田楽風の方がいいだの、やかましいことこのうえない。
ゾロの好みは、だし味でほんの少しお酒の香りがするやつ。
それに大根おろしをのせて食べるのが好きだ。
サンジが出してくれただしまき卵は、ちゃんとお酒の香りがしている。
大根おろしもついていた。
これはゾロのためのだしまき卵だ。
他のクルーの誰でもなく、ゾロのためだけに作られた、ゾロ専用の、食事だ。
うわぁ、って思う。
なんだかたまらない。
こんな風に自分の好きなものがタイミングよくぽんと出てくると、まるで自分がこのコックから無茶苦茶好かれてるんじゃないかという気がしてくる。
なんでだろう。
どうしてサンジはゾロの好みを知ってるんだろう。
ゾロが料理の事に関して、こういうのが好みだ、とか、こういう風にして欲しい、などとサンジに言った事は、記憶を辿っても一度もない。
なのにサンジは、いつの間にかゾロの好みをちゃあんと知っている。
そして、何でもない事のように、あたりまえのように、それらはゾロの前に並べられる。
すげぇ奴だ、と思う。
プロの仕事ってこういう事なんだ、って思う。
でも、ただプロっていうだけじゃなくて、それ以上の、サンジ自身の持つ、いろんな何かが、サンジの食事には含まれてるような気がする。
できれば。
できればこの先もずっと。
サンジの料理だけ食べ続けていたい。
うっかり、ぽっかりそんな考えが頭に浮かび、ゾロは慌てて味噌汁を啜った。
ちくしょう、これもうめぇ。
2004/05/27