■ Crime of Pain ■


【3】

 

RRRRRRRRRRRR

 

無粋な電話の呼び出し音に、二人の体がびくりとする。

誰に見られたわけでもないのに、慌ててゾロの体を離し、弾みでずるりとサンジの尻からゾロのペニスが抜けた。

一瞬、サンジが呻いてから、よろけるように立ち上がる。

それから急いで電話にかけよる。

 

その足に、ゾロが中出しした精液が伝う。

 

 

「はい。あ、お世話になってますー。はい、はい、………………え?」

不意に声のトーンが変わった。

 

ゾロが訝しげに様子を窺う。

後ろを向いたサンジの肩が、かたかたと震えているのに気づき、ゾロは慌てて駆け寄った。

「ど、いうこと、ですか…、なんで…」

受話器を握り締めるその顔は血の気が失せている。

「わ、わかり、ました、こちらでも、探してみます、ので…。はい、はい…。」

がたがたと震える手が、受話器を置く。

明らかに尋常ではない。

「サンジ、何があった。」

ゾロを振り返ったサンジは、真っ青で今にも倒れそうだ。

「ゾロ、ど…しよ、ルフィ、ルフィが…幼稚園からいなくなっちゃったって…。」

「あ?」

近寄ったゾロに、サンジが取り縋る。

「どうしよう、あの子に何かあったら。何かあったら、おれ、おれも、いきてけな…、」

「おちつけ、サンジ!」

サンジの両肩を掴み、ゾロは必死で言い聞かせる。

「幼稚園からここまでの距離は?」

「けっこう、ある。歩いて歩けない距離じゃないけど…、子供の足ではどうか…。」

「いつも登園はバスか。」

サンジがこくこくと頷く。

「子供が幼稚園を抜け出していく可能性のあるところに心当たりは?」

「わ、かんな…、うち以外に…、どこに行く所が…。」

「わかった。なら、家に帰ってこようとしてる可能性が高いってことだな。」

そうだ。

まだルフィには遊びにいく友達もいない。

友達は皆、同じ幼稚園の子だ。

「サンジ、子供は家に帰ってくるかもしれない。だからお前はここにいろ。俺はここから幼稚園まで行ってみる。途中を歩いてるかもしれないからな。」

「俺も行く!」

「ダメだ。俺とお前が一緒にいるわけにゃいかねぇし、もし、子供がここに帰りついた時、誰もいないじゃ困るだろう。お前はここで待ってるんだ。わかったな。」

言い置いて、サンジの服を急いで着せてやり、リビングの椅子に強引に座らせる。

サンジはなすがままだ。

かなり動揺している。

不安ではあったが、とにかくゾロは、自分も身支度を整え、幼稚園までの道筋を聞いて部屋を後にした。

幼稚園は大通り沿いにあり、距離はあるが、道筋は単純だ。

毎日バスで通っていれば、4歳の子供でも道順は覚えられるかもしれない。

ゾロは、沿道に注意しながら車を走らせた。

 

ちょうど幼稚園と公団の中間位置まで差し掛かると、歩道を、青いスモッグを着た子供が歩いているのが見えた。

咄嗟にゾロは路肩に車を止めた。

「おい、お前!!」

声をかけると、子供が振り向いた。

瞬間、ゾロはどきりとする。

ちびすけのくせに、やたらと強い光を放つ黒い瞳。

一瞬、ゾロは、その光に気圧された。

「…お前、エースんとこのガキか。」

「そうだよ。おまえだれだ。」

子供のくせに口調は実に横柄だ。

見も知らぬ、しかもゾロのようないかつい男にいきなり声をかけられたら、大概の子供は脅えるか警戒するはずだが、この子供は怯みもせずに、まっすぐにゾロを見上げてきた。

その視線の強さに、ゾロは思わず感心した。

 

エースのガキにしちゃ大したもんだ。

こいつぁ、もういっぱしの男の目をしてやがるじゃねェか。

 

「お前の父ちゃんと母ちゃんの友達だ。」

トモダチ、という言葉の白々しさにゾロは内心で苦笑する。

「黙って幼稚園抜け出して、母ちゃん心配してんぞ。」

さすがにその言葉は聞いたのか、それまでふてぶてしいほどに凛としていた子供の顔が、揺らぐ。

「おれ、ぞろってやつにあいにいくんだ。」

いきなりのその言葉に、ゾロはギョッとした。

「…なんで。」

「しらないひとにはおしえない。」

それはそうだ。

この子供は正しい。

ゾロはわずかに嘆息して、

「ゾロは俺だ。」

と言った。

ルフィがじっとゾロを見つめる。

いい目をしやがるな、と、ゾロはまた思った。

きらきらと揺るぎなく輝く漆黒の瞳。

サンジの瞳がアクアマリンなら、この子供の瞳は黒曜石だ。

人を見る時の真っすぐな視線はサンジによく似ているが、サンジよりもずっと陽性で強い。

髪と目の色以外エースに似たところはない。

サンジに対するのとはまた違った意味で、惹き付けられた。

きっとこの子は幼稚園でも人の中心になる人気者だろう。

そんなふうに思った。

 

しばらく黙ってゾロを見ていたルフィが、おもむろに口を開いた。

 

「サンジなかせてんのはおまえか?」

 

その言葉に、ゾロの心臓が跳ね上がる。

 

「…泣いてるか…?」

「ないてるよっ。サンジはよくなくけど、あんなふうになくの、おれ、はじめてみた。」

「…そうか。」

サンジを泣かせているだろう事など、ゾロは百も承知していた。

泣かせようが不幸にしようが、サンジが欲しかったのだ。

わかっていて、やった。

けれど、それをこの子供から改めて言われると、その罪の深さにゾロは絶句するしかない。

エースに知られようと、子供に知られようと、構わないと思っていた。

けれど、この子を知ってしまった今となっては、この凛とした目をした子が幼稚園を抜け出すほどにサンジを気遣っていることに、後ろめたさと申し訳なさを感じる。

「…なんで俺の名前知ってる?」

「サンジがねながらよくよぶ。そんでねながらないてる。」

「…そうか。」

 

夢の中でまで俺はお前を泣かせてるか…。

 

それでも、サンジの夢の中すら自分が支配していることが、嬉しく思ってしまう。

 

「なんでなかせるんだ。」

ルフィがまっすぐに聞いてくる。

「…泣かせたいわけじゃねェ。他にどうしていいかわからねェだけだ。」

子供にこんな言い方をしてもわからないだろうな、と思うが、ゾロは自分の気持ちを正直にそのまま言った。

何故かこの子を子供扱いするつもりは起こらなかった。

この瞳のせいかもしれない。

真実を深く見通すような、黒い瞳。

 

本当は泣かせたくなどない。

笑っていて欲しい。

幸せにしたい。

幸せになってもらいたいのではない。

ゾロの手で幸せにしてやりたい。

己の知らぬところで幸せになっているサンジなど、ぶっ壊してやる。

けれど、泣かせたくは、ないのだ。

なんて身勝手な。

なんて傲慢な。

 

それでも、愛しているのだ。

 

黙り込んだゾロを見て、ルフィはふと、その顔をきょとんとさせた。

 

「…おまえ、さんじのことすきなのか?」

 

不思議そうに聞くルフィに、ゾロは

 

「…好きだ。」

 

と答えた。

 

するとルフィが、にかっと笑った。

「そっか。」

サンジのそれによく似た、何の警戒心も無い全開の笑顔。

「おまえがサンジきらいでなかしてんならおれ、おまえぶっとばそうとおもってた。でもおまえがサンジすきならゆるしてやる。」

 

なんと不遜な。

なんと純粋な。

 

─────お前がサンジ好きなら許してやる。

 

その一言で、ゾロの心に巣食っていた暗い欲望が、すうっと晴れていくのがわかる。

不意に思い至った。

 

そうか、この子は。

 

生まれながらにして、サンジの愛情をおなかいっぱい注がれてきた子供。

 

ゾロを裁くのは、エースでも道徳でもない。

きっとこの子だ。

 

「おれもすきだ。サンジだいすきだ!」

 

なんのてらいもなく、むしろ誇らしげに、ルフィは言った。

黒髪の子供が、まるでサンジの金髪を目にした時のようにまぶしく感じられて、ゾロはちょっと目を細めた。

 

「ああ…、俺もサンジが好きだ。」

 

「おれのほうがすきだっ。」

「バカ言え、俺の方だ。」

「おれはサンジをまもるおとこになるんだっ。」

「ふぅん。なら俺と戦うか?」

じゃれあうように二人が組み合った、その時だった。

 

ゾロの携帯が鳴った。

 

着信画面にサンジの名を見て、「やべ」とゾロは慌てた。

うっかりルフィと話し込んでしまったが、サンジはきっと今頃泣きながら心配しているはずだ。

案の定、電話口のサンジの声は、ぐずぐずの涙声だった。

すぐさまゾロは、ルフィを見つけた事を告げる。

「見つけたぞ、サンジ。お前のガキ。」

その一言で、電話の向こうの相手は、完全に泣き崩れた。

「やっぱ家に帰る途中だったらしい。どうする? そっちに連れ帰るか? 幼稚園に送っていった方がいいか?」

問うと、「連れてきて」、としゃくりあげながら返ってきた。

「わかった」とゾロは答えてから、ルフィに電話を換わる。

『このバカっっっっっっ!!!!!!!!!』

ゾロに聞こえてくるほどの嗚咽混じりの怒鳴り声がした。

ルフィは言い訳一つせず、ごめんなさい、と謝っている。

たいしたガキだ、とゾロは思った。

4歳の子供なら、普通はもっとヘタな言い訳したりするもんだろうに。

こういうふうに、エースとサンジが育てたのだろうか。

それとも、これはこの子の持って生まれた資質なのだろうか。

 

そんなことをぼんやり思いながら、ゾロは不意に、さっきのサンジの様子を思い出した。

 

出てくる時、おざなりに服を着せたが、あの後、ちゃんと服を着たろうか。

まさかまだ、今まで男に抱かれていました、なんて格好をしてるんじゃないだろうな。

床に落ちた情事の痕跡は、消しただろうか。

サンジはかなり動転していた。

自分の身なりを忘れているかもしれない。

 

ルフィがひとしきりサンジに怒られてから、携帯をゾロに返してきた。

電話の向こうのサンジに、「じゃあ、そっちに連れて行くから」と言って電話を切ってから、ゾロはすぐさまメールで、

『着替えたか。パンツ穿いたか。少し時間おいて連れて行くから床も拭いとけ。』

と送信した。

それだけでサンジはすぐ状況を理解したらしい。

即座に泡を食ったような返信が来た。

『10分時間潰して。ごめん。よろしく。』

苦笑しながら『了解』と返して、ゾロはルフィを車に乗せた。

 

2005/12/25

 


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