■ 最終話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫


【27】

 

自慢じゃないが、サンジの今住んでるアパートはすごい。

何がすごいって築40年だ。

四畳半一間。

風呂はついてない。

トイレは共同。

ちゃちい流し台に一口のコンロ。

一階の真ん中だから、家賃は、角部屋よりもちょっとだけお得な一万六千円。

基本的に寝に帰るだけの部屋だから、テレビも電話もない。

一つだけ置いてあるサイドボードはゴミ捨て場から拾ってきたものだ。

それでもこのアパートは、バラティエまで自転車でいけるという利点もある。

 

これがサンジの城だ。

 

今の自分の身の丈にあった部屋だと思っている。

ここでの生活に、サンジは充分満足していたし、何一つ不自由はなかった。

不便は不便なりに工夫次第で楽しめるのだ。

 

 

だが。

 

 

「ちょ…、ちょっと待っ…! だめだってば、ゾロ、だめ…!!」

今初めて、サンジはこのアパートに住んでいる事をちょっと後悔していた。

だって、大声を出して抗う事が出来ない。

何故ならこのアパートの壁はとっても薄いから。

今だって、隔てた壁の向こうから、隣室の声が丸聞こえなのだ。

こっちの声が向こうに聞こえないはずがない。

囁くような声で、それでも必死に抵抗しているというのに、ゾロはどこ吹く風でサンジにのしかかってくる。

「…サンジ……。」

床に押し倒され、耳元に甘く囁かれて、サンジの全身がぞくんと総毛立つ。

サンジの抵抗が止まった一瞬を、ゾロが逃すはずもなく、そのまま耳たぶに噛みつかれた。

「あっ…!」

ゾロに触れられれば、どうしたってサンジの体は熱を持ってしまう。

そうなってしまえば、抵抗なんてもう形ばかりのものだ。

「だ、め、だっ…てば、壁…うすいんだ、からっ…、隣、聞こえ……っ…」

言い募ろうとした口を、ゾロの唇が塞ぐ。

忽ち脳の芯がじんと痺れて、サンジは、突っぱねようとしたその手でゾロに縋り付いてしまった。

「ん…、ん…」

口付けは、すぐにごまかしが聞かないほど深く甘くなる。

その間にも、ゾロの手は性急にサンジの白いセーターを捲り上げ、その下に滑り込む。

夜気ですっかり冷たくなった指がひやりと肌を撫ぜて、サンジが身を竦ませる。

無意識に体が逃げてしまい、また押さえつけられて唇を奪われる。

自分の口腔に入り込んできた相手の舌に、自分のそれを絡める。

歯を立てる。

吸って、舐めて、くすぐって。

相手の舌が逃げると、舌で追いかけて、相手の口腔にたどり着く。

舐めて、しゃぶって、噛んで。

口の中が水っぽくなるまで互いの舌を探って、歯列をなぞって、そうして舌を引き抜くと、またすぐ相手の舌が追いかけてくる。

 

─────噛み千切ってやりたい。

 

そう思ったのは、サンジだったろうか、ゾロだったろうか。

或いは両方だったかもしれない。

自分の官能を擽るこの柔らかな舌に、思うさま歯を立てて、あふれる血を啜りながら食べてしまいたい。

 

そう思うほどの、強烈な飢餓。

 

何故、三年近くもの間、耐えていられたのだろう、この餓えに。

こうして触れてしまえば、もう自制心などきかないというのに。

 

不意にゾロがサンジから唇を離す。

すると途端に、サンジはせつなそうに瞳を潤ませた。

「や…、ゾロ…もっと…」

さっきまで、だめだと拒絶していた事ももはや忘れてしまったのか、サンジの口からはねだる言葉が飛び出してくる。

ゾロの口元に微苦笑が浮かぶ。

 

 

本当はサンジがだめだと言っている事も隣を気にしている事も理解しているのだ。頭では。

サンジの部屋に入れてくれ、と言ったときは、ゾロはもちろん完全にその気だった。

だが、サンジは歩いて帰れる距離、等と言ったが、実に一時間近く歩かされた挙句、現れたアパートの、レトロというにはあまりにも程がある外観に、ちょっとばかり萎えたのも事実だ。

ボロボロの外壁に、今時珍しい重たそうな木の雨戸。

アパートと言うより、長屋といった雰囲気だ。

元々は学生用の下宿として建てられたのだろう、玄関も共有だ。

玄関のドアを開けると、上がり框があって、そこで靴を脱ぐようになっている。

下駄箱が見当たらないし、サンジが自分の靴を持って上がったところを見ると、靴は自分の部屋まで持っていかなければならないらしい。

一階のちょうど真ん中辺りの部屋。

サンジの右隣はいったい何人で住んでいるのか、こんな時間だというのに廊下にまでがやがやとかなりうるさい話し声が響いている。

こんなにうるさいにもかかわらず、他の部屋から苦情が来る様子はない。

サンジの左隣はすでに就寝しているのか、物音ひとつしない。

サンジが鍵を取り出して鍵穴に差し込む。

長いこと鍵を付け替えてないのか、鍵穴に変な癖がついているらしく、サンジがしばらくがちゃがちゃと鍵と格闘する。

垣間見えるサンジの慎ましい生活に、ゾロの心の中には、性欲よりもいじらしさや愛しさが突き上げてくる。

今晩は焦って体など繋げないで、二人で話をしながらずっと抱き合っていよう、とすらゾロは思い始めていた。

それなのに、その欲に再び火がついたのは、サンジの部屋に通された時だった。

寝に帰るだけ、と言っていたその部屋は、その生活感のあまりない内装とは裏腹に、篭った空気は濃密なサンジの匂いがした。

タバコの名残と、店から持ち帰った料理の名残と、サンジ自身の持つにおい。

それはゾロの記憶を直撃した。

あの頃、毎日毎日傍に置いていたにおい。

 

ゾロがそれまで抱いていた女達は、皆一様に人工的な香りを身に纏っていた。

何の香りもしない体などサンジが初めてだったのだ。

けれど、生きているヒトの体は、それだけでにおいを持っている。

 

サンジのにおい。

 

太陽によく干した柔らかなタオルのような、小春日和の薫風のような、柔らかで甘やかで、どこか子供じみた何だか懐かしいにおい。

 

それを嗅いだ瞬間、ゾロはもうだめだった。

 

愛しいだとか懐かしいだとかをいっぺんに吹き飛ばして、目も眩みそうなほど強く、“欲しい”、と思った。

だから、その場でサンジを押し倒したのは、殆ど衝動だった。

それはあっという間に、灼けつくような焦燥と強烈な飢えとなってゾロを襲った。

隣室の声が丸聞こえなのもわかっている。

というより、この壁はベニヤ一枚なんじゃないかと思うほど、隣の物音ははっきりと聞こえている。

異国語らしい、日本語とは違うイントネーションの会話が、ほぼはっきり聞き取れる。

これだけ向こうの声が聞こえるのだ、当然、こちらでたてる音も隣室に筒抜けになるだろう。

だが、止まらなかった。

止まれなかった。

 

「サンジ…抱くぞ…」

 

それでもサンジの意志を無視して事を強いる自分が苦々しくて、ゾロは僅かばかりの贖罪を滲ませながらそう囁く。

サンジが無言でゾロにしがみついてくる。

くすん、と小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。

ベソをかきながら、必死とも言える強さでぎゅうぎゅうとしがみついてくるその様が、全身でゾロを好きだと訴えていて、ゾロはもうたまらなくなる。

どうしてサンジはいつだってこんなにもまっすぐに想いを伝えてくるのだろう。

いつでもサンジはありったけの想いをあるだけ全部ゾロにぶつけてきた。

駆け引きも裏表もない、幼稚で稚拙で、だからこそ純粋で濁りのない、まっすぐな想い。

こんな酷い男の、一体どこをこんなにも愛してくれたのか。

顔が見たくて、しがみつくサンジから少し体を起こす。

するとサンジは慌てて追いすがってくる。

それを床にやんわりと押さえつけて、請うように見上げてくる瞳を覗き込む。

「変わらないな…お前は…」

そう囁くと、サンジが目をぱちくりさせる。

その顔がなんとも言えず可愛らしくて、ゾロはサンジの頬に指先で触れた。

夜道を歩いてきた頬は、表面は冷たいのにほてっていて薄く染まっている。

確かめるように頬に触れ、唇に触れ、輪郭をなぞる。

指だけでは足りずに唇でその後を辿る。

たくし上げたセーターをするりと首から抜き取って、その首筋に口付けて、鎖骨を舐める。

「ん…っ…!」

サンジの体が小さく震えて、飲み込むように喉が鳴った。

「……ゾ、ロは…変わった…。」

微かな声でサンジが言う。

「そうか?」

確かに変わるためにサンジから離れたのだけれども。

「………だって…、何か…すげぇ優しい。」

どこか拗ねたような口調でそんな事を言うものだから、ゾロは思わず吹き出した。

だが、笑いつつも内心を苦いものが追いかけてくる。

サンジにそんな風に思わせるほど、自分はサンジに優しくしてこなかったのだと気付いて。

そうだ。

思い返してみても、サンジに優しくした記憶などどこにもない。

それでも、あの頃も今もゾロのサンジへの執着は何一つ変わっていないとだと言ったら、サンジはどんな顔をするだろう?

「…乱暴な方が好みか?」

意地悪そうに囁いてやると、サンジもおかしそうに笑う。

「やだ。…優しくしろよ。」

どこか拗ねたような、甘ったるい声で言うから、ゾロもたまらない気持ちになる。

「…優しくしてやる。」

殊更に優しくしてやりたい気持ちにかられて、ゾロはサンジの胸元に唇を落とした。

「あ、んっ…、」

冷たい指で触れたせいで、小さな乳首はつんと硬く尖っている。

それを飴玉を溶かすように舌で舐めあげた。

「んっ…や…ぁ…、」

サンジが擽ったいように身をよじる。

白い肌がさあっと桃色に染まりながら粟立つのが可愛らしい。

三年前とは随分体つきが変わった、と思う。

16歳という歳以上に幼い顔と体だった。

華奢と言うにはあまりにも貧弱で、強く抱いたら折れてしまいそうだった。

男にしては体格的に劣り、だからといって女のような柔らかさにも欠けていた体だった。

痩せている、というよりは、発育不全に近い状態だったと思う。

あの頃のサンジの体つきは、そのまま、サンジのそれまでの生活の酷さを雄弁に物語っていた。

それが、離れていた間に飛躍的に成長を遂げていた。

ガリガリだった体はすんなりと成長し、骨格も大人のそれへと変わろうとしている。

全身をしなやかな筋肉が覆い、以前の不健康さはどこにもない。

それでもゾロに比べたらまだまだ細身だ。

抜けるような肌の白さも少しも変わっていない。

幼い丸い輪郭はすっきりとして、どこかふてぶてしさすら感じられる。

何よりも、綺麗になった、と思う。

だがそれは、女性の持つ華やかな美しさではない。

その硬質な美しさは、まごうかたなき男特有のものだ。

それをこんなにも美しいと思い、滾るような欲望を覚えることに、ゾロは内心で苦笑した。

自分の性嗜好は本格的にホモになったのか、それともそれがサンジでさえあればもはや人間でなかったとしても欲せずにはいられないのか、ゾロにはもうわからない。

 

─────スモーカー、いらねぇ心配だったようだぜ…?

 

成長したサンジをも愛せるのかとゾロに問うたスモーカー。

愛せなかったらお前は壊れるとまで言い切った。

 

─────すまんな。壊れた俺はまだ撮らせてやれそうにない。

 

スモーカーに内心で詫びて、ゾロはサンジに覆いかぶさっていた体を起こした。

サンジは床の上で、陶然とこちらを見上げている。

シャープで鋭角的な輪郭に、酷薄そうな唇。冴えた光を放つ碧眼。

取り澄ましていれば冷たい印象を与えるような顔が、上気して、潤んでいる。

もはや犯罪的と言っていいほど蠱惑的だ。

これを三年もほったらかしに出来た自分に、いっそ拍手を送りたいほどだ。

今のサンジは庇護されるべきヒヨコではない。

自分の翼で羽ばたける美しい大鳥だ。

なのに全身でゾロを求めてくれている。

ストーンウォッシュのジーパンに手をかけると、サンジが僅かに身じろいだ。

「ゾロも、脱げよ…。俺ばっか脱がしてんじゃねェよ…。」

どこか拗ねたような甘えたような口調で言うサンジに笑みを返して、ゾロは黒い革ジャンを無造作に脱ぎ捨てた。

その下の黒のTシャツもがばっと威勢良く脱ぐ。

 

 

三年前よりはるかに鍛え上げられたゾロの体躯に、サンジは息を呑んだ。

「…なんか、ちっと悔しいかも。」

ゾロの筋肉の造形の美しさに思わず呟いた。

男なら誰しも憧れずにはいられないような、完璧な肉体がそこにはあった。

その分厚い胸板を、大きく斜めに袈裟がけに斬った傷もゾロに魅力を損なうに至っていない。

むしろ妙な艶と色気さえ覚える。

今までゾロのこの大傷に色気を感じた事など一度もなかったのに。

正視しがたいほどに怖くて怖くて仕方がないと思っていた傷だったはずなのに。

ゾロの中の何かが変わって、だからこの傷も今までとは違って見えるようになったのかもしれない。

あの頃、怖くて仕方なくて、何故こんな傷を負う事になったのかすら聞くことが出来なかった、この大傷。

聞いてはいけないのではないかとすら思っていた。

でも今はそれを聞けるような気がする。

聞いたら、ゾロはちゃんと教えてくれるような気がする。

いつか聞いてみよう。サンジはそう思った。

 

ゾロが立ち上がり、ダークグリーンのカーゴパンツを下着ごとおろす。

既に固く雄々しく勃ち上がった大振りの性器が現れる。

改めてみるそれは、嫉妬とか羨望とかを通り越して呆れるほどに大きくて、サンジは思わず体を起こしてそれに手を伸ばした。

「サン…!?」

ゾロがぎょっとするような気配が伝わってくる。

それはそうだ。

あの頃、泣いて請うほどにゾロに抱いて欲しいと何度もせがんでいたサンジだったが、セックスの時はいつでもゾロが一方的に事を進めていた。

サンジがゾロの体に…とりわけ性器に触れたことなど、ほとんどない。

熱く脈打つそれに指を絡めると、びくりと震えて大きさを増す。

垂れ下がる陰嚢もずしりと重くて、限界まで欲望を溜め込んでいるのがわかる。

「すっげ…、ぱんぱんじゃん…。」

陰嚢をやわやわと手の平で揉むと、ゾロが喉の奥で息を詰めたのが聞こえた。

先端からじわりと透明な雫が湧いてくるのを見て、サンジは舌を突き出してそれをぺろりと舐めた。

「…ッ…、」

ゾロの腹筋が大きく波打って、ゆっくりと息を吐く音がした。

「…どこでそんな真似覚えた…。」

囁くような、けれどどこか剣呑とした響きを帯びた声で、ゾロが言う。

サンジがぼんやりと目線を上げる。

見下ろすゾロの目が獰猛な光を湛え始めている事を見て、サンジは薄く笑う。

ゾロの瞳に揺らめくのは、嫉妬、だ。

それが、嬉しい。

サンジは、上目遣いでゾロの目を見たまま、ゾロの先端から溢れてくる蜜を舌先で何度も何度も掬い上げた。

本当は喉の奥まで含みたいのだけれど、その砲身は大きすぎて歯を立てないように咥える自信がない。

だから、そのかわりに尖らせた舌の先で、ゾロの先端をこじ開けるようにして舐めた。

「こんな真似、ゾロ以外で覚えるわけねぇだろ…? ゾロだから、したいんだ…。」

先端を唇で食みながら、サンジが囁くような声で言う。

「ゾロの、写ってた写真で、抜いてたんだぜ? 俺。」

上目遣いでゾロを見上げ、そう言ってにやりと笑ってやると、舌に触れていた砲身が、びくりと震えて質量を増した。

ゾロの欲望を忠実に表すこの剛直が、いとおしくてならない。

心の赴くままにそれに舌を這わせ、熱心に舐めていると、いきなりゾロがサンジの額を乱暴に押しやった。

サンジの口からゾロの性器が離れる。

急に中断させられて、サンジが不満げにゾロを見上げた。

サンジを見るゾロの目は、獣のようにギラついているくせに、 どこかせつなげで優しい、不思議な目をしている。

「これ以上しゃぶられっと出ちまうからストップだ。」

言われた言葉に、サンジがニヤリと挑発的に笑う。

「出せばいーのに。飲ませてくんねーの。」

悪戯っ子のようなその笑みに、ゾロもまたニヤリと笑みを返す。

「三年間溜めまくったやつだぜ? フェラ初心者に飲めるかよ。」

しれっとしてそう嘯くのを聞いて、サンジが絶句した。

「三…年間って、なんで…? お…女とヤッてたんじゃねぇのかよ。」

ゾロの貞操に関して、サンジは全く信用していない。あたりまえだ。

だからゾロは、身をかがめて、サンジの耳元に口を寄せて、囁いてやった。

「三年間、お前以外の誰にも勃たなかったって言ったら、…どうする?」

ついでにその柔らかな耳朶を軽く噛んでやれば、サンジの体はふるっと震える。

だがその瞳はびっくりしたように大きく見開いたまま、ゾロを見ていた。

「…ッ…、ずりィよ、ゾロっ…!」

その目が潤む。

「そん、そんなこと、言われたらっ…! 俺っ…、信じちまう、だろうが…!」

「信じろよ。」

ゾロがその痩身を抱きすくめながら言う。

 

信じろよ、ともう一度囁きながら、ゾロはサンジの体を床の上に押し倒した。

 

2008/05/13

 

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