■ 最終話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫
【11】
スモーカーの連載は、その時彼らがどこにいるのかを、サンジに伝えてきた。
彼らはいかにもあてもなく旅をしているようで、今月は近代国家の街並みの写真だったかと思うと、翌月には、どんな未開の地だと思うようなジャングルの写真だったりした。
写真はいつも風景写真で、人物が映っている事はほとんどない。
シャープで美しい写真の事もあれば、ソフトフォーカスの幻想的な写真の事もある。
それに添えられているコラムは、コラムというにはいつでもどこか抽象的な詩のようなもので、やたら難解な文章で構成されているときもあれば、幼子に聞かせるような童話のようなものもある。
スモーカーとゾロの連載は、雑誌の中でもひときわ異彩なように、サンジには見えた。
それでも連載は好評らしく、読者投稿のページには時折「楽しみにしてます」というような投書が載ることがある。
それをサンジは、自分の事のように誇らしく思った。
□ □ □
「なあー、オーナー、頼むよぉー。」
「知らん。」
「オーナーゼフぅー。」
「うるさい。」
「なあー。」
「ディナータイムの準備があるんだ。帰れ、赤髪。」
「そう言わずにさぁー。」
サンジがバラティエのドアを開けると、カウンターに見慣れた赤い髪が座っていた。
「あれ? どうしたの、シャンクス。こんな時間に。」
シャンクスがバラティエに来るのは、いつでも遅いランチタイムだ。
こんな夕方に来るのは珍しい。
「あ、サンちゃあん。サンちゃんからもオーナーに言ってくれよぉー。」
「え、何を?」
「こんな奴に耳を貸すな、チビナス!」
不機嫌そうなゼフと、懇願するシャンクスを交互に見つめて、サンジは状況がわからず小首をかしげた。
「聞いてくれよ、サンちゃん。実はこのたび振興組合が主催で、インターネットで商店街の公式ホームページを立ち上げることになったんだ。」
「…公式…ホームページ?」
「そうそう。個人サイトでタウン情報やら飲食店情報やらやってんのは結構あるけどな、公式ってなかっただろ?」
「なかったの?」
「なかったんだよ。だからな、商店街振興組合の名の元に公式を立ち上げることになったんだ。“ぼったくりの町”だの“犯罪の温床”だの言われてるのをな、何とかしてぇと思ったわけだ、俺ら組合は。」
「へえ。」
「映画館、飲食店、レジャー施設、ショッピング、そういうのをカテゴリーに分けて、細かく情報を発信していくわけだよ。」
「うん。」
「でな、この町のネックはなんと言っても、いわゆる飲み屋だ。とにかく数が多い。んでもってぼったくりもある。そこで公式ホームページの出番だ。ここにアクセスすれば安全でお安く可愛いおねェちゃんのいる店がすぐわかる。な? いいだろ?」
「うんうん。」
「飲み屋の側からしてもメリットになる。宣伝にもなるし、なにより、“当店は商店街認定の優良店ですよ”をアピールする事もできる。逆に言やぁ、タチの悪い店を駆逐もできる。」
「うん。」
「もちろん飲み屋だけじゃ情報としては片手落ちだわな。喫茶店、レストラン、カフェバー、カラオケ、居酒屋、すし屋、ラーメン屋、焼肉屋、焼き鳥屋、とんかつ屋、たこ焼き屋、お好み屋…、」
「わかった! わかったから、シャンクス!」
口角泡を飛ばしながら力説するシャンクスを、サンジは慌てて止めた。
放っておいたら延々と飲食店のジャンルをまくしたてられそうだ。
「で、その公式ホームページがどうしたの?」
「今、登録する店舗を募っててな、飲み屋関係は結構集まったんだ。なにしろ店側としても宣伝になるからな。」
「順調なんだな。」
「いや、そうでもない。問題はレストランだ。」
「なんで?」
「バーレストランやラウンジなんかは割と協力的なんだがね。」
そう言ってから、シャンクスは大袈裟にため息をついて肩を竦めると、無言で厨房の向こうを指差した。
指の先には、仏頂面でスープの鍋をかき回すゼフの姿。
「ああ。」
事情を察してサンジが頷く。
「フレンチや割烹みたいな、いわゆる高級店の類が実に非協力的なんだ。サイトに情報を載せると店の価値が下がると思ってる。」
「そうなの?」
「んなわきゃないでしょ。インターネットもろくに知らんジジィどもがそう思い込んでるだけだ。」
「ジジィどもで悪かったな。」
心底機嫌の悪そうな声が、厨房の奥からした。
「だーかーらーさぁー、オーナーゼフぅー。」
剣呑としたゼフの様子を、シャンクスは意にも介さない。
「そこでバラティエの出番だよ、オーナぁー。」
「出番などいらん。」
「そう言わずにさあー、この町に長くて顔のきくあんたの店が登録してくれればさあー、絶対追従する奴らが出てくるからさあー。」
ああ、なるほど、とサンジはようやっと事情が飲み込めた。
要するに、シャンクスはその公式ホームページとやらにバラティエを載せたくて、ゼフがそれを固辞している、という事か。
「ジジィが嫌がってんのは何でだ? ネット嫌いだからか?」
言い合っている二人に、サンジが口を挟む。
「そんなんじゃねえ。この阿呆はそのホームページとやらにメニューを載せたいとか言ってきやがったんだ。」
忌々しそうにゼフが答えた。
「だぁってさぁー、そこは重要なとこだろー。閲覧者はサイトを見ることで店の格とお値段を知りたいもんだぜ?メニューが載ってりゃそれはすぐにわかるんだ。メニューが載ってると載ってないとじゃ大違いなんだよ。何も隅から隅まで載せなくていいからさ、メニューとワインリスト、あと、店の外観の写真とさ、にーっこり笑顔のオーナーの写…」
「帰れ。」
シャンクスの言葉を遮って、ゼフはにべもなく撥ね付ける。
「客も倍になるぜー?」
「今のままで十分だ。」
それからさもうんざりしたようにサンジを振り返る。
「チビナス、この馬鹿会長を摘み出せ。」
いきなり言われて、サンジは戸惑ったような表情をした。
「…えっと…あのさ、んじゃさ、ジジィ…。」
「なんだ。」
「メニューの詳細を載せなければホームページに載せても構わないか?」
言ったとたん、ゼフが目をむいた。
「お前は振興会の回し者か!」
「サンちゃんわかってるねーえ。」
ゼフの怒鳴り声とシャンクスの嬉しそうな声がほぼ同時だった。
サンジが思わず首を竦める。
「だ、だってさだってさ、ホームページに載せたら、もっとたくさんの人がこの店に来てくれるんだろ…? 俺、俺もっとたくさんの人にジジィの料理食ってもらいてぇよ。ジジィの料理食べたら誰でもみんな、すげぇ幸せになれるから、俺、たくさんの人がジジィの料理食って幸せになるの、もっといっぱい見てェ。」
蹴られるのを覚悟で受身の姿勢をとったまま、サンジが早口で言い切った。
そのままぎゅっと硬く目をつぶってゼフの怒鳴り声と蹴りに備える。
けれど、予想した衝撃はいつまで待っても来なかった。
恐る恐る目を開ける。
と、珍しくも困惑したようなゼフの顔がこっちを見ていた。
サンジが見ているのに気がつくと、ゼフはふいっと顔を背けて、鍋に向き直る。
「そこまで言うならこの件はてめェに預ける。チビナス。」
「え?」
「ナーイス、サンちゃぁーん! そうと決まれば早速打ち合わせだ。ちっとこの可愛い子ちゃん借りてくぜぇ〜。」
打てば響くような速さでシャンクスがサンジの首根っこを捕まえて、ずるずる引きずっていく。
唐突な展開に「え?」「え?」とうろたえながら連れて行かれるサンジは、そのせいで、背中を向けてゼフの表情に気がつく事はなかった。
ほんの少しでも覗き込めば、いかついオーナーがうっすらと照れ笑いを浮かべているという稀有な表情を目にすることが出来ただろうに。
□ □ □
今、ゾロとスモーカーは、強い日差しと鮮やかな原色の国に来ている。
スモーカーはこの地にいるという『精霊』が撮りたいという。
スモーカーの「撮りたい病」はついにそっち方面になったか、と思いながら、ゾロはその国の強い強い太陽の光に圧倒された。
この国の太陽は、なんと強い熱と光を放つのか。
強く強く、その熱をこの肌に灼きつける。
この地で昔から王に太陽の名をつけた理由がよくわかる。
じりじりと容赦なく肌を焼くこの熱と光は、眩しく尊大で傲慢ですらあって、まさに王の名にふさわしい。
富める者も貧しき者も全て等しく熱と光を降り注ぐ太陽こそが。
精霊を撮る、と言いながら、スモーカーは、風景ばかり撮ってきた彼には珍しく、この国に住む人々の姿にシャッターを切り続けている。
なるほど、自然の中で自然に住む人々は、人間と言うより精霊に近いのかもしれない。
族長の家に住まわせてもらっているゾロとスモーカーは、日中は族長の仕事を手伝ったりもする。
とはいっても、スモーカーは日中ほとんどカメラを構えているので、手伝いはほとんどゾロの役目だったが。
一日中畑仕事を手伝わされて疲弊した体を、ゾロは寝床に横たえる。
寝床も慣れ親しんだ布団とはまるで異質の肌触りのものだ。
今日蒔いた種は、普段の食事のための作物ではなく、正月に酒を作るための作物なんだそうだ。
どんな酒になるのかぜひ飲んでみたいが、たぶんその頃には、ゾロ達はまた違う国にいるのだろう。
寝床に腹ばいになったまま、ゾロはノートパソコンを開く。
スモーカーの持っている携帯電話と、ゾロの持っているノートパソコンだけが日本との連絡手段だ。
もっとも、スモーカーの携帯は非常の時以外ほとんど使われないから、実質は、このパソコンだけが連絡手段と言うことになる。
発展途上国で活動するNPO法人なんかも使っている、僅かな電源でも起動するスグレモノ。
その分、やれる事も制限されるが。
メールのやり取りとネットの閲覧程度ならば、何の遜色もない。
ゾロは、ノートパッドを開いて、その日手帳に書きとめたランダムな単語を、文章に組み立てていく。
同じ部屋で、スモーカーはその日撮ったフィルムを整理して、カメラの手入れをしている。
そこそこ発達した国に行った時などは、その場で現像してしまう事もあるが、今回のような国の時は、スモーカーは現像せずにフィルムごと日本に送ってしまう。
仕上がりのチェックはヒナ任せになるから、一種のバクチ同然になる。
それはゾロにとっても同じで、仕上がった写真を見ながら文章をつけるのと、スモーカーが撮っている光景そのものだけを見て文章をつけるのとでは、全くトーンが変わってしまうことがある。
そんな時はたいてい、ヒナからメールで校正が入ったり、掲載予定の写真をサーバーにアップして確認を求めてきたりする。
今日もゾロは、スモーカーが撮った写真がどんな仕上がりかわからないまま、文章を綴っていた。
昼間に中途半端な姿勢で殴り書きした文字は、清書の時に自分で判読できないこともしばしばだ。
それをゾロは丁寧に推敲していく。
清書したコラムともポエムともつかないような文字の羅列を、パソコンに打ち直してヒナにメールで送る。
ヒナ曰く、ゾロの書く文章は、プロの目から見ればまだまだ未熟で拙い。
文体が硬く、こなれていないし、誤用も多い。
感性は確かに非凡なものを持ってはいたが、それを表現しようとする時、ゾロの書く文章はどうしても回りくどく装飾過多になった。
そこから無駄な文を削ぎ落とすには、とにかく文章を書いて書いて書きまくるしかない、と、ヒナは言った。
だからゾロは、スモーカーがカメラのシャッターを押している間中、手帳に文字を書き込み続けた。
目に映るもの、心に映るもの、自分の中から湧き上がってくる文章、全てを。
そうして送信された文章を、ヒナが誤字や誤用を校正して送り返してくる。
それをまた書き直して送る。
ゾロの夜はそんなふうに更けていく。
□ □ □
「蒸らしすぎだ、サンジ。やり直し。」
「何でだよ! 前はこれでいいって!」
「前に教えたのはアールグレイだろう。アールグレイは3分蒸らすでいい。けど、こいつぁアップルティーだ。アップルティーは蒸らしは2分が限度。それ以上蒸らすと紅茶の渋みがリンゴの風味を壊す。」
パティに言われて、サンジは、2分、と口の中で繰り返しながらお茶を淹れなおす。
今日のサンジは、パティのケーキ屋に修行に出ていた。
別にパティシエの修行に来たわけではない。
パティのケーキ屋はお店の中に喫茶スペースがあって、そこで出されている紅茶はとってもおいしい。
そこでサンジはおいしいお茶を淹れる修行に来ているのだ。
以前もパティにはアールグレイの淹れ方を教えてもらったことがあって、それはサンジの誕生日にお客様方に振舞われ、とても好評だった。
バラティエはフレンチのお店なので、食後のお飲み物は基本的にコーヒーだ。
だがお客様の中には紅茶の方が好きという人も多い。
紅茶といったら、イギリスが一日の長だ。
パティはイギリスにパティシエの修行に出ていたので、本格的な英国風のお茶を淹れる。
初めてパティのお茶を飲んだ時、サンジはその味に驚かされた。
鼻孔を擽る芳香と、柔らかな甘みと渋み。
その繊細なバランスは、パティのようないがぐり頭にねじり鉢巻の、どこのすし屋の親父だと言うようないかついおっさんが淹れたとはとても思えないものだったのだ。
感動のあまり、サンジはパティにねだってアールグレイの淹れ方を教えてもらった。
それはバラティエでもとても好評だったので、本格的に習おうと、サンジは、ランチが終わったあとのアイドルタイムを利用して、パティのお店に修行に出ているのだ。
レストランには暇なその時間帯は、喫茶店には実はかきいれ時だったりする。
なので、修行ついでに、サンジはウェイターのお手伝いもする。
こんな時間に押しかけてお茶の淹れ方教えてくれなんて悪いなあ、とサンジは思っているのだが、実のところ、パティにしてみれば、サンジが店に出ると集客率はアップするのだ。
パティの店は内装もメニューも茶器もみんな可愛らしいのに、パティだけがそれにそぐわない風体をしている。
逆を言えば、なんでこんなにガテンな親父が、こんなちまちまと可愛らしい店をやってるのか、と言うことになる。
「…2分。」
「うし、カップに注げ。慌てるなよ。」
注意深く深紅色の液体をカップに注ぐと、ふわりと爽やかな香気が立ち上る。
お茶の香りと、リンゴのフルーティーな香り。
シナモンスティックを添えると、お客様にお出しできるアップルティーの出来上がりだ。
パティがソーサーごとカップを持ち上げて、香りを確かめる。
「ん、香りは合格。」
それからごっつい手でちまっとしたカップの取っ手を持ち上げる。
…頼むから小指は立てないで欲しい。
女の子のように目をつぶってこくっと飲むパティは心底気色悪い。とても本人にはそう言えないが。
ふうっとパティが息をついた。
「味のバランスもいい。あーちくしょう、覚えが早いな、このイカれ煮込みが。」
褒めてるのかけなしてるのかわからない言葉で、パティが褒めてくれた。
へらっと嬉しそうにサンジが笑う。
「うちはリーフを使ってるからな。葉が開くのに時間がかかるから抽出もゆっくりだが、ブロークンやティーバッグならまた抽出時間は変わってくる。どういうお茶を扱うかはオーナーと相談するんだな。」
「うん。」
一通りレクチャーが終わった時、店のドアが開いて、どこぞの風俗店の店長かマネージャーだろうというような男が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
パティとサンジがはもる。
入ってきた男がサンジを見て目を丸くした。
「ああん? こらまた別嬪なバイト雇ったじゃねェか。」
別嬪、と言われて、サンジは複雑そうにお愛想笑いをする。
女装して男を釣っていた時ならともかく、まっとうに働いている今、男に容姿を褒められても嬉しくもなんともない。
だが相手はお客様だから、顔は笑顔を作る。
サービス業のさがだ。
「学生さんかい? いつから入ったの?」
男はケーキそっちのけでサンジに矢継ぎ早に聞いてくる。
聞きながら、男の目はじろじろと無遠慮にサンジを眺め回す。
サンジが不快感を覚えるほどに。
「いえ、あの、僕は…」
学生じゃないし、そもそもここのバイトじゃないし、と困惑しながらサンジが口を開き掛けたとき、
「ひさしぶりっすね、フォクシー店長。今日もバースデーケーキっすか?女の子の?」
と、パティが割り込んできた。
「いやあ、今日は店の奴のじゃなくて、」
「お客さんっすか? さすがフォクシー店長。お客のハートをがっちりキャッチっすね。」
早口でまくしたてるパティを見て、サンジはようやく庇われた事に気がついた。
「いや客でもねえ。」
やっと、フォクシー店長と呼ばれた男は、ショーケースのケーキを見た。
「実はよう、来週うちのおやっさんの誕生日なんだわ。」
それでもフォクシーは、何度もちらちらとサンジを見ているので、ついにパティがさりげなくサンジとフォクシーの間に体を割り込ませた。
「組長さんの? それはおめでとうございやす。」
顔だけは満面の笑みを浮かべる。
「いや、なに…。んでな、誕生日用のケーキ頼みてぇンだが。」
「ありがとうございます。」
パティが軽く頭を下げる。
それを受けて、サンジは素早くレジの近くの引き出しからご予約伝票を取り出した。
組長、という事は、このフォクシーと言う男の店は組がらみってことか。
キャッチかピンサロか、まあそんなとこだろうけど、あまり近づかない方がいい手合いには違いない。
「生クリームとチョコクリームとありますけどどちらにします? 店長。」
「白いのがいいな。イチゴのいっぱい乗った奴。」
生デコ、イチゴ、とサンジは横の会話を聞きながら、伝票に記入していく。
「大きさは?」
「あー、うちの店でやるし、女の子達もいるんでな。一番でかい奴で。」
「6号ってのが一番大きいっすね。直径21.5センチっす。」
「21センチ。っつーと、ああ、こんくらいか。」
フォクシーが手のひらをいっぱいに広げてそれをまじまじと見る。
「小さかねぇか。」
「それよりでかいとなると、パーティーサイズってのがあるっすよ。直径が23センチで2段になってる奴。」
「お、それいいじゃねェか。それ頼むわ。」
「バースデープレートはどうします。」
「おう。つけてくれ。」
「お入れするお名前はどうしましょう。“組長”で?」
「いや…そうだなぁ、“ミポリン”で。」
ぷっと思わずサンジは吹き出した。
組長さんとやらの本名は知らないが、恐らく相当にふざけた名入れに違いない。
小さく笑いながら伝票に「ミポリン」と書き入れて、ふと顔を上げると、こちらを見ながらニヤニヤしているフォクシーと目が合った。
慌てて顔を伏せる。
何だってんだろう、一体。
まるで女の子を値踏みするような、目。
あの目には覚えがある。
女装引ったくりをしていた頃、援助交際を持ちかけた男達は、必ずみんなこんな舐めるような性的な目でサンジを見ていた。
でももうサンジは女装はしていない。
どこから見ても男にしか見えないだろうに、なんでこんな目で見られるのだろう。
「いやあ、ほんとに別嬪さんだねェ。その金髪はホンモノかい?」
「はあ…まあ…。」
「おー、よく見りゃ目ン玉も青いじゃねェか。いいねいいねぇ。」
「……。」
「あんた、ここのバイトは何時までだい?」
「いや、あの…。」
「店長、おふざけはそれくらいにしてくださいよ。せっかくのバイトに逃げられっちまう。」
パティがまた割り込んで助けてくれた。
「ケーキのお受け取りは7時でいいっすか?」
「おう、そうだなあー。あんたが持ってきてくれるのかい?別嬪さん。」
「え…。」
「すいませんね、フォクシー店長、この子は4時あがりなんすよ。」
パティの素早い助け舟に、フォクシーが露骨に残念そうな顔をする。
「そらしかたねぇなあ。」
残念そうな顔を隠そうともせず、名残惜しそうな風情で、フォクシーは店を去って行った。
「明日もまたくっからよー、別嬪さんー。」
そんな言葉を残しながら。
2006/09/06
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