■ 最終話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫


【8】

 

『万人の原風景を撮りたい。』

 

それが生涯追い求める夢だと、スモーカーは言った。

 

と言っても、それは容易な事ではない。

原風景、とは、人の心の中にあるものだ。

人の心の中の景色を、スモーカーは撮りたいと言っているのだ。

人の心の中なんて、地球上のどこに行けばあるというのだろう。

 

「とりあえずはまァ、俺の心の中の原風景だな。撮ってみてぇ風景があるんだ。…どこに行けばその風景に出会えるのか知らんが。」

 

途方も無いことを、スモーカーは飄々と言ってのける。

 

世界中のどこにあるのか、あるのかないのかすらわからない風景を撮りたいという。

あるのかないのかすらわからぬものを探す旅。

 

この旅は最初から、目的地のない旅だ。

 

果たして本当に一年で帰ってこれるかどうかすら定かではないというのに、不思議にゾロの心は明るかった。

 

─────待ってる。

 

蒼い綺麗な瞳から、ぽろぽろと大きな涙の粒を零しながら、そう訴えてきた、あの金色。

 

─────何年たっても、俺はゾロが好きだ。

─────いつまでもゾロが好きだ。

─────ずっと好きだ。

─────誰よりも好きだ。

─────ずっとゾロだけが好きだ…!

 

何の迷いもてらいもなく、惜しげもなく、まっすぐに、ゾロに差し出されてきた、想い。

 

それを思い出すだけで、ゾロの心に穏やかなものが満ちる。

 

この旅できっと、“何か”を見つける事ができる。

そう思った。

“何か”を見つけて、サンジのところに帰る。

 

必ず。

 

 

 

その日、ゾロとスモーカーを乗せた飛行機は、定刻通りに日本を飛び立っていった。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

その同じ日、同じ時刻に、サンジは、ゼフの前で頭を下げていた。

「今の俺ではまだ未熟な事も、そんな資格もない事もわかってる。けど、どうしても一年後にそれを俺の手で作りたいんだ!」

ゼフの前で、サンジは膝を突き、床に頭をつける。

 

「お願いします! 俺にコンソメスープの作り方を教えてください!!!」

 

 

ゼフはその顔になんの感情も見せずに、床に這い蹲るサンジを見下ろした。

 

「……あの男のためにか。」

重い声がした。

サンジが思わず頭を上げる。

「あの男のためにお前はコンソメが作りてぇのか。」

ゼフが何を言いたいのかわからなくて、サンジはきょとんとその顔を見上げる。

「お前がコックになりたいのもあの男のためか。あの男に食わせるためだけにお前はコックになりたいのか。」

 

ゼフの言わんとする事が一瞬わからなくて、サンジは何度も目を瞬かせた。

頭の中でゼフの言葉をゆっくりと反芻する。

 

─────ゾロの為にコンソメが作りたいのか。

─────ゾロの為にコックになりたいのか。

─────ゾロに食べさせるためだけにコックになりたいのか。

 

そうだ、と思うし、違う、とも思う。

なんだか、ゼフの言葉に微かな違和感を覚える。

 

考え考え、サンジは躊躇いながら口を開いた。

 

「コックになりたいと思ったのはゾロがきっかけだけど…、ゾロの為だけにコックになりたいわけじゃないよ。」

 

戸惑いながら言葉を紡ぐサンジを、ゼフはじっと見つめている。

 

「うまく言えないけど…、俺、ジジィのコンソメ飲んで、すげぇって思った。

 何にも具の入ってないスープなのに、飲んだだけで、ほわぁって腹の底からあったかくなって、幸せだな、って思ったんだ。

 俺、飯がこんなに幸せになれるもんだなんて知らなかった。

 俺にも誰かを幸せにしてぇって思ったんだ。

 俺…学校もろくに行ってねェし、なんにもできねェし、何にも持ってねェけど、…でも、こんな俺でも、誰かを幸せにする事ができるんじゃないかって。」

 

そこまで言って、サンジはちょっと息をついて、言葉を探し出しているように小首をかしげる。

 

「…人を幸せにする事のできるコックに、なりたいよ、俺。」

 

選びながら、考えながら、サンジは言葉を紡ぐ。

 

「…今コンソメが作りたいのは、…確かにゾロの為だよ…。一年したら帰ってくるゾロに、何ができるだろうって思ったら…、俺は…、ジジィが俺に作ってくれたあの幸せのスープを飲ませてやりてぇって…、それだけしか、…考えられなかった。」

 

誰か一人のため、なんて、コック失格だろうか。

ゼフはきっと、ふざけるなとサンジを一喝するに違いない。

サンジは床に座り込んだまま、次第に顔を俯かせてしまった。

 

しばらく黙ってサンジを見ていたゼフは、やがて、気づかないほど小さく、嘆息した。

 

 

「厨房に入れ。一年で俺の全部を叩き込んでやる。」

 

 

がばっとサンジが頭を上げた。

唖然と見開いていた目が、みるみる潤んでくる。

嬉しそうに。

「あ…、」

震えながら口を開く。

 

 

「ありがとうございます!!!!! オーナーゼフ!!!」

 

 

そのままサンジは勢いよく床に頭を叩きつけた。

 

2006/06/27

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