■ 最終話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫


【4】

 

食材を選別する。

傷をつけないように洗う。

葉野菜は根元に砂が溜まってることがあるから根元まで丁寧に。

あとで切り落とすところだけど手抜きをせず。

キャベツを切ったときにむしむしくんが出てきても大騒ぎしない。

むしむしくんがいるキャベツは、農薬を使っていないおいしい野菜だって言う証拠だから。

バラティエが仕入れる野菜は、全て無農薬のおいしい野菜だ。

無農薬の野菜はあちこち虫食いの穴が開いている。

高い確率で中にはむしむしくんがお住まいになっている。

そいでもって高い確率で、うまいこと包丁の下にいらっしゃる。

キャベツを真っ二つにすると、むしむしくんも真っ二つになっている事が多い。

それをサンジは半泣きで歯を食いしばって洗う。

無農薬の野菜は、傷みも早い。

だから、洗うときは丁寧に手早く。

なめくじが這ったぬるぬるだけは、どんなに洗っても取れないから、ぬるぬるのついた葉は思い切りよく捨てる。

根菜類は皮をむいて、切り揃えて面取りをする。

材料を切るときは全て同じ大きさに。

そうしないと火が均一に通らないから。

ジャガイモの皮、にんじんの皮は捨てずに取っておいて後で賄いに使う。

 

こんな小さな、一つ一つの作業に、無駄な工程などひとつもない。

誰にも気づかれないような、こんな小さな過程が積みあがって積みあがって、美味しい料理になる。

全てがそこに行き着くまでの、大切な大切な一手間だ。

 

手間を惜しまず愛情を持って。

皮剥き一つでさえ、愛情を欠いては、どんな料理もまずくなる。

 

それはゼフの持論だ。

こんなに口が悪くて粗野でぶっきらぼうで偏屈なじじぃなのに、ゼフの料理からは、確かな愛情が伝わってくる。

 

 

初めてゼフの作ったコンソメスープを口にしたときも、それはサンジを癒してくれた。

 

 

 

 

あの日、サンジは心底疲れていた。

 

 

 

 

女装をやめて、元の自分に戻って、自分の足で立って、そうしてゾロに「好き」を伝えようと思った。

スカートを脱いでジーパンを穿いて、サンジがまずやった事はゾロの部屋の掃除と洗濯だった。

やるなと言われていたからやらなかった。

いつも汚い部屋でうずくまってゾロの帰りを待っていた。

そんな自分とは、訣別するのだ。

ゴミ箱をひっくり返したような部屋を大掃除して、窓を開け放って部屋に新しい空気を入れた時、サンジは、自分の心の中にも爽やかな空気が入ってくるのを感じたのだ。

そうして部屋の中を気持ちよく暖かくした。

ゾロを迎え入れるために。

ゾロの為に料理も作った。

彼女気取りとか思われても構わなかった。

自分がそうしたいから、した。

不思議と、ゾロは何も言わなかった。

そのかわり、何を考えているのかわからないあの琥珀色の瞳で、じっとサンジを見つめることが多くなった。

ゾロが何を思っているのかはわからなかったが、金に光るあの綺麗な瞳に自分が映っていることは、サンジにとって心が震えるほど嬉しかった。

 

ゾロが何を考えててもいい。

女のまがい物ではなくなったサンジを受け入れてくれなくても構わない。

サンジが女装をやめたとたん、ゾロはサンジを抱かなくなった。

ゾロはノーマルなのだから、どこから見ても男にしか見えないサンジを抱く事はできないのかもしれない。

それでも、もう、ゾロの為に装おうとは思わなかった。

だってまがい物の自分を抱いてもらったって、それはまがい物でしかない。

 

絶対に「男」の俺に惚れさせてやる。

 

そう思っていた。

でもどうしたらゾロが惚れてくれるサンジになれるのかわからなかったから、とりあえず、仕事をしようと思った。

ひとり立ちして、ゾロの後をついていくのじゃなく、ゾロの横に肩を並べられるようになりたかったから。

サンジは、ずっと父親からの養育費で暮らしていたから、自分で働いたことなどなかった。

アルバイト一つしたことがなかった。

サンジが初めて自分で金を稼いだ「仕事」は、女装して援助交際を持ちかけた男から財布をひったくることだった。

そういうんじゃなく。

犯罪じゃなく。

ちゃんとした「仕事」がしたかった。

 

何をしたいか、は、もう決まっていた。

サンジはコックさんになりたかった。

 

元から料理を作るのは好きだった。

ゾロの為に作るようになって、それは更に加速した。

ファミレスのハンバーグなんかより、自分の作るそれの方がずっとおいしいと自負していた。

 

あの程度の味でプロだというなら、自分なんか、もしかしたらお店を持っちゃえるかもしれない、なんて自惚れていた。

 

 

そんな甘い自惚れは、当然のごとく、あっという間に粉々に打ち砕かれた。

 

仕事を得る方法すら知らなかったサンジは、電話連絡もせず、履歴書も持たず、いきなり目当てのレストランに行って「雇ってくれ」と言った。

当然の如く、つまみ出された。

自分が何故門前払いされたのかすらわからず、サンジは悪態をついてその店を去り、次に向かったレストランで同じ対応をされた。

それを何回か繰り返し、何軒かめで、ようやく、サンジに諭してくれる人がいた。

それで、サンジはやっと、「履歴書」というものが必要だと知った。

コンビニで履歴書用紙を買い、必要事項を書いた。

用紙の中に見本があり、それを見て書いたので、それほど苦労はしなかったが、見本の「学歴」は大学まで書いてあったのに対し、サンジは「中学校卒業」までしか書くことがなく、やたらと下に空欄ができた。

賞罰ってなんだろう、補導歴を書かなくちゃいけないのかな。

いつパクられたなんていちいち覚えてないけど。

免許も資格も持っていなかったから、そこには何も書く事がなかった。

得意な学科は散々悩んで「体育」と書いた。

趣味、特技にいたっては、もう何を書いていいのかわからず、頭を抱えた。

女装、ってのは特技に入るんだろうか。

でも別に好きでやってたわけじゃない。

 

そうして苦心してやっとの事で履歴書を書き上げたのに、それはサンジの採用を更に不利にしただけだった。

中卒で、無資格。親もいない。保証人もいない。18歳にも満たない。

履歴書から透けて見えてくる、うすっぺらでちっぽけなサンジ。

 

コックとして採用されるには調理師免許が必要で、調理師免許を取得するためには調理師学校に通わなくてはいけなくて、調理師学校に通うには高卒以上の資格が必要だということすら、サンジは知らなかったのだ。

 

一日中、歩いて歩いて歩いて…。

疲れきってへたり込んだ、路地裏。

 

街はすっかり夜の帳がおりていた。

ゆっくりと、昼の顔から、夜の顔へと、街は変化していく。

ネオンと虚飾に彩られた、華やかな街へと。

 

─────いっぱい人がいるなァ……

 

行きかう人々を、サンジは座り込んだままぼんやり眺めた。

 

人目も憚らずキスをしながら往来を行くカップル。

疲れ切った顔で家路を急ぐサラリーマン。

並列で我が物顔で歩いてくる集団の若者達。

男の体に腕を絡ませて歩く、これからご出勤と思しき派手な女性。

こんな時間なのになぜか制服でうろついている女子高生達。

落ち着いた風情の老夫婦。

ひらひらと金魚のひれのような鮮やかなミニスカートで客を引くキャバ嬢。

 

ビルの影にぼーっと座り込んだサンジの前を、たくさんの人が行き過ぎる。

 

ぼんやり人々を眺めているサンジの視界に、不意にくるくると軽やかに回る影が入った。

12、3歳と言ったところだろうか、黒いワンピースを着た少女が、楽しそうにくるくる回りながら歩いてくる。

少女の両脇には両親とおぼしき姿があって、いとおしそうに少女を見つめている。

少女のワンピースは、上質そうな黒い光沢のベルベットで、その下に着た真っ白のブラウスは、ふっくらした袖で、袖口と襟に豪華なレースがあしらわれている。

少女がくるくると回るたびに、スカートの裾からペチコートか何かの幾重にも重なったレースがひらひらと覗く。

そんなにおめかしをして、どこへ行くのだろう。

それとも、どこかへ行った帰りなのか。

くるくる、くるくる、少女は嬉しそうに回っている。

優しそうな両親と、愛くるしい少女。

サンジには縁のない光景を、それでもサンジは、不思議な幸福感を持って、見つめていた。

 

ほんの少し前までのサンジだったら、こんな光景を見たら、すぐに目を逸らして見なかった事にしていただろう。

優しい両親の眼差しと、幸せそうな子供。

サンジには、優しい両親も、子供の頃幸せだったという記憶も、ない。

無関心を装いながら、どうしようもなく羨んでいただろう。

羨ましくて悔しくて、自分も他人も大嫌いだったあの頃。

それはそれほど遠くない過去だったというのに、なんだか何年も前のことだったような気すらする。

今のサンジは、他人の幸せを、ふんわり柔らかな気持ちで見つめる事ができる。

 

ゾロを好きになれたから、知った気持ち。

 

こんな気持ちを持てる自分がどれだけ誇らしいかなんて、きっとゾロは知らないだろうけど。

きちんとまっとうな仕事について、自分の足で立つ事ができたら、もっともっとそういう自分になれるような気がしたのに。

 

─────うまくいかねえなあ…。

 

座り込んだコンクリートの冷たさがじわじわと尻に伝わってくる。

その冷たさはサンジに子供の頃を思い起こさせた。

 

子供の自分よりも、はるかに子供のようだった母。

サンジを産んでおきながら、ついに彼女は母親たりえなかった。

彼女は、子供がぬいぐるみを可愛がるようにしか、サンジを愛せなかった。

舐めるように猫かわいがりしたかと思うと、遊び飽きて、サンジを放りっぱなしで何日も帰ってこなかった。

それでもあの頃のサンジには、母しかいなかった。

食物一つない部屋で、サンジは何日も母親が帰ってくるのを蹲って待ってた。

あの時の、凍えるような寒さ。

 

─────やべえ…

 

じくじくと冷たさが背筋を這い登るにつれて、思考がずるずると深い暗いところにずり落ちていくのを感じて、サンジはシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。

 

その時だった。

 

「何だクソガキ。こんなとこで座ってんじゃねぇ。客が入れねえじゃねえか。」

 

頭の上から唐突にかけられたしゃがれた低い声に、サンジは驚いて背後を振り仰いだ。

コックコートの初老の男がサンジを見下ろしている。

男はそこから降りてきたのだろう、後方に、ビルの中への階段が見える。

自分が階段を塞ぐようにして蹲っていたことに気が付いたサンジは、慌てて立ち上がった。

 

「あ、すんませんっ!」

 

ぴょこんと頭を下げて、詫びる。

詫びながら、こんなところにレストランがあったんだな、と思っていた。

男のコックコートを、サンジは、眩しい眼差しで見る。

 

─────なりたかったなあ、コックさん…

そう思いながら、サンジがその場を立ち去ろうと踵を返しかけた時、

「おい。」

男が不意にサンジを呼び止めた。

 

「飯屋の前で、そんな腹減ったーみてぇなツラするんじゃねェ。あがってこい。」

 

顎をしゃくって、男はさっさと階段を上がって行く。

何を言われたのか、瞬間わからず、サンジがぼうっとその後姿を眺めていると、

「とっとと来やがれ、チビナス!!」

と、いきなり怒鳴られた。

 

 

 

それがゼフとの出会いだった。

 

 

 

ゼフの言葉を理解するより先に、サンジは、「チビ」と言われた事に着火した。

「誰がチビだ、あァ?」

声を荒らげても、ゼフは涼しい顔で階段を上っていく。

「待てよ、クソジジィ!」

サンジが激昂してその後を追う。

 

変色してしまっているカーペット。

塗装の剥げた木の扉。

中に入れば、掃除されてはいるものの、内装もテーブルも、年季が入っていて、いかにもみすぼらしい。

促されるまま、椅子に腰掛けると、今にも壊れると言わんばかりに椅子が軋んだ。

サンジを椅子に座らせて、ゼフは厨房で、背の高いコック帽を被った。

 

─────こんな薄汚い店のくせに、偉そうにコックの格好しやがって。

 

内心で馬鹿にしていたサンジの前に、ことりとスープ皿が置かれた。

 

 

─────金色…

 

その、澄んだ深く美しい金色のスープに、サンジは一瞬で魅せられた。

ことん、と皿の横にスープスプーンが置かれる。

 

え、これを飲んでいいの? こんな綺麗な色のスープを?

 

そう思って、すぐに、そうだよな、スープだもんな。飲むためのもんだもんな。と思い至る。

 

スプーンを持って、金色のスープの中にそっと沈める。

スープの表面に小さな波紋ができる。

磨きこまれた銀色のスプーンに掬われる、金色のスープ。

店内の柔らかな照明が映りこんで、スープがきらきらと輝いた。

たちのぼってくる、馥郁たる香りと温かな湯気。

 

つりこまれるように、サンジはスープに口をつけた。

 

 

 

優しい味だった。

 

 

 

体の全てにしみこんでいくような、或いは、心の全てがとけだしていくような。

 

ただひたすらに、温かく、優しい。

 

冷たく凍りつきそうだった心が、柔らかに蕩けていくのを感じて、サンジは我を忘れてスープを啜った。

子供が母親の胸に夢中で縋りつくように。

それは傍から見ると、がっついていて音も立てていて、行儀がいいとはとても言えない食べ方だったけれど、ゼフは何も言わずにサンジを見ていた。

 

優しい味のスープは、サンジに何一つ押しつけなかった。

ただそこにあるだけの優しさ。

何も押しつけず、激しく自己主張もせず、金色のスープは、ただあるがままのサンジを受け入れ、癒してくれる。

 

いつしか、サンジは涙を流していた。

 

美しく澄んだスープが、視界の中でじわりと滲み、サンジは自分が泣いていることに気が付いた。

泣きながら、サンジはスープを飲んだ。

嗚咽で唇が震えたけれど、構わずに飲んだ。

 

 

 

 

それが、サンジの永久的な指針が定まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

あとはもう、サンジは無我夢中だった。

皿を下げにきたゼフに、なりふり構わず土下座した。

 

お願いします。ここで働かせてください。

なんでもやります。

雑用で構いません。

ここで働かせてください。

お願いします。

 

何度も何度も頼み続けた。

涙も鼻水もだらだら流しっぱなしのまま、木の床に頭を擦り付けるというより、叩き付けた。

 

驚いた様子だったゼフは、「うちはバイトは雇わん。」とけんもほろろにサンジを断った。

 

けれどサンジは諦めなかった。

厨房へと踵を返しかけるゼフの、白いコックコートの足に取りすがって懇願した。

 

必死になって喋った。

喋り捲った。

 

このスープがどれだけおいしかったか、どれだけ感動したか。

自分がコックになりたい事。

たくさん断られた事。

疲れてこのビルの前に座っていた事。

たくさん人がいるなあと思った事。

そしたらゼフが声をかけてくれた事。

スープがおいしかった事。

スープがすごくおいしかった事。

スープを飲んで感動した事。

食べるもので感動したなんて初めてだった事。

自分も作る料理で誰かを幸せにしてあげたい事。

好きな人がいる事。

すごくすごく好きな人がいる事。

その人にも幸せのスープを飲ませてあげたい事。

スープがおいしかった事。

コックさんになりたい事。

好きな人がいる事。

その人にスープを飲ませてあげたい事。

スープがおいしかった事。

コックさんになりたい事。

好きな人がいる事。

その人にスープを飲ませてあげたい事。

スープがおいしかった事。

コックさんになりたい事。

好きな人がいる事。

その人にスープを飲ませてあげたい事。

 

 

しゃくりあげながら喋り捲る内容は支離滅裂だったが、サンジは喋るのをやめなかった。

言葉はもう言葉にならなくなって、泣きじゃくっていたのが大号泣になっても、それでもサンジはゼフのズボンを掴んで喋り続けた。

しまいには、サンジはわんわん泣きながら、「コックさんになりたいよう。」「ゾロにスープ飲ませたいよう。」とまるで子供がだだをこねてるように訴えていた。

 

ゼフはそれを黙って聞いていたが、やがて根負けしたように苦笑した。

 

黙って店の奥に姿を消し、ややあって戻ってきたときは、手にワイシャツとエプロンを持っていた。

まだ床に座り込んでえぐえぐ泣いているサンジの前に、ぽんとそれを放った。

 

 

 

「俺のだからてめぇにゃでけぇかも知れねェが、着替えて店の掃除しやがれ。」

 

 

 

そうして、サンジは、バラティエで働き始めるようになった。

 

 

あの日の事を思い出すたび、子供のようにわんわん泣いてしまったサンジは、ちょっと恥ずかしくなる。

同時に、ぶっきらぼうにエプロンを投げてよこしたゼフの顔を思い出して、くすくすと笑いたくなる。

ゼフは、いかつい顔をして、口が悪くて粗野で無愛想でぶっきらぼうで偏屈なジジィだったが、内面は優しくて面倒見がよくて懐が深い。

 

「ちんぴらに飯なんざ食わすんじゃなかった。余計なお荷物しょっちまった。」

 

面と向かってそんな事を言うくせに、サンジを雇った次の日には、サンジの体型に合うソムリエエプロンを用意してくれて、不慣れなサンジに根気よく仕事を教えてくれて、ゾロの部屋を出たサンジに、新しいアパートの保証人にまでなってくれた。

 

サンジにとっては、初めての、信頼できるオトナだった。

 

こんなオトナもいるんだなあ、とサンジは不思議な気分になった。

 

サンジの知っているオトナは、サンジを捨てて出て行った母親、威張りくさってそのくせ卑屈だった中学の時の先生達、サンジが援助交際を持ちかけては財布をひったくっていたおやじ達、そんな程度しか知らない。

 

あと、ゾロ。

 

けれど、サンジは、ゾロを「オトナ」の範疇に入れて見た事はなかった。

ゾロは、最初からゾロだった。

「オトナ」でも「コドモ」でもなく、「ゾロ」だった。

最初からゾロは、サンジにとって特別だった。

 

だからサンジも…ゾロの特別、になりたかった。

 

ゾロ。

恵まれた容姿、逞しい体躯、強さ、度胸。抱かれたがるたくさんの美しい女達、サンジから見たら何もかもを手に入れているように見えたのに、そのどれをも顧みなかった男。

来るもの拒まずで誰一人真剣に愛さずに、いつも醒めていて、そのくせ、その瞳には、絶えず飢えたような光を湛えていた。

 

─────ゾロ…会いたいな。

 

サンジは手元のキャベツを見ながら思った。

キャベツの緑はどうしたって誰かさんを思い出す。

そうしたらもう、目元はじわーっとしてくる。

ゾロに本気で惚れてもらえる男になるために、ゾロを幸せにする男になるために、あの部屋を出たのに、あそこに戻りたくて戻りたくて仕方なくなる。

奥歯を力いっぱい噛み締めて、サンジはキャベツを洗う。

 

「会いに来いよ、ゾロ。」

と、あの日、サンジはゾロにそう言った。

「会いたくなったら来ればいい。俺の顔が見たいって、会いてぇって言え。そしたら俺、メシ作って待ってるから。」

そう言って、サンジはあの部屋を出た。

 

 

あれから一月ほどたつけど、ゾロは、まだ、サンジに会いには来ない。

 

 

─────あの時確かに気持ちが通じ合ったと思ったんだけど…。

 

 

ちょっと拗ねたようにそう思い、すぐに、仕方ないか、と思い直す。

 

薄々感じていた事だったけれど、ゾロはたぶん、度を超した寂しがり屋だ。

あの、数多にいた女たちも、全て、ゾロの寂しさを埋めるために必要だったのだ。

サンジの知るかぎり、ゾロが一人寝をしたことなんて一度もない。

ゾロがサンジを抱くようになる前ですら、ゾロは、女のいない夜はサンジを寝床に入れていたのだから。

 

恐らく、ゾロは、傍らに人のぬくもりがないと、寝る事すらできないのだ。

そのくせ誰一人として、継続して傍に置こうとはしなかった。

まるで、自分の内面に踏み込まれるのを、恐れるように。

 

昔はどうだったのか知らないけれど、サンジの知る限りでは、あんなにも長く、ゾロが傍にいる事を許したのは、サンジだけだ。

 

だからきっと、ゾロにとっても、サンジは特別、なのだと思う。

 

あのまま傍にいても、きっとゾロはサンジを傍に置き続けただろう。

 

二人で、お互いに依存しながら。

 

だけど、サンジはそれじゃいやだったのだ。

どちらかがどちらかに依存するとかそういうのじゃなく。

寂しいからそれを埋めるためとかそういうのじゃなく。

 

「誰か」じゃなくて、「唯一」になりたかった。

サンジがいるから楽しい。

サンジがいるから幸せ。

そう、ゾロに思ってほしかった。

 

サンジがそう思っているように。

 

お互いに寄りかかるのではなく、共に並び立って未来を見つめるために。

 

 

だからもし、ゾロが今、サンジに会いに来ないのが、また手近なぬくもりを手に入れたからだとしても、まあいいや、とサンジは思った。

 

ゾロが来ないなら、俺が迎えに行く。

今に、あのコンソメスープを作れるようになるから。

ゾロが、本気でほしいと思わずにはいられないような、男になる。

ゾロを幸せにしてやれる男になる。

ゾロが心から笑っていられるような男になる。

きっとなる。

 

もし、今、ゾロがまた寝床に一夜限りの女を連れ込んでいるのだとしても、絶対奪い返してやる。

そんで、俺のもんにするんだ。絶対。

 

 

だから、負けない。

 

2006.5.11

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