■ 最終話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫
【1】
─────俺、ゾロが好きだ。
─────ゾロでなきゃダメなんだ。
─────ゾロにだったら壊されてもいい。
─────ゾロが好き。すげぇ好き。
─────ゾロは可哀想だ。
─────ちゃんと好きで居てえんだ
─────おまえを好きになって、初めて自分も好きになった
─────俺はお前をしあわせにしてェんだ。
─────好きだ、ゾロ
─────誰よりも、お前だけが
─────この先だってずっと
─────約束する
─────約束を破ったら、俺を殺していい。
サンジがゾロに紡ぎ続けた、数々の言葉。
ゾロは、部屋の隅にぼんやりと座って、部屋のあちこちに散らばったそれらの言葉を眺めていた。
どの言葉もどの言葉も、サンジのお日様色に輝く髪のように、薄暗い部屋の中のあちこちで、きらきらと金色に光っている。
部屋のどこを見ても、サンジの金色が移っている。
サンジはいなくなったのに、サンジの名残は部屋中で光を放っている。
出て行く、と宣言して三日もしないうちに、サンジは本当に出て行った。
その身一つでこの部屋にやってきたサンジは、出て行く時も身一つで出ていった。
来たときと同じ、ジーパンとシャツで。
サンジの荷物など、この部屋にはびっくりするほどなかった。
ゾロや女達が買い与えた、女物のブラウスやスカートは、サンジは全て置いていった。
サンジが出て行ったら、きっと耐えがたいほどの喪失感に襲われるに違いないと思っていた。
それくらいにはサンジに執着している自分を、ゾロは充分に自覚していた。
けれど実際には、サンジが傍にいないと言うのに、ゾロはこんなも満たされている。
いつの間にか、サンジが残していった目に見えないもので、この部屋の中はいっぱいになっていた。
それに触れているだけで、ゾロはこんなにも満たされる。
ふわふわと温かく、眩しく、柔らかいもので。
─────なぁ、会いに来いよ、ゾロ。会いたくなったら来ればいい。
─────俺の顔が見たいって、会いてぇって言え。
─────そしたら俺、メシ作って待ってるから
そう言ってサンジは微笑んだ。
その笑顔があまりにも眩しくて、ゾロは思わず瞑目した。
柔らかなぬくもりだけを優しくこの手の中に残して、真っ白な翼を広げて飛び立っていこうとする鳥が、眩しくて眩しくて、目を開けていられなくて。
待っていてくれ、と。ゾロは恐らく生まれて初めて、懇願した。
会いに行くから。
必ず行くから。
会いにいくから、と伝えたゾロの声は、もう震えてしまっていたかもしれない。
だって生まれて初めてなのだ。
金でなく、欲でなく、ただひたすらに、心の奥底から、何かをゾロが欲するなんて。
望むものは何一つ与えられずに育った。
いりもしないものは向こうから勝手にやってきた。
いつしかゾロは、何にも執着しない人間になっていた。
何も欲しくない。
何もいらない。
望んでも、手に入らないのなら。
だから、手の中の小さなヒヨコが、こんなにも美しく、こんなにも真っ白で、こんなにもかけがえがないとわかってしまった瞬間、ゾロはもう目を開けていられなくなった。
なんてこった。
ぴよぴよ煩いヒヨコが、があがあ煩いアヒルになったと思ったら、こんなにも美しく翼を広げる白鳥になっていたなんて。
らしくもなく、動揺した。
気後れした。
もうサンジは、コンビニの前で所在なげに蹲っていた可憐な美少女ではない。
凄まじい蹴りを放つ、粗暴で粗野で、しなやかでしたたかな、一人の男だ。
なのにその両腕を大きく広げて、ゾロを優しく温かく、包み込もうとしてくれている。
そのぬくもりに、身を委ねるのはきっとたやすい。
きっとサンジは、そのありったけでゾロを満たしてくれるだろう。
そしてそうあるために、サンジはここから飛び立とうとしている。
ならばゾロが今やるべきことは。
ただ安閑とサンジに癒されることではないのだ。
ゾロもまた、その翼を広げなければならない。
サンジを真正面から目を見開いて見る事が出来るように。
生まれてから一度も広げた事などないから、はたして自分が飛ぶことができるのかも、それ以前にそもそも自分に翼があるのかも、ゾロには皆目わからなかったが。
けれどゾロはその翼を広げなければならない。
長いこと這いつくばっていた地面を蹴って、今度こそこの蒼い大空を飛翔するために。
その愛しい唯一に並び立つにふさわしく在るために。
2006.5.5
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