■ 第29話 ■ 海の家/よよちゃんさん
季節が巡ってもゾロはサンジを持て余していた。
いや持て余していると思い込みたくて、でもそれに成功はしていなかった。
サンジは狭い家の中を居心地良く整える。
淀んだ澱を洗い流すかのように、部屋を整え風を通し、これがまるで永遠に続くのだと錯覚を起こさせるようだ。
夜の暗いイメージは払拭され、気持ちよく暖かな部屋。
どこからかサンジが持ち込んだ炬燵に足を入れると、あまりの気持ちよさにそのまま動けなくなる。
いつでも手折れると思った雛は逞しく成長し巣作りをしているようだ。
笑い、泣き、怒り、そしてゾロに触れる。
「ゾロ・・・オメエあったけぇなぁ子供みてぇだ」
背中から抱きしめられるたびに体が震える。
サンジの声が背中越しにクツクツと伝わり、ゾロはいたたまれない。
「オメエ・・・処女みてえにビビるなよ。なんもしねえよ」
生意気な態度で、ちぃっとばっかりスキンシップしたっただけだと煙草を燻らす。
本来のゾロならそんな台詞最後まで言わせることはないだろう。
しかし、言葉や態度とは裏腹にサンジの耳まで真っ赤に染まっているから、怒鳴る言葉も出ずに黙って飲み込んでしまう。
落ち着けなくて、そのまま外に出ても、サンジはもう泣くことはない。
捨てられるのを恐れて蹲る雛鳥は何処にも居なかった。
何処へ行っていたとも、何をしていたとも聞かずにただ「腹減ってないか?」そう笑うだけだ。
減ってないと言えばがっかりした顔をして、減ったと呟けば、ニコニコしながら炬燵の上に料理が並ぶ。
居心地の良い暖かな巣がそこには在った。
年が変わる頃にはゾロはその生活にすら慣れた。
居心地が悪く尻が落ち着かない気持ちには時折なったが、余計なことを考えない方が頭も痛むことなく楽だった。
自分を試すように時折何日も家を空けたりもしてみたが、外が居心地の良いわけでもなく、気が付けば家に戻りサンジの飯を食べている。
サンジは時折切ない目をしながら、やりてえなと叫ぶとゾロにちょっかいを出して・・・でも慌てたように風呂場に消えてゆく。
ゾロはサンジを抱いてはいなかった。
セックスもせず、何もかもが中途半端なままなのに、寒い夜に灯りの点いた部屋を見上げるとほっとする。
サンジがそこに在るということに安心する自分がいる。
「今夜の飯はすげえぞ」
ゾロに背中を向けたままなのに、その笑顔まで見えるような嬉しそうな声をしてサンジが狭い台所で動き回っている。
「・・・・でな。テメエそれ好きだろう?今夜はちいっと奮発してんだ」
振り向きながらゾロに笑うサンジの手首を掴みそのまま引き寄せ抱きしめる。
何も言わずに押し倒し、シャツの中に手を滑り込ませた。
瞬間サンジの体がビクリと跳ねる。
耳たぶを甘噛みしながら、首筋に舌を這わし顎まで舐め上げると頬をサンジの吐息が撫でた。
「っン・・・だめだって・・・テメエ・・・やめろって・・・」
潤んだ瞳で嫌だと言われても止まれるものではない。
ゾロだって押し倒すつもりなどなかったのだから、でももう止まれそうになかった。
ゾロを押し戻そうとする邪魔な腕を掴むと一纏めにして頭上に縫いとめる。
そのまま、サンジの柔らかな唇に吸い付こうと顔を近付けて、唇を噛み締めたまま強い瞳でゾロを睨みつけているサンジの瞳とぶつかりゾロは固まった。
「俺はテメエとは今はしねえ。したくねえ」
聞いたことも無い低い声でサンジはハッキリとそう告げた。
サンジの体は熱を持ってる。
ゾロを欲しいと今にも溶け出しそうなのに。
触れた指先から離すまいと吸い付いた指先からだって、ゾロが欲しいゾロが欲しいと切なげに訴えている。
なのに、ゾロに抱かれたくないと睨みつけている。
あんなにもゾロに縋りついて抱いてくれと泣き叫んでいたサンジが見たこともない顔を向けている。
俺は俺に戻る。とゾロの知らない顔で不敵に笑ったサンジと違う声を出してゾロを拒絶する。
────これは誰だ?
呆然としながらサンジを見下ろすゾロを睨みつけたままもう一度サンジは口を開いた。
「俺はしねえ。どけよ」
底冷えのするような冷たい声にゾロの腕から力が抜ける。
緩んだ拘束にサンジが腕を戻すとゾロの体を押しのけた。
────これは誰だ?
────何を言ってる?
理由などわからない怒りが体の奥から湧き上がってくる。
「ってテメエ、俺に抱かれたいって言ってたじゃねえか!ここだって俺に触られただけでおっ勃ててるくせに何言ってやがる!!!」
声を荒げて感情のままに怒鳴りつけるゾロにサンジは笑った。
「仕方ねえだろ。俺はお前が好きなんだから、触られたらそりゃ勃つだろ」
「それならなんで嫌がんだ」
「それじゃ同じだろ」
「はぁ?」
「それじゃ同じじゃねえか!俺は・・・俺はオメエとはしねえ。してえけどしねえんだ。ちったぁその足りない脳みそ使って考えやがれ!」
「なんだと!テメエ随分と上等な口聞けるようになったじゃねえか!何が俺に戻るだよ。結局テメエも他のヤツでも出来たんだろう」
頭の中でキンキンと音が鳴り響き、ゾロは自分でも何を言っているのかわからない。
サンジが変わる。
サンジが変わる。
サンジが変わる。
サンジがサンジがサンジがサンジがサンジがサンジが────。
サンジが変わるのに─────。
キンキンと音が鳴り煩くて仕方ない。
目の前で喚くこの金色がいけない。
ゾロは哂いながらサンジに近づくと足蹴りをかけ転がす。
そのまま腕を掴んで今度こそ黙らせないと煩くていけない。
転がりながらも悪態を続けるサンジの腕を掴もうと出した腕が空を切る。
サンジは転がりながらゾロの腕を避け、そのまま弾みをつけて立ち上がった。
「何を言ってるんだよ!テメエはまだわかんねえのか?わかんねえとすぐに力技かよ!」
肩で息をしながらサンジの顎を涙が伝って落ちる。
「考えろよ」
「ゾロ!逃げるなよ」
「言葉を使えよ」
「ゾロ・・・・」
「そんなんじゃ・・・俺は俺は・・・・」
涙を拭うこともせずにサンジはゾロに近づく。
また押し倒されるかもしれないのに、懲りることなくゾロの前に立つと掠れた声で「ゾロ」と何度も名前を呼ぶ。
───なぁゾロ・・・俺は・・・
「俺はテメエが好きだからしねえんだ」
サンジの手が優しくゾロの頬を撫でる。
まるで赤子をあやすかのようにゆっくりゆっくり何度も撫でながら、ゾロの言葉をじっと待っている。
「・・・・・昼間だよ」
ようやく口を開いたゾロにサンジが怪訝そうな顔をする。
ゾロは大きく息を吸い込み吐き出し、体の力を抜くと、とつとつと言葉にした。
「昼間、俺が寝てる間、何処行ってんだ?」
「何処って?」
「最近、家に居ないじゃねえか」
「おう。いねえな」
「何処かに出る準備でもしてんだろう?」
ゾロの言葉にサンジが吹き出す。
「バカか!テメエって・・・っくく本当に俺はなんでテメエがいいんだろうな」
笑いながらサンジは仕事を見つけたんだと続けた。
「俺よ。学もねえし、なんもねえけど、料理するのは好きなんだ」
照れたように頭をかきながら、間が持たないのか煙草に火を点ける。
「なんて言ったらいいかわかんねえんだけど、俺、テメエが好きでよ。でもちゃんと好きで居てえんだ」
だから、食わせてもらうとか、そういう依存っていうの?
そうじゃなくってよ。
頭をかきむしったり、くるくると表情をかえながらサンジは言葉を捜す。
「まっとうに金稼ぎたくて、でも出来る仕事なんかねえだろう?半端はしたくねえって思ったしよ。で、料理なんだ。飯作るのは好きだし得意だ。すっげー旨いコンソメを出す店がある。そこで働けることになったんだ」
サンジは照れながら頬を染めて笑うと、俺に戻ろうって思ったときから、粘りに粘って勝ち取った従業員の椅子だと続けた。
そして、学校に行かなくても働きながら資格も取れるんだぜと得意そうに無邪気な顔をしてみせる。
ゾロの世界で、ゾロのことだけを見ていたサンジが、嬉しそうに働きに出る店について語っている。
偏屈な親父がやっている店だとか、口は悪いし手も足も出るが、コンソメは上等なものを作ってる。
金色でシアワセの味がする。
身振り手振りでいきいきと話しているサンジの言葉の意味もゾロには遠い景色のようにしか映らない。
サンジは考えろと言う。
好きだからしたくないと言う。
同じじゃ駄目だと言う。
言葉を使えと言う。
サンジはシアワセそうに笑いながら子供のようにあどけない顔で話を続けている。
トーキーの映画を見ているように音の無い世界でサンジだけが動いて笑っているようで堪らなくてそっとサンジを抱き寄せるともたれるように肩に額を預けた。
「ゾロ、俺、来週ここを出る」
耳元で囁かれたその音だけが何故かハッキリとゾロには聞こえた。
2005.6.21
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