■ 第23話 ■ Key Ring/きりんさん
【1】
縛られた手首が痛い。
もがけばもがく程、手首に食い込んで痛い。
でもそれ以上に痛い視線が目の前にある。
ゾロが俺を見つめている。
今までこんな風にゾロの視界の中心に俺がいたことなんてあっただろうか。
いつもゾロの周りには入れ替わりに女達が侍っていて、同じ家、同じ部屋にいたってゾロは俺のことなんて見ちゃいなかった。
そう、あの時、初めて抱かれた時だって、俺を見つめるゾロの眼の中にあったのは怒りのみだった。
この身体を他の男に触らせたことへの怒り。
手に入れたと思ったのは錯覚で、それならいっそ棄てられる前に逃げ出そうとしたのにそれも叶わず、ゾロは一体俺をどうしたいんだ。
「逃がさねえ。」
目の前で言い放つゾロの眼の中には戸惑う自分が映る。
逃がさねえって今更?
こんな風に縛られて、更にゾロの大きな掌で押さえ込まれて、逃げようったって逃げられやしない。
支配されているのはどう見たって俺の方なのに、何でゾロはそんなに寂しげな顔をしているんだ?
ゾロの眼球に閉じ込められた自分の顔が近付いてきた。
驚いて眼を見張った俺の表情が固まったまま、緑の睫が俺の睫に触れた。
「ゾ・・ロ・・?」
声になるかならないかのうちに、その言葉はゾロに口付けされて飲み込まれた。
「お前は俺が拾った。だから俺のモンだ。勝手に何処かに行くなんて俺が許さねえ。」
片手は手首を押さえつけ、もう片方の手は俺の下顎を強く掴んで離さない。
次第にこめられて行く力に苦痛が走る。
と同時にキスかと思って淡い期待を抱いた唇に噛み付かれた。
「痛っ・・」
口の端から生温かいモノが伝った。
ゾロが紅い舌を覗かせて、流れた血を舐め掬った。
「逃げられると思うなよ。」
冷ややかな声は戸惑う俺に突き刺さる。
「ゾロは俺をどうしたいんだよ。籠の中に閉じ込めて誰にも見せないようにしたいのか?自分だけのペットが欲しいのかよ。・・・俺、もうゾロが分からねえよ。」
痛みのせいだけではない涙が頬に流れる。
「棄てられるのはもう嫌なんだ。小さい時からずっと・・・独りで・・・」
幼い頃からいらない人間だと言われ続けてきた。
初めは母と共に父親に捨てられた。
『養育費は渡す。だが認知は出来ない。』
言葉の通り、毎月使い切れない程の額が口座に振り込まれていた。
だがその男の顔は一度も見たことが無い。
昼間は派手な生活を楽しんでいるように見えた母。
だが夜になると隣のベッドから啜り泣きが聞こえた。
声を押し殺すように枕に顔を押し当て、頭からかぶった毛布がいつまでも震えていた。
慰めようにも幼い俺はその術を知らず。
やがて母は心の拠りどころを見つけて出て行った。
『ごめんね。』
朝起きた時にテーブルに乗せられた紙片で自分が捨てられたことを知った。
振り込まれる金に手をつけずにいてくれたことが唯一の俺への愛の証か。
それからは金はあるが、愛に飢えたお決まりの生活が待っていた。
友達はいるがそれも全て金で繋がった関係。
奢らせるだけ奢らせて、享楽に飽きれば軽く手を振って別れる。
家に帰っても灯りの点いていない部屋があるだけ。
温かい料理なんか用意されちゃいない。
ただ広くて殺風景な空間。
やがて年齢だけが過ぎて義務教育とやらが終わった。
義務というだけあって律儀に送られてきた金も、その日を境にぴたりと止んだ。
金の無くなった俺に付き合う奴なんかいなかった。
振り返って過ぎた日々をたどる。
そういえば。
誰も俺の家の場所なんか、聞いてくれなかった。
誰も俺の誕生日なんか、聞いてくれなかった。
誰も、俺のことなんて必要じゃなかったんだ。
だから、初めて俺と一緒にいてくれる人を見つけたと思った。
金じゃなく、俺だからこそ必要としてくれるのだと錯覚した。
なのに。
全身全霊をこめて想いをぶつけたのに酷い仕打ちの果てに「逃がさねえ」と来た。
「飽きるまで籠に閉じ込めておいて、ゾロが俺に餌をくれるの?俺が抱いてって言ったら、抱いてくれるの?それで飽きたら・・・また・・・」
「棄てない。そう言っただろ。」
「だったら何で、こんな・・・」
「こうでもしないとお前を俺の元から離れてしまう・・・そんな気がする。」
そんなことは無い。
もしゾロがたった一言でいい。
あの言葉をくれたなら、逃げやしないのに。
「ゾロ、俺のこと、好き?」
前にも尋ねた、報われない問いかけ。
でも、もしかしたら今なら。
「俺はゾロがすっげぇ好き。ゾロは俺のこと好き?嫌い?」
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