■ 第18話 ■ 深海レストラン Deep Blue/永瀬みぎりさん
【1】
目の前を塞ぐすらりと伸びた白い足。
とうてい男とは思えないその曲線を辿り、覆う程度に隠された太ももを見上げ、ようやくゾロは、自分が蹴り飛ばされ舗道に倒れこんでいる事に気が付いた。
動き出した意識の先で、せわしなく帰りを急ぐ人々の雑踏に紛れ、隠しきれずに漏れた嘲笑が頭上をかすめていく。
くすりと笑うその声に、ゾロの中で何かが弾きかけていた。
そこまできて初めて、先ほどからずっと喚き続けていたのであろうサンジの声が耳に流れ込んでくる。
「ひでぇーよ、ゾロ!俺にはダメだって言っといて、自分は女の所に行くのかよっ!!」
ゆっくりと立ち上がったゾロにつかみかかるように、サンジが詰め寄る。
見開いた青い瞳に涙の跡を滲ませ、それでもキツく睨んだまま次々と言葉をまくしたてる。
ごりっと、体の中で音が響く。
先ほどわずかに感じた甘く安っぽい感情は、すでにどこかへと霧散しいつも感じる混沌としたわけの分からない感情が、体の中を渦巻き支配していた。
───めんどくせぇっ!
サンジが何やら一生懸命わめいている言葉は、もはやゾロにとっては、意味をもったサインにすらならずに通り過ぎていく。
目の前で鳴くサンジに、「あぁ、コイツは俺が拾ったんだったよなぁ」と、何の感慨もなく、ただそう思う。
そう、俺が拾った。
何故、拾った?
…初めから拾わなければ良かったのだ。
かかわらなければ、良かったのだ。
なのに、何故───!?
───めんどくせぇっ!
もう一度呟くと、ゾロはふいっと身を翻し、サンジに背を向けた。
「金をもらいに行ってた。それだけだ!」
告げて一人その場を立ち去ろうとしたゾロのシャツを離さず、サンジは向けられたその背に、握りしめた拳を力まかせに叩きつけていた。
「だからって!!」
ゆっくりと振り向いたゾロの鼻先に、握りしめた拳をつきつける。
「だからって、浮気するこたぁ、ねーだろ? 俺だって、一人でもちゃんと仕事できるよっ! ほらっ、見ろよ! さっきだって俺一人で…」
開いた掌に、数枚の札。
「おまえっ!!!」
手の中でぐにゃりと歪んだ小さな物体。
柔らかさを失い、冷えてただの塊になっていくヒヨコを見ながら俺は何を考えていたのか……。
「勝手なことをするなっ!!」
いつまでも鳴き止まないからいけないんだ!
俺のいう事を聞いて大人しく待っていれば良かったんだ!
そうすれば……。
「…ゾ、…ロっ……?」
制しきれない感情のままに怒鳴りつけたゾロに、サンジがびくっとすくみ上がる。
「ゾロ、ごめ…ん、怒った?」
怯えておずおずと許しを請うようにゾロを見上げたサンジの姿も今のゾロには、媚びているような態度にしか映らない。
ピーピーといつまでもたっても止まない細い鳴き声。
チッ!!
忌々しげに舌打ちすると、ゾロはサンジの腕をつかみ路地裏へと引き入れた。
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