■ 第13話 ■ GOLD FISH/きぬこさん


【2】

 

「おー、早ぇな」

 

あっと言う間に遠ざかって行くサンジの背を見ながら、ゾロがつぶやいた。

 

その金色の小さい頭とほっそい体は、見る見る間に人混みに消えた。

最後にひるがえった紺色のスカート。

どこから見ても、かわいい女子高生にしか見えないその後ろ姿に、ゾロが苦笑する。

 

「好きか嫌いか、だと?」

サンジの声と、初めて見た泣き顔が頭から離れない。

自分が言った言葉がまずかったのはわかっているが、今さらどうしようもない事だ。

撤回するわけにはいかない。

 

初めてコンビニの前で見たサンジは、ぽつんと一人で車輪止めの上に座っていた。

店からの人工的な照明を背にして、眠いのか立てた膝の上に腕を組んで顔を伏せていた。

ゾロが買い物をして出てきたときも、すっかり同じ格好をしていた。

ジーパンとシャツ。

痩せた背中。

胸は見えねぇが、まあ期待はできねえだろうとゾロはふんだ。

とりあえず連れて帰ってヤっちまうか。

財布の中身は、相当厳しい。

ホテルになんか行く金はなかった。

 

声をかけると、その女は顔を上げた。

考えていたよりも幼いのかもしれない、と顔を見たゾロは思った。

遊び疲れているのか、ぼんやりとした目で見上げてくる。

その目にゾロが少し驚く。

あり得ないほどの、青。

『んだ、ガイジンか?』

面倒はごめんだったが、何故かその青から視線をはずす事ができなかった。

この女とヤれたらさぞかしイイだろう。

胸はやっぱりなさそうだが、腰は細く、下手したら処女かもしれない線の硬さだ。

処女は好きでも苦手でもないが、この女なら。

「うち来るか?」

そう声をかけると、女は少し驚いたように目を見張ってから、何故か笑った。

 

花がほころぶように。

 

 

安アパートの白っぽい電気の光の下で、その少女は「サンジ」と名乗った。

男じゃヤれねえなと言ったゾロに、サンジはほっとしたような拗ねたような、妙な顔をした。

それでも追い出す事もせず、どうしたはずみか一緒にエロ親父騙してひったくりの真似まではじめてしまった。

ゾロが「これ着ろ」と言えば、笑いながらサンジは女子高生の制服を着た。

顔も覚えていない女が忘れていった髪留めでその金髪をとめてやると、げらげら笑った。

そのうち、部屋に出入りする女どもがこぞってサンジを磨きたてはじめた。

白くてまだ幼い頬にあの白粉くさい粉をはたき、その瞳以上にはえる色などないのに、その瞼をさまざまな色とブラシで染め上げた。

馬鹿女ども、とゾロは舌打ちのひとつもしたい思いだった。

それ以上、サンジに余計な色をつけるな、と。

そんな自分に気付いて、ゾロは憮然とした。

 

馬鹿馬鹿しい。

未成年のサンジに、犯罪の片棒を担がせているのは自分だ。

それなのに今さら化粧のひとつふたつで、何をがたがたと・・・。

 

それでも女が塗ったグロスとやらは、サンジにあきれるほどのあやうい色香をそえていた。

未成熟な少女に見えるサンジの細い体と、艶やかに濡れた唇のアンバランス。

いつだったか、へまをしたサンジが親父に股間を触られた事を思い出す。

「ちんぽこ触られた」と唇をとがらせたサンジを、ゾロは笑いながら馬鹿にした。

「へましやがって」と。

 

その夜抱いた女は翌日、「死ぬかと思った」と冗談でなく言った。

殺してもかまわないと思って抱いたのだから、当たり前だろうな、とゾロは無表情で聞いていた。

この凶暴な欲情がどこからくるのか、そんな事ぐらいよくわかっていた。

その源にいるサンジには決して向けてはならない欲望だという事も。

男を抱く事が禁忌だと、そんな常識的な事を考えるようなゾロではなかった。

男だからなんかじゃなく。

未成年だからでもなく。

 

ただ、相手がサンジだったから。

 

はじめて(たぶん初めてなのだろう)触れた優しさに、錯覚を起こしている幼いサンジだったから。

こんな身勝手で自分勝手で気まぐれなゾロの優しささえ、サンジにはたまらなく甘い感情だったのだろう。

間違えてやがる。

・・・馬鹿が。

 

サンジの感情を利用しようと思えば出来たゾロだった。

いま以上に実入りのいい仕事だって、夜の街にはいくらでもある。

てっとりばやくサンジを本当に援助交際させて、その上前をハネたってよかったのだ。

なんだかんだ抵抗するかもしれないが、ゾロが一、二度抱いてやれば、大人しく言う事を聞くだろう。

けれどゾロにはそれができない。

自分を見上げるサンジを見ていると、そんな事を考える気さえ失せた。

そんな自分に、やきがまわったもんだ、とゾロは苛立たしくも思う。

そのくせ、女に聞いて馬鹿高いグロスをサンジに買ってやったりもした。

わざわざ嘘までついて。

 

その挙げ句が、あの泣き顔だった。

 

ちゃらい人生を、自分は送ってきたとゾロはわかっている。

手軽な犯罪を渡り歩き、時には女のところに転がり込んで。

そんな自分に、あの涙は正直言って負担だった。

サンジの涙は。

 

抱いてやれもせず、かといって突き放す事もできない。

それでもあのときコンビニの前でぼんやり座っていた姿を思い出せば、サンジをアパートから追い出す事だけは、したくなかった。

 

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