■ 第13話 ■ GOLD FISH/きぬこさん
【1】
こんな気持ちのままで、こんな状態のままでゾロのそばになんかいられない。
なんだかもうたまらなくなって、俺はゾロに背を向けて歩き出した。
「遅くならねぇうちに帰って来いよ!」
背中にゾロの声。
ガキじゃねえんだぞ、くそったれ。
そんな中途半端な優しさなんか、いらねぇよ。
「おい!サンジ!」
返事なんかするもんか。
馬鹿野郎。
普通に歩いていたのが早足になり、まだゾロが何か叫んでいるのに気付いて俺は猛ダッシュでその場を離れた。
だけど。
「ああ・・・そっか・・・。」
さすがの俺でも息があがるほどに走ってから、いきなり立ち止まる。
はぁはぁいいながら、笑いが漏れる。
ゾロは俺の心配をしてくれてるんじゃねえ。
相棒がいなきゃ、『仕事』ができねぇからだ。
「・・・相棒、か」
立ち止まり、俯いたままでぽつりと呟いた。
ゾロが俺の事をどう思ってるかなんて、もう全然わからなくなった。
少しは・・・ほんの少しぐらいは・・・もしかしたら。
そう期待した俺が、めちゃめちゃ馬鹿だった。
あのグロスは、エロ親父釣るためにもちっと綺麗になれと、くれたんだ。
俺に男を釣らせるために。
「畜生め・・・」
唇を噛んで、そぉっと後ろを振り返る。
ゾロなら俺のダッシュにもついて来られる筈だ。
「・・・」
誰もいない。
ごく普通の街並みと人通り。
わかっていた事だぜばーか、と嘯いて笑ってみせる。
頬にはまだ涙の跡がばりばりについているのに。
誰も見ているヤツなんかいねえのに、そんな芝居じみた事でもしてなきゃ俺自身が惨めでやりきれない。
立ち止まってぜえぜえいってる俺を怪訝そうに見ていく人もいるが、たいていは知らんふりで通り過ぎて行く。
金髪女子高生なんて、いまどき珍しくもなんともないんだろう。
見慣れすぎて反吐が出そうな風景だった。
誰も俺に注意を払うヤツなんて、いない。
自分を「まともな人間」だと自負するヤツらは、俺が視界に入っただけで顔をしかめた。
いつだって俺に話しかけてくるのは、下心抱えた馬鹿な野郎どもや尻の軽い愛すべきレディたちだけだった。
『行くとこねえなら、うち来っか?』
コンビニの前で、そうゾロに声をかけられた。
オールで遊んで、遊び疲れて。
みんな家に帰っちまった後、俺だけ行くとこもなくてぼんやり座ってた。
いつものナンパ野郎だと思って、蹴り飛ばしてやろうと思ったけど。
それまで声をかけてきたヤツらと違って、ゾロは自分の家に誘ってくれた。
ラブホやボックスじゃなくて、誰かが住む『家』に。
あとで聞いたら、ラブホに行く金もなかっただけだと笑っていたけど。
その時ゾロが俺を女だと思っていた事、ヤっちまった後はどこぞにでもまわしちまおうと思っていた事、そんな事はなにひとつ知らずに。
それでも俺は、嬉しかったんだ。
それでも。
俺を家に誘ってくれたゾロ。
男だとわかっても追い出さずにおいてくれたゾロ。
一緒に一儲けしようぜ、と笑ったゾロ。
エロ親父相手に、ワルそうな顔ですごむゾロ。
綺麗な高いグロスをくれたゾロ。
部屋で女を抱くゾロ。
俺を抱かないゾロ。
『愛情に飢えてんだ、お前は。』
ああ、そうだよ。
飢えてるよ。
物凄ぇ飢えてるんだ。
ゾロ。
でもな、ゾロ。
誰の愛情でもいいってわけじゃねえんだぞ。
後から後から涙が止まらない。
「ゾロ・・・」
誰一人立ち止まらない舗道の上で、俺はみっともなく泣き続けた。
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