■ 第十話 ■ 煩悩革命/卯月さん
「君一人?」
「俺たちと遊ばない?」
「警戒しなくてもいいよ、俺たち悪い奴らじゃないから」
本当に悪い奴らが「俺たち悪です」だなんて正直に言うわけないだろ、と思いながら顔を上げた。
ナンパの定番文句で誘いを掛けてきたのは男3人、歳は・・・ゾロと同じくらいだろうか。
ラフな格好はしていたが、多分昼間は普通のサラリーマンではないだろうか。
ゾロとはまるで違う雰囲気を感じ取った。
仕事のストレスを夜の街で解消しようとかなんとかいって、そして自分が目をつけられたってことか。
まぁこんな場所でピチピチの女子高生もどきが一人でいれば、恰好の餌だよな。
サンジは暫し無言のまま、ヘラヘラと笑う男たちを観察する。
いつも相手にするオヤジよりかは全然いい。
当分の暇つぶしくらいにはなるんじゃないか。
胡散臭いけど、もしサラリーマンなら多分金もそこそこに持ってるだろう。
いざとなったら得意の蹴りでボコって財布だけ奪って逃げればいい。
こんなやさ男3人くらい、自分一人で充分だ。
それに…。
今はまだ、一人でいるには少しだけつらかった。
「いいよ」
だんまりだったサンジがそう答えると、男たちは声を上げて喜んだ。
よほど若い女に飢えているのか、と思えて少しだけ笑える。
「それじゃこんな場所じゃゆっくり話もできないから」
「そうだな、場所移動しようか」
もうどっかに連れ込もうってのか、気の早い連中だな。
サンジは小さく溜息をついて「おなかが空いた」と訴えた。
まだ夕飯になるようなものは食べてなかったから丁度いい。
なんか美味しいモノを食べて、奢らせて、それだけで勘弁してやってもいい。
そんなことを思いながら、サンジは男たちについて歩いた。
連れて行かれた場所は、ゲーセンから程近いファーストフード店。
16、7の小娘にはこんな程度で充分だ、と侮られたのかもしれない。
期待ハズレだったけど、サラリーマンも苦労してんだな、とやけに聞き分けよく納得しておく。
ナンパするような奴らに期待する方がバカだ。
大人しく後に続き、薦められるままに椅子に座った。
角席の奥、後ろは壁、右側には壁一面の窓ガラス、左側と前2席に男たちが座った。
この囲まれ方は、逃げられないようにってことか。
まぁいいけど、こんなところで危険も何もないだろう。
運ばれたハンバーガーに手を出して、化粧しているにも構わずに大きな口を開けてぱく付いた。
歳はいくつだとか、学校には行ってんのかとか、友達の間で何が流行ってんのかとか、テレビ番組は何をよく見てるのかとか、男たちはどうでもいい質問ばかりしてくる。
サンジは面倒くさそうに、思いつくまま嘘ばかりを並び立てた。
ハンバーガーを1つ食べ終わり、サンジはズズズっと音を立てながらジュースを啜った。
───ホントつまんねぇ。
男たちの話し声を右から左に聞き流しながら、サンジは左手で頬杖を付いて窓ガラスの向こうに視線を向けた。
夜の街を行き交う人の流れを、視点の合わない目で追っていた。
その流れを遮るように、一人立ち止まったままこちらを見ている男は・・・。
「!!!」
ガタンッ、と安っぽい椅子の音を立てて、突然立ち上がるサンジに男たちが仰天する。
「ど、どうしたんだ、急に」
「なんかあったのか?」
「あ・・・いや、何も・・・」
取り繕うように笑いながら座り直すが、胸の鼓動は痛いほど早鳴り全身に緊張が走ったままだ。
心臓が止まるかと思った、呼吸するのも忘れていた。
あれはゾロだ。きっとゾロだ。絶対ゾロに間違いない。
なんで?どうしてゾロがこんなところに?
女と一緒に出て行ったんじゃなかったか?なのに何でゾロは一人でそこに立ってるんだ?
・・・俺を探しに来てくれたんじゃないだろうか、そう思ってすぐにそれを否定した。
そんなわけがない、ゾロが俺を探すだなんてあり得ない。
探すも何も、俺を置いて出て行ったのはゾロなんだから。
あのピンクのグロスと同じような、甘い期待に胸を膨らますのはやめておこう。
もうそんな愚かな期待で傷付くのはイヤだ。
顔は外を向いたまま、だけど視線はゾロの姿を捉えることもできぬまま視線を彷徨わせていた。
すると不意に、テーブルに置いたままの右手に何かが触れた。
「きれいな指だね。きちんと手入れしてあって」
「あ・・・」
前に座る男が、綺麗にマニキュアの塗られた細い指を撫で擦っていた。
驚いて手を引こうとしたけど、その指が男の手に捕まりきつく握られてしまった。
「最近の子はオシャレだよな」
「本当だ、綺麗に化粧までしちゃって。どこで覚えるんだ?」
隣の男がそう言いながらサンジの頬に触れてきた。
───そこは、さっきゾロが触れた場所、武骨な指で撫でられた大切な俺の身体の一部・・・。
「やめろっ!触んなよ!」
左手で男の手を払い、キッと睨み付けるが、男たちは慄きもせずにただ卑下た笑いを浮かべていた。
「なに女みたいに嫌がってんだよ」
「男が男に触られたくらいで騒ぐなって」
「えッ・・・!!」
吃驚に目を見開くサンジを、男たちは面白そうに笑っている。
「よくこんだけ綺麗に化けられるもんだな。これじゃあバカな野郎はすぐに引っ掛かるぜ」
「こーんな短いスカート穿いて綺麗な太腿丸出しでよぉ」
「男だってわかっててもこれはけっこうそそられるぜ」
隣の男が無遠慮にもスカートの中に手を突っ込んできた。
「やッ・・・」
サンジが男たちの手を振り切ろうとした刹那。
ガガガガッ!!と、物凄い勢いでテーブルが横にずれた。
男たちがその状況を理解する前に、傍に立っていた男がもう一度同じようにテーブルを力任せに蹴りつけ、テーブルの上に置かれたジュースを薙ぎ倒した。
「俺の連れに何の用だ」
地鳴りのような低い声音で唸った男は、さきほどまで窓の向こう側に立っていたはずだ。
「ゾロ・・・」
「行くぞ」
男からもぎ取る様にサンジの右手を奪い、そのまま引っ張り上げる。
バランスを崩すサンジに構わず、ゾロはその手を掴んだまま座ってる場所から無理矢理引き摺り出した。
「おい、ちょっと待てよ」
「その子は俺たちと・・・」
だがゾロの、無表情の奥に潜む凄まじい気迫と射殺しそうな鋭い視線が、男たちを黙らせた。
手を引かれ店を後にするが、男たちが追ってくる気配はなかった。
「何で・・・」
「たまたま通り掛っただけだ」
本当に?だって一緒にいるはずの女の姿がない。
どうしてゾロがこんなところに・・・?
本当は俺を探してくれたのか?
心配してくれたの?
次々と浮かぶ疑問をゾロにぶつけたかった、けど何一つ口にすることはできなかった。
そんな疑問なんかより、今はただ繋がれた手のぬくもりが何よりも大切だから───。
2005.5.27
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