■ 第11話 ■ 発情☆ア・ラ・モード/玉撫子薫


 

ゾロは無言で、サンジの腕を掴んだまま、どんどん歩いていく。

 

────ゾロ、…怒ってる…。

だけど、なんで?

 

何でゾロは怒ってるんだろう。

男だとバレたことも、スカートの中に手を突っ込まれたことも、初めてじゃない。

大体あの時は、ゾロは、「間抜け」と言って笑ったのに。

あの時と今と、どう違うって言うんだろう。

ただで触らせたから、怒ってるんだろうか。

サンジがまた、金を取れなかったから。

 

だけど、今までサンジが失敗したからと言ってゾロが怒ったことなど、一度もなかった。

というか、サンジはゾロが怒ったところを見たことがない。

 

それが愛情であれ、怒りであれ、ゾロが感情を高ぶらせたところなど、一度も。

 

だから、今こんな風にゾロの怒っているような横顔を見るのは、怖いのに、どうしようもなく胸が高鳴る。

 

いつも冷たく────女を抱いてるときですら────冷淡で冴え冴えとした目をしていたのに、今のゾロは、瞳の中に暝い炎を燃え上がらせている。

さっきからちらりともサンジを見てはくれない。

一言も口を利いてくれない。

瞳だけがただ暝く、静かに怒りを湛えている。

 

それがとてつもなく恐ろしくて、とてつもなく…心を奪われる。

 

サンジは、引きずられるように連れて行かれながら、ぼうっとその横顔に見惚れた。

 

────キレイな顔…。

 

自分なんかより、よほどキレイだと思う。ゾロは。

鋭いナイフのように、野生の獣のように、なめした革のように、…美しいと思う。

 

低く、冷たいくせにどこか甘く響く声が好き。

ひんやりとして心の奥底まで突き刺すような瞳が好き。

時折優しく笑いかけてくれる笑顔が好き。

狡猾そうににやりと笑う口元も好き。

瞳は冷たいのに、やけに温かな大きな手のひらも好き。

気まぐれに猫を撫でるように触れてくる指先も好き。

首筋も、鎖骨も、手首も、肌も、歯も、爪も、髪の毛も、背中も、足も、においも。

 

全部。

 

全部好き。

 

ゾロが好き。

 

「…っ…。」

耐え切れず、涙が零れた。

 

不意にゾロが足を止める。

振り向いて、泣いているサンジに気づく。

 

「…なに泣いてんだ。何もされなかったんだろ?」

もう、ゾロの声は、いつもの声だ。

いつもの目でサンジを見ている。

優しいくせに熱を含まない声。

冷たいくせにサンジの心を鷲掴みにして離さない瞳。

さっきまでのあの、炎のようにぎらついて瞳の中に燃えていた怒りは、どこへ行ってしまったのだろう。

「まァ…仕事は、しばらく休みだ。手元にまとまった金もあるし。」

どうして。

どうして、ゾロは、何も見せてくれない。

何を考えているのか、何を思っているのか、何一つ。

サンジの頬を、また一筋、涙が滑り落ちた。

それをゾロはじっと見ている。

その瞳から、ゾロの感情は何も読み取れない。

 

「ゾロ…。好きだ。」

 

何の感情も読み取れない琥珀の瞳を正面から見据えて、サンジは言った。

流れる涙をぬぐおうともせず。

 

「俺、ゾロが好きだ。」

 

もう隠してなどおけなかった。

心から溢れて、窒息しそうになっているのに。

 

ゾロは黙ってサンジを見ている。

何も答えず、ただサンジを見ている。

 

そのゾロを見返していると、また涙が出てくる。

もう、涙腺がぶっ壊れてしまったのかもしれない。

 

ふと、思い出したように、ゾロがサンジの腕を掴んだ手を離した。

掴まれていた腕が、瞬時に、ぶわっと熱くなって、サンジはどれだけ強い力で掴まれていたのか、初めてわかった。

こんなふうにサンジに熱を与えておいて、それでもゾロは、その答えをサンジにはくれない。

 

くるりとゾロがサンジに背を向けて、サンジは慌てた。

そのまま歩いていこうとするのを必死で追いかける。

 

「ゾ────」

名を呼ぼうとした時、突然ゾロが口を開いた。

 

「………そいつァ、お前の思い込みだ。」

2005.5.28

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