■ 第四話 ■ coral prince/深川広子さん
結局何の買い物もせずに、サンジはまっすぐアパートへ戻った。
ゾロは居ない。
夕べの女ももちろん居ない。
カーテンも開けていないシンとした部屋は、外の日射しに関係なく、濃厚な夜の匂いを残している。
めくれ上がったままのシーツを見ないようにしながら、サンジはまっすぐ壁に立て掛けた鏡に向かい、それを覗いた。
部屋よりも一層暗い鏡の中に、白い顔の中央近くで、グロスの残った唇だけがやけにテラテラと光って見える。
『ゾロはどうしてこれを・・・』
考えないようにしようと思うのに、甘い期待に胸がうずくのを止められない。
唇を少し突き出して、そっと指先で触れてみる。
色を合わせて塗られて喜んでいたはずの、ピンク色をしたマニキュアが、今はやけに下品に見える。
ゾロのは、マツキヨにもあるヤツじゃないんだから!
毎日欠かさず使っているのに、ペトリと指に吸い付く感触がなぜか新鮮に感じられて、そっと左右に撫でて広げた。
昼御飯を食べたせいで、随分と潤いが無くなってしまっているのが今さら惜しい。
もっとテロテロに塗りたくりたいと思って、でももう残りが少ないのだと思いとどまる。
ゾロがこれを買って来てくれた、その真意が分からないのだから無駄にできない。
『この色が、俺に似合うって言ったよな?』
それってちょっとは俺のこと・・・と思いかけて、慌てて首を振って思考を中断させる。
期待をかけるのは少し怖い。
それでも胸の疼きは納まらなくて、グロスの光る唇を、何度も指の腹で撫でてみる。
自分の唇を弄ぶように、指先で少しだけ内側の粘膜を探る。
唇の感触だけを感じていたいのに、自分で触っていては、指だか唇だか、どちらの感触かよくわからない。
しつこく触っているうちに、ゾロとの情事を見せたがった女が、サンジの前でゾロを誘って、その指を舐め回していたのを思い出した。
ゾロの無骨な指を思いながら自分の細長い指を舐めてみる。
舌を差し出して指でそれを挟めば、ツンとした甘酸っぱさが下腹部に集まるのが分かる。
我慢できずに、唇と舌を弄くる指はそのままに、スカートの裾から片手を入れた。
女物の小さいパンティを着けただけの性器は、すでにそこには納まり切らずに、下から不自然に先端を覗かせている。
あの時は、いたたまれなくてすぐに逃げ出して、隣の部屋で嬌声を聞きながら自分を慰めたけれど、今は部屋には誰も居ない。
もどかしく己の性器を取り出して握り込みながら、鏡に映る自分を見やれば、半開きに開いた瞳と口が、両方テラリと濡れて・・・我ながらかなり卑猥だろう、これは。
さっきより色が濃くなった気のする唇が、すごく柔らかそうに・・・旨そうに・・・見えて、サンジは全部のグロスを舐め取るように、ぐるりと舌を回してみた。
気づけば、掃除もろくにしていない鏡には、歯磨き粉だか、乳液だかの類いが何時の間に飛んで、乾いて白い点々を作っている。
ちょうど鏡に映った顔を横切るそれは、まるでゾロが自分に掛けた・・・精子を・・・舐めとっているかのようにも見えなくない。
思わず頬に朱が走る。
でも、鏡に映る薄化粧の肌が、ゾロがそうさせているどの女よりも、つるつるで白くて薔薇色なのは、間違いの無い事実なのだ。
しかも濡れてピチャピチャなんだぜ?
あーゾロ、こんな俺を欲しがらないなんて、お前絶対損してるぞ?
一体全体、どうやったら。
どうやったらゾロは、俺を触ってくれるようになるんだろう?
2005.5.22
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