【12】

 

「勝ち抜き、なんてまだるっこしい事やってられっか。何人でも一斉にかかってこいよ。まとめて相手になってやる。」

あからさまなゾロの挑発に、若者達が色めき立つ。

「まがりなりにも我ら戦士としての生を授けられた者! 大勢で一人にかかるなど卑劣な真似はしない!」

激昂する若者達に、ゾロの顔から表情が消えた。

「なら命をかけろ。俺も最強を目指している以上、戦いを挑んでくる者に負けるわけにはいかねェ。」

ぎらりとその瞳が、魔獣の光を放つ。

若者達が、一瞬怯む。

さすがに戦神を祀る島の戦士達だけあって、相手の力量を見定める目も持ち合わせているのだろう。

それでも月神の加護という栄誉は戦士の命にも等しいものなのか、引く者は誰一人いない。

 

「ならば、勝ち抜いた者が次戦も戦い続ける事とし、剣士殿は一戦めから出られるがよろしいでしょう。」

太守が言う。

若者達はまだやや不満そうだったが、太守に「まろうどには礼を尽くすものだ。若人達よ。」と言われると、素直に従った。

 

神官が審判となり、祭壇の目前に簡単な戦いの場が設けられた。

辺りはもう、すっかり夜の帳が下りている。

戦士でない者達が、それぞれ面をつけはじめた。

ルフィとロビンにも面が配られる。

動物か何かの面のようだ。

準備ができる間、ゾロは、仁王立ちのまま瞑目して待っている。

ただ静かに立っているだけなのに、全身から凄まじい闘気が立ち上っているのがわかる。

そんなゾロをまじまじと見つめながら、太守は、傍にいたルフィに、

「あの御仁はロロノア・ゾロ殿とお見受けしますが。」

と話しかけた。

「ゾロの事知ってんのか?」

ルフィが聞き返すと、太守は笑みを作った。

「こんな辺鄙な島ですが、手配書くらいは回ってきます。それに、強き戦士の噂は自然と若者達の口の端に上ります。」

「そっか。」

 

「ロロノア・ゾロ。彼は大剣豪ジュラキュール・ミホークと対峙して、唯一命永らえている者。」

 

太守が独り言のように呟き、それから、そっと傍らの島民に、

「覚悟をせねばならぬのは恐らくこちらであろう。…医者を叩き起こしておけ。」

と告げた。

 

 

「あの御仁のあの目。…あの目は…、あれではまるで…、荒ぶる神そのものだ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、に…。なんだ、これ…。」

涙で濡れた目で、ぼうっと戦いを眺めていたサンジは、そのあまりに一方的な有様に呆然としていた。

 

ゾロの戦い方が、およそゾロらしくない。

 

全身から、まるで紅蓮の炎のように噴き上がるのは、あからさまな怒りのオーラだ。

─────“怒り”?

怒り、だろう。多分。

それ以外説明がつかない。

けれど、怒りというには、どこか、何かが違う。

なんだかもっとずっと……、ずっと、…何だろう。

しいていえば、もっとずっと、─────生々しい。

その怒りに似たオーラを、ゾロは隠そうともしない。

 

戦いに感情を露にして、それを隠そうともしないなんて、ゾロらしくないにも程がある。

 

しかもその戦いはあまりにも一方的だった。

 

金色の魔獣の目は異様にぎらついて禍々しいほどの光を放っている。

その瞳だけで、相手が射竦むほどに。

 

なのにゾロは、竦んだ相手を、容赦なく斬り伏せる。

 

─────おい…、何をそんな…本気モードで戦ってやがんだよ…。

 

まるで力量の違う相手を、手加減一つせず斬る。

あまりにも荒々しく、禍々しく、猛々しく─────美しい魔獣の本性。

 

血飛沫の中を踊る三刀が、美しい銀の軌跡を描きながら閃く。

粗野なのにしなやかで、凶暴なのに華麗な。

 

─────綺麗…だなァ…

 

一瞬で自分がゾロに見惚れてしまった事に気がついて、サンジの目から、またぱたぱたと涙が転がり落ちる。

 

ああ、もう、…………どうしようもない。

 

どうしたって心はゾロから離れていかない。

じたばたあがいても、どうしようもない。

 

ゾロが好きだ。

 

好きで好きで仕方がない。

 

もうこの気持ちを、滑稽だと思うことも馬鹿馬鹿しいと思うこともやめたいと思うこともできない。

 

そんなものよりも遥かに圧倒的な力が、何もかもを凌駕してしまう。

 

息をするのよりも自然に、────ゾロが好きだ。

好きだと言う気持ちが、細胞の一つ一つ、指先の先にまで、穏やかに潤うように満ちる。

 

どんなに痛くても、どんなに辛くても、目が、ゾロしか見ない。

 

 

 

涙で霞んでもうよく見えない視界の中には、ゾロしかいない。

 

 

 

 

 

ざしゅ、という肉を断つ音が聞こえて、最後の一人が崩れ落ちた。

大丈夫かな、相手。死んでやしないだろうな。と、サンジは少し不安になる。

島民達も同じようで、倒れた若者はすぐにどこかに搬送されていく。

戦いの場で立っている者は、もはやゾロ一人だけだ。

「勝者! ロロノア・ゾロ殿!」

審判役の神官の声が、闇に響き渡った。

それを受けて、ゾロにタオルを手渡そうと一歩進み出た女官が、ぎくりとそのまま立ち竦む。

すぐに太守が、その女官を押しとどめた。

 

誰もが言葉一つ発せず、ゾロを見ている。

 

ようやくサンジも、その異様な気がただ事ではないことに気がついた。

 

そうだ。そもそもゾロが、感情的になって戦い続けるということ自体が、「らしくない」どころの騒ぎではないのだ。

明らかに異常事態だと、もっと早く気づくべきだった。

 

戦いを終えたのに、ゾロの全身から噴き出る凄まじいオーラは治まらない。

それはゾロの全身を焔のように包んでいる。

 

─────ゾロ……?

 

オーラを立ち上らせたまま、ゾロが振り向く。

凄まじい負の瘴気を纏いつかせて祭壇を見上げるゾロの目に、サンジは息を呑んだ。

 

─────な、に…、なんだ…?

 

まるで手負いの獣そのものの瞳だった。

ぎらぎらと、闇に光るほどの、餓えた金の眸。

 

誰も、近づく事すら出来ない。

 

誰一人寄せつける事を許さず、ゾロは、血の滴る刀を拭いもせず、返り血も浴びたままで祭壇にずかずかと駆け上がる。

まるでそのまま祭壇ごとサンジを両断するかのような勢いに、女官達が小さな悲鳴をあげる。

 

けれど、サンジは、恐ろしい形相のゾロが目の前に立っても、ただぼうっとゾロを見返していた。

人ならざる者のような、禍々しさすら放つ魔獣の瞳に、サンジは魅入られていた。

 

野蛮で、凶暴で、残酷で、邪悪で、獰猛で…。

けれど神聖で、高潔で、静謐で、純粋で、美しい………獣。

 

このまま斬られたら、きっと壮絶な絶頂にまみれて死ねる。

そう思った。

 

ゾロの鋭い目が、真正面からサンジを射抜く。

その顔が、ゾロらしくもなく歪んでいる。

かちり、とゾロが刀を収めた。

「そんな風にぶっ壊れちまったみたいに泣くほど俺に触れられるのは嫌か。」

言われて初めて、サンジは自分が涙を流していることに気が付いた。

俯くと、ぱたぱたと足元に水滴が落ちる。

 

ほんとだ。泣いてた。

 

何で泣いてるんだろう、自分は。

ちっともわからない。

 

でもゾロに触れられるのは嫌だった。

だって自分の体はきっと汚い。

自分の体のどこを斬っても、きっと真っ黒などろどろとした膿が出てくるに違いない。

ゾロが好きで好きで仕方なくて、欲しくて欲しくて仕方なくて、嫉妬して、憎悪して、渇望して、なのに、それをごまかして、見ないふりをして、そんな醜い欲の詰まった汚らしい膿だらけの自分。

 

触れられたら、知られてしまう。

 

「嫌に決まってんだろうが…。」

虚ろな、力のない声でサンジが言った。

「俺に触んな…。見んな…。こんな…茶番ほっといて…酒場で酒かっ食らってりゃ…よかったじゃねえか…。てめえに触られるくらいなら…、島中の野郎どもに輪姦されたほうがまし…」

 

「黙れ。」

 

押し殺した、けれど強い声に、サンジは思わず顔を上げた。

その小さな顎を、ゾロの手が掴む。

痛みを感じるほどに強く。

 

「てめェを勝ち取ったのは俺だ。」

 

凄絶な感情を力任せに抑えつけたような無表情で、ゾロが言った。

ぞくり、とサンジの腹の底で何かがざわめく。

 

「てめェをむざむざと他の奴らに犯させるくらいなら、てめェの心なんざ無視しても俺が犯してやる。」

「…お前…なに言って…。」

 

 

 

「てめェの体が誰のものか、この観衆の前で犯して教えてやる。」

 

闇に光る金の目は、サンジが今まで見た事のない光を宿していた。

 

 


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