【11】

 

神輿から降りてきたサンジを見た瞬間、ゾロの頭の中で、何かが、ぱぁんと音を立てて弾けた。

それほどにサンジの姿は衝撃的だった。

 

白い肌を無数に這う、細い銀鎖の装飾品。

それは否が応でもサンジの肌の白さ、なめらかさを強調している。

神輿の上に座っていた時には見えなかった下半身は、かろうじて性器の前だけが小さく頼りない飾り布で隠されてはいるといった有様で、サンジが動くたび、ちらりと髪と同じ色の金色の叢が覗く。

その腰にも、無数の銀鎖が巻かれている。

まるで、鎖の触手にサンジの肌がまさぐられてでもいるかのように。

その全身を、美しい光沢のあるベールが覆っている。

ベールの裾は長く広がっていて、その上から、頭に大きなムーンストーンのついた天冠が乗せられている。

花嫁のように。

 

ベールから透けて見える肢体は、すっきりとしなやかで、無駄な肉がなく、女のような丸い曲線はないが、成人した男のような無骨なラインでもない。

野生の鹿のような柔軟な筋肉は、優雅で、美しい。

清楚なのに、どこか妖しい色気がある。

その顔に施された中性的な化粧ともあいまって、まるで、ガラスか何かで出来た精巧な人形のような、無機質で、それでいてエロティックな色気。

女の持つそれとはまるで異質な、艶。

 

 

綺麗だ。と、ついにゾロの頭は、それをそう認めざるを得なかった。

 

いや。

本当はずっと前から気がついていた。

その髪も、仕草も、声も、作り出す料理も、その為に傷だらけの指も。

惜しみなくクルーに与えられる笑顔も。

ゾロから見れば危なっかしいとしか見えないその生き方も。

矜持も。

コックを彩る全てが。

 

綺麗だということに。

 

綺麗だと思って、見ていたのだから。ずっと。

 

こんな風にわざわざ強調されなくとも、コックの美しさになど、とうの昔に気がついていた。

 

キッチンで、甲板で、戦いの場で、見張り台で。

大口を開けて笑っていても、女にメロリンしていても、戦いで血まみれになっても。

コックは綺麗だった。

それらの全ては、コックの美しさを一片も損なう事はなかった。

 

だってコックは、そこに存在しているだけで、その存在そのものが、綺麗だったから。

 

こんな風に、飾り立てられたりしなくとも。

 

「なんて美しい……。」

 

誰かが小さく呟くのが聞こえた。

とたんに、目も眩むほどの憤怒がゾロを襲った。

 

ゾロだけが知っていたはずの美しさが、誰か他の者に暴かれて、こんなにも大勢の目に触れている。

ゾロだけが知っていたはずの、サンジが。

 

不意にサンジが、人々の視線を恥じらうように、ベールを体の前でかきあわせて、こちらに背を向けた。

 

その瞬間、周囲が息を呑むのがはっきりと聞こえた。

 

─────こ、の…っ…、バカっ…!

 

ベールの端を前に手繰り寄せたせいで、布地が腰に密着し、ただでさえ薄いベールごしの素肌が、丸見えになった。

ひきしまって小さな、形のいい尻が。

股間の前は飾り布で隠されているが、尻には何も穿いていない。

女のように柔らかで大きな尻ではない。

両手ですっぽり掴めそうに小さく締まっていて、張りのある尻。

 

ごくり、と誰かが喉を鳴らすのが聞こえた。

いや、己が発した音かもしれない。

 

サンジはそのまま、女官姿の娘に連れられて、祭壇へと向かう。

さすがに、これから行われる事に平静ではいられないのだろう。表情が硬い。

ともすれば泣きそうな顔にすら見えて、ゾロは焦った。

あのコックのベソかいてる顔など見たくない。

あのコックはふてぶてしくクソ生意気だからこそいいのに。

 

天冠とベールを脱がされ、祭壇の柱から垂れ下がる鎖に繋げられていくサンジは、まるで、囚われの姫君のように見えた。

不安を隠せないのか、どこか虚ろな、茫洋とした目で、自分が縛められていくのを見ている。

今すぐ駆け上がっていって、抱き締めてやりたいほどに、無防備に幼い表情。

 

あんな顔をサンジに強いているこの状況が忌々しくてならなかった。

 

サンジの姿態に煽られたのか、若者達が再び騒ぎ出した。

誰が戦士になるかで小競り合いをしている。

 

だがその時、ゾロの目は見てしまった。

ルフィが

「俺がやるって言ってんだろうが!!」

と叫んだ瞬間、サンジが緩く微笑するのを。

 

 

愕然とした。

 

 

ルフィになら、ルフィになら犯されても構わないっていうのか?

てめぇはナミに惚れてたんじゃなかったのかよ。

ルフィ相手だったら、それは笑って許せてしまえる事なのか?

 

サンジが、ゆっくりと顔を上げて、ルフィを見る。

その顔は笑っている。

けれどその笑みに浮かぶのは、諦めの表情だった。

 

ルフィ、と、その口が動くのが見えた。

もういい、と。

そしてその諦めたような笑みのまま、サンジは首を横に振る。

 

もういい。

やめろ。

 

それを読み取って、ゾロの脳天にぐわりと怒りが湧き上がってくる。

 

そんな顔で笑うな。

そんなふうに自分を押し殺すな。

てめぇは、そんな男じゃないだろう?

そんな弱々しい笑みを無防備に晒すような奴じゃないだろう?

 

なんでだ。

何がそんなにも、てめェから何もかもを削り取っている。

 

男に掘られるからか?

その程度で折れるような奴か?

その程度で傷つくような奴か?

 

違うだろう。

そんなてめェじゃねェだろう。

 

笑え。頼むから。

そんな、何もかも諦めたような今にも泣き出しそうな笑みじゃなく。

いつものようにバカづらでへらへら笑え。

こんな事なんでもないと笑い飛ばせ。

 

ルフィなら…、てめェを救ってやる事ができるのか?

ルフィに抱かれるのなら、てめェは矜持を守れるか?

 

そう思った時、ゾロの内心を突き上げてきたのは、マグマのように熱い、タールのようにどす黒い、──────嫉妬だった。

 

─────駄目だ。

駄目だ、耐えられねェ。

コックに誰か他の男が触れると考えただけで、脳が爆発しそうだ。

 

ルフィなんかに触れさせたくねェ。

いや、ルフィだからこそ触れさせたくねェ。

 

もしコックがルフィに姦られたりしたら、俺はルフィを斬っちまうかもしれねェ。

駄目だ。

耐えられねェ。

 

あんなにも無防備なツラのコックを、他の男に任せるなんて。

 

俺を見ろ、コック。

ルフィじゃなく。

 

…誰にもやらねェ…やりたくねェ…

 

俺だけのもんにしちまいてぇ。

 

太守と呼ばれていた男が、戦いには誰が出るのか、と聞いてきたから、ゾロは間髪いれず

「船長は出ねェ。俺がやる。」

と答えた。

 

ルフィが慌てて振り向くのが視界の隅に入ったが、どうでもよかった。

 

「こんな事、ルフィなんかにやらせられるか。」

 

吐き捨てるように言った。

 

ルフィなんぞに、コックは指一本触れさせねェ。

 

 

サンジの顔色が変わるのがわかった。

ゾロがサンジを見ると、唇を噛み締めて目をそらす。

 

 

─────ショックかよ、コック。そんなにルフィがよかったか。

俺になんざ触らせんのも嫌か。

 

 

サンジは呆然と目を見開いている。

その目は何も写していない。

ただ目だけを大きく見開いて。

 

何か大事なものを壊してしまったかのような、自分を失ってしまったかのような、顔。

 

その見開いた瞳から、ついに涙が溢れ出した。

 

声も上げず、しゃくりあげもせず、ただぽろぽろと蒼い瞳から涙が滴り落ちる。

 

その痛々しく胸が詰まるような光景に、ゾロの顔が歪んだ。

 

それと同時に、凄まじいまでにゾロの心を支配する、独占欲。

 

─────そんなふうにぶっ壊れちまったみたいに泣くほど、俺が嫌だとしても。

もう、止まる気も、止める気も、なかった。

海賊なら奪うもんだ、とゾロに教えたのは、船長だ。

 

なら奪ってやる。

誰にもやらねェ。

俺だけのものにしてやる。

 

あの痩身を手に入れるのは俺だ。

白い躰をかき抱いて、腹ん中の奥の奥まで犯しぬくのは俺だ。

例え、コックが嫌がっても。

泣いても喚いても。

力の限り抵抗したとしても。

 

 

 

例え、コックが俺なんか、かけらも見てなかったとしても。

 

 


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