【6】

 

ゾロは結局そのまま、島民達と共に酒場で朝を迎えた。

 

“まろうどの巫女”の話は島中に行き渡っているらしく、島全体がなんだか沸き立っている。

あっちでもこっちでも「月光の髪をしたおかんなぎの巫女様」の話で持ちきりで、どこへ行ってもその話ばかりだ。

 

あまりに皆その話ばかりするので、さすがのゾロも、昨日ちゃんと見なかった巫女様の神輿を見てみようという気になった。

話の中の「月のような金髪」に反応したのかもしれない、と思った自分の気持ちには、気がつかないふりをした。

島民達に混ざって沿道に立つ。

 

昨日と同じく、子供踊りから行列が始まった。

ひらひらとした帯をなびかせて、可愛らしく子供達が踊る。

その後に、恐ろしげな面をつけた剣舞が続く。

剣捌きはやはり見事なものだ。

それから、まるで天女を思わせる乙女達の舞い。

白を基調にしたふわふわとした柔らかな衣装に身を纏った乙女達が幻想的に舞う。

 

そうして最後に、屈強な何人もの男達に担がれた、銀に輝く純白の神輿が現れた。

 

両端にお神酒らしき長柄の銚子と大きな盃を持った女官姿の娘達。

そして一段高いところに巫女が鎮座している。

 

ほとんど全裸のその肌は、抜けるように白い。

昨日の巫女に比べて別格の白さは、あきらかに異邦人とわかる。

天冠を被せられたベールから透けて見える、輝かんばかりの金色の髪。

 

ごてごてと肌を飾り立てられた姿に、女特有の柔らかさがない、と、違和感を覚えた瞬間、ゾロが、カッと目を見開いた。

 

─────コック………………!?

 

 

神輿に乗せられていたのは、紛れもなくサンジだった。

 

 

─────あの…馬鹿っ…、何やってやがる………………ッ!!!

 

その瞬間、怒りにも似た何かで、ゾロの脳が沸騰した。

 

メリー号のサンジとは別人のようなサンジ。

神妙な顔。

薄く化粧が施されているのか、その肌の透明感は真珠を思わせる。

沿道に向ける控えめな笑みは、どこか恥らっているようにも見え、伏し目がちの顔は、ありえない事に初々しくすら見える。

 

「ああ、本当に美しいおかんなぎ様だねェ。」

「おかんなぎの巫女様なんてあたしは子供の頃に一度見たっきりだよ。」

 

ゾロの背後で、年寄りが二人話してるのが聞こえた。

思わず振り返る。

「ばあさん、“おかんなぎ”ってなんだ?」

そう聞くと、老女はニコニコと答えた。

「男の巫女様の事だよ。男なら“おかんなぎ様”、女なら“めかんなぎ様”さね。」

 

そういうことか。

腑に落ちたゾロは、ではコックは本格的に巫女とやらをやらされているらしい、と理解する。

 

一体何故、と疑問は禁じえないが、あのアホコックの事だ。どうせまた余計な何かを背負い込んだに違いない。

 

ゾロは忌々しそうに舌打ちをした。

 

神輿の上のサンジは、ほぼ全裸だ。

体中に装飾品をつけているので、際どいところが丸見えというわけではなかったが、それでも、普段、手首の先足首の先まできっちり着込んでいるコックを見慣れているゾロには、その肌は露出させすぎと言えた。

そんな格好を、こんなにも大勢の人間の前で晒している。

 

何があったか知らねぇが、こんな格好を人目に晒して、へらへらしてるなんて。

恥をしれ。

 

忌々しい。

忌々しくてたまらない。

 

「なんて美しい巫女様だろうねえ…。」

「ああ、本当にお月様のように輝く御髪だこと。」

 

沿道の人々の囁きすら、忌々しく聞こえるのは何故だ。

 

ゆっくりゆっくり、神輿は大通りを練り歩く。

元々の整った顔に丁寧に化粧を施されている為、その怜悧な線が強調されてその顔はどこか超然とした作り物めいた美しさを漂わせている。

その顔に、時折、恥ずかしそうな表情を浮かべるものだから、それはやけに生々しく、やけに艶かしく、見える。

 

綺麗だ綺麗だとはしゃいで神輿を見上げていた島民達が、神輿が近づくにつれ巫女のその妖しさに気づいて、溜息を漏らす。

陶然とした目で、うっとりと神輿の上の巫女を見つめる。

男も、女も、老いも、若きも。

ぽうっと頬を赤らめながら。

 

その島民達のサンジを見る目が気にいらない。

忌々しい。

 

この忌々しさは何だ。

 

今にも、見るなと大声をあげて抜刀してしまいそうだ。

 

ゾロが内なる激情を抑えて神輿を睨みつけていると、不意にサンジが目線をあげた。

 

ゾロに気がついて、「あ」という顔になる。

その頬が見る間に赤く染まっていく。

明らかに狼狽えて、視線が彷徨う。

 

だが、すぐに唇がきゅっと結ばれたかと思うと、サンジの目がまっすぐにゾロを見据えた。

その口元に、嫣然とした笑みが浮かぶ。

 

にっこりと、実に美しく、麗艶な笑み。

 

 

 

─────心臓が止まるかと思った。

 

 

 

ゾロの頭が熱くなっていくのがわかる。

脳みそが膨張して、頭蓋骨を内側から押し上げているような、圧迫感。

歪んだ視界の中、あの艶やかな笑みだけが、くっきりとクリアだ。

脳に、刻み込まれる。

 

「何やってんだ…あのバカっ…!」

 

同じセリフをまた吐き捨てた。

呆然と。

 

だしぬけに、にゅっとゾロの肩先に“唇”が咲いた。

「コックさんは航海士さんの身代わりになったの。神殿を荒らしたお詫びに。」

ロビンの声がした。

 

「なん…だと…?」

 

では昨日聞いた儀式を穢したまろうどとは、やはり仲間達なのか。

身代わりってどういうことだ。

ルフィは何でこんな事を許した。

 

こんな、コックが全裸同然で島中の晒し者になるなんて、こんな事。

 

愕然としているゾロに、肩から生えたロビンの口が、夕べの出来事を淡々と説明していく。

昨夜ルフィ達がしでかした事。島にとっての儀式の大切さ。島に伝わる神話。

儀式を穢してルフィが詫びた事。

その代償として、巫女の代わりを求められた事。

成人前の処女しか巫女になれない事。

 

成人前の処女、と聞けば、ゾロにだってすぐナミが思いつく。

あれは人前で平気で乳だの尻だのほりだすくせに、実は古い貞操観念の身持ちが固い女だ。

仲間達ならみんな知っていることだ。

「ナミでいいじゃねぇか。どうせいつでもあの巫女と大差ない格好してるんだし。」

毒づくゾロを無視して、ロビンは淡々と説明を続けた。

 

ナミが嫌がった事。

ルフィも拒んだ事。

サンジがナミの代わりに巫女の代役を申し出た事。

サンジが巫女になれる条件を持っていた事。

「…“成人前の処女”、か? そんなもん、大概の男はみんなケツバージンだろうが。」

「コックさんの場合、それだけじゃなかったようね。女性にも触れた事がないと言っていたわ。」

 

………は?

 

「童貞…だと? あのラブコックが??」

あんなに毎日ナミやらロビンやらにでれでれとうつつを抜かしていたのに?

 

だが言われてみれば確かに、仲間になってこれだけ長い事たつのに、ナミにもロビンにも、あのコックが手を出した様子はない。

女部屋に忍んでいった等という話も聞かない。

それどころか、女に触れるところすら滅多に見たことがない。

ナミに対しても好きだ好きだと連呼はするが、ソファに並んで座る時だって隣にべったり座ったりはしない。

いつも必ず少し間を空けて座る。

触れるのを恐れているかのように。

ナミと二人きりになろうとする様子も見られない。

 

そうだ、確かにあのコックからは、性的なにおいが全くしない。

 

「…だからって、巫女の身代わりなんかするか普通。なんでナミにやらせねェ。そこまでしてナミが嫌がる理由はなんだ。」

 

呟いたゾロに、ロビンが、意を決したように、けれどなるべく感情を込めずに、口を開いた。

 

この島における、巫女の役割について。

 

 

月神の巫女は、身を清め、一晩礼拝堂に篭もる。

翌日、神輿行列をして神殿に戻り、祭壇に繋がれる。

繋がれたまま、月神の巫女は戦神の寄坐と交合を行う。

これを以ってそれぞれに神が降りる。

戦士は巫女の体内に射精して、その後、精液を体内から掻き出して地に零す。

これらは全て、神官達の目前で行われる。

 

 

それを聞いて、ゾロの脳天からゆっくりと血の気が引いていった。

 

 

 

 

「島の…男に…、犯される、だと? コックが?」

 

 


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