∞ シャケノベイビー 4 ∞
【 ZORO 】
「お、起きたか、クソ剣士。」
そこに、キッチンの主の笑顔を見つけて、ゾロは拍子抜ける。
「な、に…やってんだ? お前…。」
「レディくどいてるようにでも見えるか? 飯作ってんだよ。」
それは見ればわかるが。
ゾロが我が目を疑ったのは、ラウンジの真ん中にでんと置かれた七輪だった。
網が敷かれ、魚の切り身が焼かれている。
それが煙の正体だった。
さっきからゾロの郷愁をくすぐっているにおいも、ここから出たものだとわかる。
網の上のピンク色の魚の切り身は、炭火で炙られ、じゅわじゅわと小さな音を立てている。
身から、じんわりと脂が沁みでている。
何の魚だ?と聞かなくてもわかる。
この優しいピンク色は。
鮭だ。
─────焼き鮭だ。
「もうできる。座ってろ。」
サンジにそう言われて、ゾロは呆然としたまま椅子に腰掛ける。
焼き鮭。
コックが、焼き鮭、焼いてる。
「焼き鮭焼いてる」は言葉としておかしいような気もするのだが、そのくらいゾロはちょっと動転していた。
傍目からはいつもと同じ仏頂面にしか見えなかったが。
ゾロは、うっかり、じーーーんと感動していた。
なんでサンジは、鮭を焼こうなんて思ったんだろう。
食べたがっているゾロの心を読んだのか。
それにしてもこの七輪はどっから持ってきた。
何が嬉しいのか、コックはにこにこしながらキッチンに向かっている。
それがまた、うっかり見惚れそうになるほど、無防備な笑顔だ。
サンジはこの頃よく、こういう顔でゾロにご飯を作ってくれる。
前に鮭ステーキを焼いてくれたときもそうだ。
口は憎々しいほどへらず口を叩くのに、顔はにこにこしている。
鮭よりも飯よりも、コック本人が実は一番美味いんじゃないかと、ゾロはうっかり思ってしまった自分に動揺したりする。
ゾロの気のせいでなければ、なんとなく、クルーみんながいる時と、ゾロ一人しかいない時とでは、サンジの笑顔に違いがあるような気がするのだ。
どこがどう、とは正確には言えないのだが、なんというか、なんとなく。
2割増、周りの空気まで色づいてるような気がする、というか。
同じ空気の中にいると、なんだかこっちまでその空気に染められそう、というか。
こんなサンジを見ていると、なんだか尻がむずむずする。
そわそわと変に気持ちが浮ついて、居たたまれないような感じがするのに、ずっとこのまま二人でいたいような不思議な気持ちになる。
誰も帰ってくんな、と思わず祈ってしまいたくなる。
なんだ、この気持ちは。
2004/05/27