■ Crime of Pain ■


【1】

 

「───ンジ、サンジ!」

 

呼ばれて、サンジはびくっとその体を震わせた。

「あ…。な、なに? エース。」

夫がじっとこちらを見ている。

「何、じゃないよ。どうした?ぼーっとして。」

「あァ…ごめん…なんでもない…。」

夫の視線をはぐらすように、目を伏せた。

「この頃ボーっとしてる事多いね。どうしたの? なんかあった?」

 

言えるはずがない。

昔の男に毎日抱かれてて疲れてます、なんて。

気がつくとその男の事ばかり考えてます、なんて。

 

「なんにもないよ。」

「そう?ならいいんだけど。」

 

エースは優しい。

いつもいつもサンジの事を優先して、考えてくれる。

こうしていても、エースの愛情はサンジを優しく包んで、癒してくれる。

 

─────なのに俺は別の男の事を考えてる。

 

ゾロの事を、エースが知ったらどう思うだろう。

裏切ったと、罵るだろうか。

一緒に暮らすようになってから、サンジはエースが激昂するのを、一度も見たことがないけれど。

 

「ああ、そうだ。」

ふと、エースが言った。

「来週なんだけど、大本家に呼ばれてる。一緒に来て欲しいんだけど。」

「シャンクス様に?」

反射的にそう言ってしまい、サンジは、あ、と口を抑えた。

エースの顔に苦笑いが浮かぶ。

「サンジ、君はもうメイドじゃないんだから、そんな風に呼ばなくてもいいんだよ。大叔父様、でいい。」

「うん。つい…。」

サンジが曖昧に笑う。

「俺は、いいよ。」

どのツラ下げて、シャンクスの前に姿を現せるというのだろう。

「ルフィつれて行っておいでよ。入園の時にいただいたお祝いのお返しも、まだだもんな。」

エースの顔を見ずに話すサンジを、エースはじっと見ている。

その視線がいたたまれなくて、サンジは夕飯の後片付けをするから、とわざとらしくいいわけをして、席を立った。

 

 

本当にこの頃、気がつけばぼうっとしてしまう。

ぼうっとした頭が考えるのは、…ゾロの事。

ゾロの熱い手。熱い吐息。汗。匂い。体を貫く熱い楔。

毎日、がつがつと荒々しく貪るように抱かれる。

貪りつくすように、だけど、骨一本一本に至るまで、丁寧に舐め、啜り、しゃぶりつくすように、ゾロの抱き方は丁寧だ。

目隠しをして抱かれ、サンジが泣いたあの日以降、ゾロはサンジを言葉では詰らなくなった。

ただ黙って、サンジの体を愛撫で埋め尽くす。

何度も何度もサンジを吐精させ、サンジが許しを請うと、ようやくその逞しい剛直で貫いてくれる。

そしてサンジが気を失うまで、サンジの体を犯し続ける。

激しく荒々しく強引で、優しく丁寧で、………………甘い。

ほとんど黙ったままのゾロが、射精する瞬間、耳元で「サンジ」とたった一言囁くだけで、サンジの全身は甘い電流に貫かれる。

溶けてしまいそうに甘い。

溺れてしまいそうに熱い。

ゾロの手にゾロの瞳にゾロの声に、狂ってしまいそうになる。

それはまるで麻薬のようで、もはやゾロはサンジに何一つ強制しなくなったというのに、サンジは毎日、自分の足でゾロの元へと行ってしまう。

 

朝、エースを送り出し、ルフィを見送って、台所を片付け、洗濯を済ませ、家の掃除が終わり、ふっと一休みした瞬間、もうゾロの事しか考えられなくなる。

サンジの心はゾロに捉えられたまま、逃れられない。

 

夫がいることも、子供がいることも、何も考えられなくなる。

 

考えられるのはただ、ゾロの事だけ。

 

自分がすごい淫乱になってしまったような気がする。

ゾロに抱かれていない時も、夫と話している時も、ゾロの事ばかりを考えている。

 

ゾロに抱かれることばかりを考えている。

 

あの狂うほどの熱情を、この身に叩きつけてほしいと思ってしまう。

獣のように本能のままに荒々しく貪りつくして欲しいと思ってしまう。

 

いったい自分はどうしてしまったんだろう。

 

夫がいるのに、子供がいるのに、浅ましいことばかりを考えてしまう。

犯してはならない禁忌を犯しているというのに、心に突き上げてくるのは、紛れもない幸福感だ。

 

幸せだ。どうしようもなく。

ゾロが5年前とほんの少しも変わらない愛を向けてくれることが。

それがもう、疑いもないことが。

 

幸せで幸せで、どうしていいかわからない。

 

子供を抱き締める時に感じる幸福感とは、全く異質な、もっと欲に根差して、生々しく、傲慢で、身勝手な幸福感。

 

なんと自分は罪深い人間だろう。

ゾロを裏切り、エースと共に逃げて、ルフィを生んだのに、今はまた、エースを裏切り、ゾロに抱かれている。

罪深い。

醜い。

こんなだらしのない人間が、人の親だなどと、なんと恥知らずな。

 

ルフィの事を思えば、申し訳なくて申し訳なくてたまらなくなる。

 

いっそ。

いっそ、ゾロが、この身を殺してくれればいいのに。

けれどきっと、それを与えてくれるのがゾロである限り、サンジはきっと幸福感しか覚えないだろう。

ゾロがもしこの身を殺してくれたら、きっと途轍もない絶頂感の中で死ねる。そう思った。

ならば、この身を裁くのは、きっとゾロではないんだろう。

この身を裁くのは、エースだろうか。

それとも、サンジがかけがえないほどに愛しているもう一人、ルフィだろうか。

 

知られたくない、と思う。

知られてはならない、と思う。

けれど、全てをぶちまけたいと思う自分も、確かに、いる。

全てを告白して、どうしようと言うのだろう。

罪深い自分を裁かれたいのか、それとも、愛されている自分を見せびらかしたいのか。

 

「サンジ!」

いきなり名前を呼ばれ、サンジはびくりと飛び上がった。

ズボンを柔らかく引っ張られている。

見下ろすと、拗ねたような黒髪が見上げている。

「なに、ど、した? ルフィ。」

慌てて取り繕うような笑顔を浮かべると、ルフィは唇をとんがらせながら、

「おふろはいろう、って、おれ、なんかいもいったぞ。」

という。

「そ、そか。ごめんごめん。お風呂な。うん。」

子供の目線にしゃがんでやり、目を見ながら笑う。

するとルフィはますます仏頂面になった。

「サンジ、なんでないてるんだ? どっかいたいしたか?」

「え?」

泣いてる、と言われて、サンジは慌てて目をぬぐった。

しかし、別に涙が出ている様子はない。

「泣いてないよ?」

サンジが小首を傾げながらルフィにそう言うと、ルフィは変な顔をしたまま、「ないてたよっ!」と叫び、風呂場へと駈けていく。

サンジは慌ててその後を追った。

 

2005/12/23

 


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