その後の le BELLE et la BETE


【第八夜】のあらすじ

 

まんじりともせぬまま夜が明けて、それでも魔獣はうずくまったまま動けなかった。

何をする気力も湧かなかった。

心の中にあるのは深い深い悔恨。

 

そこへ、娘が現れる。

昨夜あれだけの暴力をその身に受けたというのに、娘はいつもと変わらぬ様子で魔獣に食事の時間を告げた。

驚く魔獣。

もはや娘はこの城から逃げ去ったに違いないと思っていたのに。

すると娘は、自分のしたことに自分で傷ついてどうする、と優しく諭してきた。

目の覚めるような思いだった。

 

傷つけられたのは紛れもなく娘の方だと言うのに、その当の本人が、加害者である魔獣を慰めているのだ。

なんという深い懐の持ち主だろう。

それに比べて、魔獣のこの身はなんと罪深く、矮小で、穢れていることか。

もはやこの身も心も、人間とは程遠くなっているのかもしれない。

魔獣が真摯な気持ちで娘に詫びると、娘はあきれたように笑った。

そして、魔獣の凶行は単に娘の挑発に乗っただけの、それだけのことだと、もう少し忍耐を養えと、少しも魔獣を責めることなく、魔獣を許してくれさえしたのだ。

全身が震えるような想いだった。

未だかつてこのような娘が、いや、このような人間がいただろうか。

娘は、魔獣にきちんと食事を取るように言うと、ついてこいというようにくるりと後ろを向いた。

その背中を見て、魔獣は目を見張った。

今日の娘は、いつも着ていた質素なスカートではなく、部屋に用意した黒いドレスを着ている。

当たり前だ。娘の服は、昨日、魔獣がずたずたに裂いたではないか。

前から見れば、首まで黒いレースに覆われているドレスだが、振り返れば肩も背中も大きく露出している。

その背中は、まさに痛々しいほどの傷があちこちに散っていた。

肩口とわき腹には、獣の爪で強く掴んだ痕、首根には噛み痕すらある。

あとは打撲や擦過傷や、とにかく、重症でないまでも無数の傷が白い肌についているのだ。

魔獣は改めて、自分の罪を自覚した。

これほどに傷つけられたというのに、娘はその全てを不問に付してくれたのだ。

理不尽な暴力でなど、娘の本質は少しも損なわれたりはしないのだ。

なんという気高い魂だろう。

どうすれば魔獣はこの娘に購うことが出来るのだろう。

もう二度と娘を傷つけたりなどしない。

二度と結婚を強要したりしない。

あと何が出来る。

この娘に、一体自分は何をしてやれる。

 

─────ああ…自分はこの娘を愛している。

 

それから魔獣は、娘の部屋にあったドレスを全て入れ替えた。

質素なスカートを好んでいたのだ、華美なドレスは着ないだろう。

軽く、動きやすく、無駄な装飾を廃したドレスを用意しよう。

背中の傷が消えるまでは、あまり肌も露出していないデザインのものを。

 

けれど、そう思う一方で、本能は餓えていく。

 

あの肌に、もう一度触れたい。

あの体をもう一度嗅ぎたい。

誰でもいいわけじゃない。あの娘だけが欲しい。

 

渇望するあまり、夜中に娘の寝室に忍んでみた。

寝顔を見るだけのつもりだったのに、娘の部屋に入った途端、その甘い体臭に動けなくなった。

 

ああ…この娘が自分を愛してくれたなら、自分はどれだけの至福に包まれることだろう。

 

せつない、という言葉の意味を、初めて知った気がした。

 

気配を消していたつもりだったのに、娘が魔獣に気がついて目を覚ましてしまった。

だが娘は恐れもせず、柔らかな声で、怖い夢でも見たのか、と優しく問うてきた。

そして、布団を持ち上げて、寒いのなら入ってこい、と魔獣を促した。

まるで、母親が小さな子供にそうするように。

だが魔獣は小さいどころか娘よりも一回り以上もの巨体で、おまけに、ついぞ昨日、娘の体に狼藉を働いたばかりだった。

なのに娘は、懐を開いて魔獣を迎え入れてくれる。

魔獣はふらふらと娘の褥に近づいた。

温かなその傍らに身を横たえると、娘が魔獣の頭に腕を回し、その頭を抱きこんできた。

思いもかけないそのしぐさに、魔獣はうろたえた。

大切なものを抱きしめるかのように魔獣の頭を抱え、いとおしそうに頬ずりしながら、娘は微睡んでいる。

温かな娘の体から、とくん、とくん、と鼓動の音がした。

何故許せる。何故受け入れる。こんな醜い化け物が恐ろしくはないのか…?

変わった娘だ、と呟くと、娘は、名を呼べと返してくる。

 

だから初めて、娘の名を呼んだ。

 

そしてその体を強く掻き抱いた。

 

 

娘の行動は翌朝も魔獣の度肝を抜いた。

目覚めるなり、隣に寝ていた魔獣の体に顔をうずめたり、頬にキスしたりしてきたのだ。

魔獣は必死で寝たふりをしていたが、性器が反応するのだけはどうしようもなかった。

更に、昼間には魔獣を浴室に連れて行き、ともに入浴しようとした。

魔獣の見ている前でいきなり無造作に服を脱ぎ捨てたものだから、魔獣は我が目を疑った。

娘が何を考えているのか全くわからなかった。

一瞬、魔獣が娘の体を意のままにしてしまったことで、娘が、それが自分の務めだと勘違いし、湯女の真似事を始めてしまったのかと思い、慌てて、服を着るように言ったのだが、娘は色気のかけらもなくがさつなまでに粗野に魔獣を浴室に蹴りこむと、乱暴に魔獣の体に湯を浴びせかけた。

そして、せっけんで魔獣の体を洗い始めた。

その豪快な洗い方は、湯女というより馬屋番のようだった。

娘よりもはるかに大きな体を娘は一生懸命洗っている。

それはとても微笑ましかったが、だが、娘は全裸だ。

白い肌が魔獣の視界にちらちら入る。というよりしっかり見える。

乳首も性器も尻も全て見えている。

娘は気にした様子もなく楽しそうに魔獣の体を泡だらけにしているが、魔獣は自らの勃起を隠そうと次第に前傾姿勢になる。

その不自然な体勢を訝かしんでか、娘が魔獣の足の間を覗き込む。

娘の視線を逸らそうとすると、娘がそれを制して魔獣の足の間に膝をついた。

当然、魔獣の猛った性器は娘の眼前にある。

娘は魔獣の顔を覗きながら、魔獣の胸元に触れ、何かを探るようにゆっくりとわき腹まで指を滑らせた。

それからゆるく微笑すると、魔獣の性器を握りこんだ。

魔獣が反射的に逃げをうつのを許さず、娘は手の中のそれを、泡の力を借りて愛撫した。

あくまでも洗うという態をとったまま、泡で魔獣の性器を優しく優しく擦る。

そんな風に他人の手で敏感なところに触れられたことなど、もう記憶の彼方だった魔獣は、あまりの快楽に身じろぎ一つ出来なかった。

娘は娘だったがその体は魔獣と同じ男だから、性器を擦るのも手馴れたものだった。

まさか他の男との経験が、とは、娘の体を既に貪った魔獣は思わなかった。

娘は生娘だった。それだけは強く確信していた。

無心ともいえるひたむきさで、娘は魔獣の性器を“洗う”。

見れば、娘の性器も硬く勃ち上がっている。

魔獣のよりもだいぶ小振りなそれを、魔獣は舐め啜りたいと思ったが、二度と娘の体に無体は働くまいと誓いを立てたばかりだったので、それを歯を食いしばって耐えた。

とはいえ娘の巧みな手淫からは耐えられそうもない。

こらえきれぬほど大きな逐情の波が襲い来るのを感じ、娘を止めようとしたが、娘は陶然とした目で、うっとりと魔獣に射精を命じた。

許しを得た瞬間、魔獣は自らの子種を、娘の体に放出していた。

 

 

 

その一件以来、魔獣と娘の仲は急速に深まっていった。

魔獣が娘の褥に忍んでいっても、娘は魔獣を拒まなかった。

最初のうち、魔獣は娘の体を抱きしめるだけだったが、魔法の鏡をきっかけとして、二人はついに体を交わすようになった。

最初にしでかしてしまった狼藉を払拭するように、魔獣は大切に大切に娘の体を抱いた。

愛しい娘の体に、髪の毛ほどの傷一つもつけるつもりはなかった。

強姦ではない情交は、比べ物にならないほどの多幸感を魔獣に与えた。

 

しかし。

 

どれだけ娘と交わっても、魔獣の呪いは解けなかった。

つまり、娘は魔獣を愛してはいないのだ。

最初が強姦だったのだ、焦るまい。そう思っていても、焦燥感が突き上げる。

魔獣はこれほどまでに娘を愛しているのに、娘も魔獣を受け入れてくれているようであるのに、何より既に二人の体は結ばれているというのに、娘は魔獣を愛してはくれない。

魔獣にかけられた呪いが、娘が魔獣を愛していないことの証明となっている。

愛していないのなら、何故、魔獣を受け入れる。

性交だけが目当てだとでも言うのか?

そのような娘ではない。ないはずだ。

愛していなくて、どうしてこの異形の性器を体内に受け入れるなど出来るというのか。

だが、ならば何故、呪いは解けない。

娘は魔獣を愛していない。

娘にとってこの情交は愛の営みではない。

娘は魔獣を愛していない。

娘は魔獣を愛していない。

娘は魔獣を愛していない。

娘は魔獣を愛していない。

 

─────コンナ化ケ物ガ、愛サレルハズナド─────

 

 

 

ギクシャクしだす二人の仲。

ある日、娘が、唐突に家に帰りたいと言い出す。

ついに逃げ出す気だ、と思った魔獣は激昂した。

期待を持たせるだけ持たせ、体を明け渡し、魔獣の気をすっかり許させておいて、娘は魔獣を見捨てるのだ。

そうか、魔獣の肉体を殺せないから、魔獣の心を殺すことにしたのか。

娘は必死で、逃げるわけではなく病気の家族を見舞いたいだけだと言い募っていたが、そんな事は信じられなかった。

娘は魔獣をここに置き去りにするのだ。

帰るな、とは言えなかった。

娘を愛していたからだ。

娘の願いならば何でもかなえてやりたかった。

帰りたければ勝手に帰れ、と娘を突き放した。

もう何も聞きたくなかった。

部屋に閉じこもると、心配したチョッパーが様子を窺いに来た。

娘は一人では家に帰れないのだから、送ってやるようにチョッパーに言った。

ついでにお前も好きなところへ行ってもいいぞ、とチョッパーに憎まれ口を叩いた。

何しろチョッパーは魔獣と違ってこの城から出て行くことが出来るのだから。

けれどチョッパーは涙ながらにどこにも行かないで魔獣の傍にいると言った。

娘だってきっとそう思っていると。

聞き入れる気にならず、もういいから娘を送っていけと言うと、チョッパーは悄然とその場を去った。

魔獣はがっくりと力を落とし、部屋の隅でうずくまったまま、動かなくなった。

 

 

人の気配のなくなった城の中で、魔獣はいつまでもいつまでもうずくまっていた。

どれだけそうしていたかわからない。

いきなり轟音が城を揺るがせた。

一瞬、娘が帰ってきたのかと思ったが、すぐにそうではないことに気がついた。

城は襲撃を受けていた。

魔獣が慈しんだ庭園が、あの薔薇が、めちゃくちゃに踏み荒らされていた。

暴徒は見知らぬ男だった。

さてはまた魔獣を害獣とみなしての襲撃かと思いきや、男は、娘の名を口にした。

娘を不当に監禁していたのはお前か、と魔獣を見据えて怒鳴った。

それで魔獣の闘争心は、萎えた。

これが娘の出した結論か、と納得した。

ならば、自分はそれを甘んじて受けよう。

男は勇敢にも一人で立ち向かってきた。

城門を破ったのも、この男がたった一人でやったことのようだった。

自分の最期の相手が、このような勇敢な若者だったことは重畳だとさえ思った。

男は一本の刀を携えていた。

魔獣は目を見張った。

それこそは自分が焦がれて焦がれてやまなかったモノだった。

アレを、持つはずだったのだ、自分は。

自分こそがアレを手にして、なるはずだったのだ。─────に。

この白刃の輝きをこの身に受けて死ねるのならば、それでもういいような気がした。

だから、魔獣は迫り来る男をひたと見据えたまま、一切の抵抗をやめた。

その刃が魔獣の身を袈裟懸けにするのと、魔獣の名を呼ぶ娘の絶叫が聞こえるのとが、ほとんど同時だった。

霞む魔獣の視界に、娘の姿が映った。

「何で抵抗しねぇ!死にてぇのか、このバカが!」と娘が怒鳴った。

その言葉で、襲撃者は娘が遣わした者ではないと悟ったが、生きる気力は湧いてこなかった。

娘がいないのなら生きていても仕方ない、と呟いた。

本当は、娘に愛されないのなら、と言いたかった。

だが言えなかった。

 

「仕方なくなんかねぇ!てめぇは生きるんだよ!生きて、大剣豪になるんだろうが!!」

 

娘が怒鳴るその言葉の中に、魔獣の琴線に触れたものがあった。

「大…剣豪…?」

何だったろうか。何だったろうかそれは。それこそがそうだったものではなかったろうか。

魔獣が目指していたもの。

魔獣が────城主が、夢見ていたもの。

毎日毎日鍛錬を欠かさず、だからこそ失ったときに深く絶望したもの。

そう。

そうだ。

 

「お前は大剣豪になって、俺はオールブルーを見つけるんだ!それまで死ぬとか許さねぇぞ!俺の飯食ってんのに死ぬとか許さねぇからな!!ゾロ!!!」

 

娘が怒鳴る。

その両目からは大粒の涙がぼたぼた落ちていた。

自身が陵辱されても、決して泣かなかった瞳から、滂沱の涙が流れていた。

娘の目からあふれ出した涙は、頬を伝わって、いくつもいくつも魔獣の顔に落ちた。

 

「俺の惚れたロロノア・ゾロはこんなとこでくたばる男じゃねぇだろうが!!!」

 

その瞬間、脳髄が揺さぶられた。

いきなりはっきりと目が覚めたような気がした。

視界が急にクリアになり、何もかもが恐ろしいほど膨大な記憶が、一気に脳に流れ込んできた。

目の前の娘─────娘じゃねぇ、なんだこりゃ、こいつはうちの船のコックじゃねぇか。

ああそうだ、こいつは全然娘なんかじゃなかった。

ずっとコックだった。

ずっとコックのまま、飯を作って、ゾロを蹴り飛ばして、そして腑抜けたゾロの傍にいた。

何でこいつの飯を食ったのに気がつかなかったんだろう。

目の前でへたり込んでいるコックに手を伸ばし、自分のその手が人間に戻っていることに気づき、思わずゾロはにやりとした。

そして呆然とこちらを見ているコックに向かって

「心配しなくても大剣豪になるまで俺は死なねぇよ。だからてめぇは俺の傍で一生飯作ってろ。」

と言うと、強引にその体を引き寄せて、乱暴に口付けした。

ゾロはもう、コックの飯もうまいが、その体はもっとうまいと知っていたからだった。

 

2015/05/16

 


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