その後の le BELLE et la BETE


【第七夜】 の あらすじ

 

打って変わってゴーイング・メリー号の朝。

 

ロロノア・ゾロは目を覚ます。

 

なんだかすごく変な夢を見ていたような気がする。

夢の中で、ゾロは、全身毛むくじゃらの魔獣だった。

いや、最初から魔獣だったわけではない。

元はちゃんと人間で、一国一城の主だった。

メリー号に乗っているゾロと同じく夢は大剣豪だった。

なんか部下とかいっぱいいた気がする。

チョッパーが可愛いお小姓だった。

お小姓といってもチョッパーに夜伽を命じたことはない。

ある日、城に旅人がやってきて今晩泊めてくれとか言い出す。

旅人っていうか、ウソップだった。

ウソップなのにゾロの事は知らないみたいだった。

でもどこから見てもウソップだった。

あんまりウソップだったので、なんか裏があるんじゃないかと、つい宿泊を断ってしまった。

そうしたら、人を見た目で判断するなんて、と呪いをかけられた。

見た目で判断したんじゃなく、ウソップで判断したのに。

呪いをかけられたゾロは魔獣になった。

この呪いは、乙女からの愛で解けるらしい。

女だと?ばかばかしい。

くそ、ウソップめ。今度会ったらたたっ斬ってやる。

それでも最初のうちは気にもしなかった。

姿がどうあろうと大剣豪を目指すという夢に変わりはなかったからだ。

けれどそれはすぐに絶望に変わる。

魔獣の手では、刀を持つことが出来なかったのだ。

口に咥えようとすると、ほんの少し力を込めただけで魔獣の牙で刀は折れてしまった。

どうにかして刀を持つ方法を見つけようと、苦心惨憺した。

しかし、刀を持つことは出来なかった。

刀が持てなくては大剣豪にはなれない。

何とかして人間に戻ろう。そう思った。

しかしそれは容易ではなかった。

人間に戻るには女に愛してもらわなくてはならない。

だがそもそも、この城に女はいなかった。

以前はいっぱいいたのだが、ゾロが呪いにかけられたのと同時に、城の人間達はチョッパーを除いて全て花や無機物に姿を変えられてしまっていた。

外に女を捜しに行こうとしても、何故か城から出ることも出来なくなっていた。

仕方なく来訪者を待つしかなくなった。

来訪者は時折いた。

何かの弾みで迷い込む者がいた。

だがそれは男だったり、せっかく女が来ても、魔獣の姿を見るなり悲鳴を上げて逃げ出したりした。

何年かに数回訪れるだけの偶然の迷い人に何度も何度も逃げられ、魔獣の心は折れていった。

何年も何年も、ただ待つだけの生活。

もう刀に触れなくなってどれくらい経つのか、自分でもわからなかった。

何もすることがないまま、城に閉じ込められる。

人間だった頃は、何時間でも寝ていられた。

目が覚めれば刀を握れたからだ。

刀を握れない今、眠りすら穏やかには訪れなくなった。

長い長い時が経った。

ただ無為に過ぎる月日とともに記憶は磨耗し、やがて、魔獣は自分が剣豪だった事も忘れた。

忘れなければ生きていられなかった。

自分はこのままここで魔獣として朽ち果てていくのだとそう思った。

チョッパーがいてくれなければ気が狂っていたかもしれない。

何もすることがないので、庭を掃除することにした。

刀は握れなくとも箒くらいなら指先に引っ掛けられた。

城は雪に閉ざされていて、庭にも雪が大量に降り積もっていた。

掃いても掃いても、またたくまに庭は雪に覆われたが、魔獣は庭の掃除をやめなかった。

時間は有り余ってる上に、庭の掃除をやめたらすることが何もなくなってしまうからだった。

この庭は以前からこんなに雪が降っていただろうか。

もう何年も花を見ていないような気がするのだけれど。

そんな庭の薔薇の木が、あるとき花をつける。

真っ白な雪の中で、何故かそれは一輪だけ鮮やかに赤く咲いていた。

魔獣は、ひさしぶりに心が沸き立つのを感じた。

このまま次々に花が咲いていって、春になるといい。そう思った。

せっかく咲いた花を散らさないよう、以前にも増して庭木の手入れをするようになった。

 

ある時、何年かぶりの来訪者があった。

あいにくと初老の男性だったが、魔獣はいつものように客としてもてなした。

この頃の魔獣はもう、どうせ人間は自分の姿を見れば恐れ戦くのだから、と、客の前には姿一つ見せないようになっていた。

翌日になり、体を休めた旅人が出て行くだろう、と窺っていた魔獣は、次の瞬間、客のしでかしたことに仰天した。

なんとその客は、あの薔薇の花を手折ってしまったのだ。

魔獣は怒りのあまり咆哮した。

客の前に躍り出て、彼の蛮行を詰り、その命を奪おうとした。

すると客は震えながら謝罪し、その薔薇を娘のプレゼントとするつもりだったと言った。

娘、と聞いて、魔獣の心が動いた。

そして、客を無事に帰す代わりに娘を差し出せ、と迫った。

断られては適わないので、言い捨てるなり問答無用で客を家に送り返した。

 

使いにはチョッパーをやった。

どういうわけか、チョッパーだけは自由に城から出ることが出来たからだ。

 

チョッパーを待っている間、魔獣は落ち着かなかった。

そわそわしながら待っていると、チョッパーが娘を連れて戻ってきた。

金の髪の、気の強そうな目をした娘だった。

どこかで見たことがあるような気がしたが思い出せなかった。

気の強いのはいい。

魔獣のこの姿を見ても恐れないかもしれないからだ。

だが気の強すぎるのは注意が必要だ。

恐ろしい魔獣の姿を悪と判断して、滅しようと奸計を巡らせた者がいたことが過去にあったからだ。

さてこの娘はどうだろう、と思っていると、娘は、魔獣を見るなり、だしぬけに笑い出した。

涙を流さんばかりの勢いで、下品とすらいえるほどに、遠慮の一つもなく、豪快に、大声で。

人の目には化け物に見えるはずの恐ろしいはずの魔獣の姿を、「着ぐるみ」「全身マリモ」と笑い飛ばした。

魔獣は一瞬あっけに取られたが、すぐに低く唸り声を出した。

マリモ、というのが、途轍もない侮蔑に思えたからだ。

確かにはるか昔、同じ言葉で罵られた記憶がある。あるような気がする。

娘は、魔獣が唸っても睨んでも、少しも怯む様子を見せなかった。

笑うのをやめろ、と殺意を込めると、娘はやっと笑いやんだ。

だが、この風変わりな娘の口元からは、にやにやした薄笑いがいつまでも消えなかった。

挙句、懐から煙草を出して目の前で吸って見せさえした。

これには驚いた。

とても淑女とは思えない蓮っ葉なしぐさに、もしやこの娘は娼婦なのかと思う。

娼婦にしては身なりは質素だ。

よく見ればドレスの布地はいいもののようで、決して貧しさを感じさせるわけではないのだが、華美な装飾は一切なく、堅実で真面目な家柄の娘のようにしか見えない。

魔獣の城に来るために、わざと質素な身なりに着替えたのだろうか。

だとすると、何かしら腹に一物持っているタイプかもしれない。

試してみるか、と、晩餐の際に、娘に、魔獣の妻となるよう命じた。

そのかわり、望む限りの贅沢をさせてやるから、と。

しかし娘はこれを即座に一蹴した。

やはり何か企んでいるのか?と、警戒しながら、やはりこの姿を厭うているのかと聞くと、次の瞬間、娘は突然キレた。

唐突な怒りの爆発の意味がわからなくて魔獣が目を丸くしていると、娘は、自分に惚れてくれない男からの求婚には応じられないと語気を荒らげた。

先ほどは娼婦のように目の前で煙草を吸って見せたくせに、今度は淑女のように求婚するなら手順を踏めと言う。

それを実に乱暴で品のない言葉を使ってなじってくるのだ。

魔獣はすっかりこの娘の真意を測りかねてしまった。

しかし、口説いてみせろ、と言い放ったのだから、娘は当然、それ相応の覚悟をして城に来てくれたわけだ。

これには驚いた。

きちんと手順さえ踏めば、魔獣の求婚を受けるのもやぶさかではないということか。

確かに初対面で求婚したのは無作法であった。

城主だったころならば、結婚にはまずしかるべき地位の人を立てて、書面にて先方に申し込みをするものだと心得ていたというのに、長く異形の姿で無為を囲っているうちに、この身はそのような礼儀も忘れてしまったらしい。

考えを改めた魔獣は、さっそく娘に贈り物をすることにした。

人を介しているわけではなく、既に娘の身はこちらにあるのだから、身につけるものを送っても非礼にはなるまい。

そう思い、年頃の娘が好みそうな豪奢なドレスや高価な装飾品を毎日毎日欠かさず贈った。

しかし、娘はそのどれもを受け取らなかった。

そればかりか、部屋に用意した着替えすらもつけず、いつまでもこの城に来たときのままの質素なドレスをかたくなに脱ごうとしなかった。

そのくせ、まるで既に嫁いだ身であるかのように奥向きに携わり、大層美味な食事を供してきた。

とはいえ、ここは市井の家ではなく、城主の城だ。

奥向きを取り仕切るのは家令の仕事だ。城主の妻の仕事ではない。

今は呪いによって姿を消されていて、まともな仕事は一つもできなくなっているが、本来は家令も料理人もちゃんとこの城の中にいるのだ。

だから料理などする必要はない事を娘に伝えると、娘は足を振り上げ、蹴る真似をしてきた。

一部の隙もない動きだったが、高々と足を蹴り上げたせいで、その足が太腿まで丸見えになった。

あまりのはしたなさに、思わず魔獣は娘を叱り付けてしまった。

 

どうもこの娘にとって、食事とは最重要項目であるらしく、娘は、魔獣が食事の時間を守らない事を大変に嫌がった。

娘を怒らせるのは得策ではないから、魔獣も出来うる限り時間通りに食卓につこうとはしているのだが、どうも魔獣にとって食堂はなかなかに難関な場所にあるらしく、何故か毎日必ず迷って娘に本気の蹴りを喰らうこともしばしばだった。

 

気がつくと、娘はすっかり城に馴染んでいた。

まるで何年も前から魔獣の傍にいたかのように、城の空気に溶け込んでいた。

チョッパーなどは、まるで愛玩動物であるかのごとく懐いている。

だというのに、娘は一向に魔獣の求婚を受け入れる気がないようだった。

こちらに気を持たせるだけ持たせておいて、肝心のときになるとするりと逃げる。

魔獣はいいかげん焦れてきていた。

人間に戻ることなど、一時は諦めかけていたのだ。

なのにこの娘が中途半端に期待を持たせるから。

自分から費えてしまったあの夢をもう一度見てもいいのかと。

あの夢────あの───になる────… なんに、なる、夢、だった───…?

 

魔獣は愕然とした。

人間だった頃、ただひたむきに、ひたすらに、追いかけていたはずの夢が、思い出せなかった。

心の中には焦燥感だけがあった。

 

早く 早く 早く

ニンゲンに 戻らなければ

ニンゲンに 戻れたら きっと 思い出せる

だから 早く ハヤク───────────!

 

自分の夢は、あの娘が持っている。

何故だかそう思った。

早くあの娘からの愛を得なければ。

いつか自分は、夢ばかりか、自分が人間であったことさえも忘れてしまうかもしれない。

ハヤク、アノ娘カラ、愛ヲ、得ナクテハ!

 

宝物庫から、美しい珊瑚の櫛を見つけ出した。

東方の国で髪留めのように髪に挿して装身具として使われていたもので、愛らしい桜色の櫛は、いかにもあの娘の金の髪に映えるように思われた。

それを娘に差し出し、求婚の言葉を口にする。

だが娘は一顧だにもしないどころか、高価な櫛を床に叩き落し、あまつさえ、いつになく荒い口調で魔獣の求婚を拒絶した。

尊大とも言える娘の態度に腹は立ったが、魔獣は尚も性急に娘に食い下がった。

それでも怯まない娘に、もしや、魔獣が求婚しているのをいいことに、魔獣が娘を害することなど決してないと高を括っているのではないかと思った。

焦燥と苛立ちも手伝い、魔獣がその気になれば娘ごとき簡単にねじ伏せられるのだと脅した。

すると娘は、怯まないどころか、魔獣の言葉をせせら笑った。

 

その瞬間、思わず体が動いた。

 

素早く間合いを詰め、娘の胸倉を掴もうとした。が、娘の反応も早かった。娘が即座に飛びのき距離をとる。

逃げられたことに、頭に血が上った。

再び魔獣の爪で娘の胸元を狙う。

傷つけてしまったらそれでもいいとすら思っていた。

娘の動きは、一介の娘のそれではなかった。

まるで羽でも生えているかのように軽やかに、空中を飛び回って逃げる。

これ見よがしにひらひらと翻るスカートの裾からは、白い足が扇情的に何度も覗く。

こちらを煽って楽しんでいるのだと思った。

とんだ性悪だったというわけだ。

怒りに我を失った。

これほど本気で体を動かしたのは、魔獣になってから初めてのような気がした。

魔獣の体は人間だったころより巨体になっていたが、鈍重ではなかった。

その重い体は、人間の頃と同じように、思いのままに、動く。

 

一瞬、何かを、思い出しそうになった。

 

以前にも、こんな風に、誰かと本気の喧嘩をしなかっただろうか。

それは紛れもなく仲間内での喧嘩で、けれど本気だった。

敵と対峙するのとは違った高揚と緊張感。

確かに…確かに、以前、誰かと…、いや、城主である自分と本気でやりあうなど、この城にいるはずなどない。

気のせいに違いない。

 

娘は、魔獣の攻撃をひらりひらりと紙一重でかわしていく。

だが、人間の体よりも大きい魔獣の体躯は、当然リーチも長い。

娘が交わしたつもりの距離が、魔獣には届いた。

咄嗟に娘の首根っこを鷲掴みにして、その痩身を床に叩きつけた。

 

 

 

そこから後はもう、魔獣の記憶は曖昧模糊としている。

 

 

 

わかっているのは、魔獣が娘の体を陵辱した、ということだ。

娘の体は男のそれだったが、それには違和感を覚えなかった。

娘が男だと、心のどこかで知っていた気がする。

だが娘は娘なのだ。それがこの世界の理である以上、娘の下半身に自分のと同じ性器がついていることくらいは些事でしかなかった。

そんなことよりも、魔獣は娘の体の甘さに酔った。

娘の体は芳醇というほどの香気に包まれていて、滅多に酒に酔わないはずの魔獣が酩酊しそうになるほどだった。

娘の体を無我夢中で舐め回し、体液を啜り、そして後孔を犯した。

全身の血が沸騰するかと思うほどの快感を覚えた。

狂ったように咆哮しながら、娘の体を蹂躙した。

喰らえ、犯せ、と本能が叫んでいた。

孕ませるつもりで、娘の胎内に子種をぶちまけた。

 

さすがの娘もこれで魔獣に屈服するに違いない、と思った瞬間、娘が嗤った。

 

娘は嗤っていた。

 

その目に好戦的な光を讃えて。

 

 

 

そのまま娘は気絶してしまう。

我に返った魔獣は、その場の惨状にようやく気づいて動転する。

魔獣に組み敷かれた娘の体は傷だらけで痛々しい。

そこへチョッパーが入ってくる。

チョッパーは、室内の様子に気づくと、血相を変えて魔獣を娘から引き剥がし、娘の治療を始めた。

「何でこんなことしたんだよ!」と、チョッパーは泣きながら娘の体の手当てをする。

自分には時間がないのだから仕方ない、と答える魔獣。

早く人間の姿に戻らなければ、自分は永遠に魔獣と成り果ててしまうに違いない。

しかしチョッパーは、魔獣のやったことは強姦で、こんな事をしても娘の心が手に入るわけがない、と魔獣をなじる。

娘の傷ついた体を見れば、魔獣にだってそれはわかりすぎるほどにわかった。

自分の感情を制御できずに暴走し、取り返しのつかない事をしてしまったと悔やみながら部屋を出て行く魔獣。

 

 

一人になって頭を冷やせば冷やすほど、後悔は募った。

こんな事をされて、いくら破天荒な娘でも今度こそは魔獣から逃げ出すに違いない。

 

こんな化け物が、愛されるはずなど、ない。

 

魔獣は鬱々としたまま、眠れずに一夜を過ごした。

 

2015/05/15

 

 


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