le BELLE et la BETE


【第一夜】

 

「…つか、どこだ、ここ。」

 

サンジは呆然と呟いた。

 

見た事があるようなないような村の真ん中に、サンジは立っていた。

何故自分がここに立っているのか、よくわからない。

よくわからないのに、何故か、「自分は今から家に帰るところ」と認識していた。

 

そうか。夢だ、こりゃ。夢だな。

 

サンジはそう納得して、どこだか分からないが家に向って歩き出そうとした。

が、ばさっと足元に何かが纏わりつくような感触があり、視線を落とす。

 

「っっっっ!? なんだあ、こりゃあ!!!!」

 

いや、松田優作でなくて。

 

サンジは自分がスカートを穿いているのに気がついて、絶叫した。

水色のスカート。

どっから見てもスカートだ。

スカート以外の何物でもない。

あれだ、エプロンスカートというやつ。

古臭いというか、クラシックというか、フリルも模様も何もついていない、粗末といえるくらいの、シンプルな水色のスカート。

総レースとかの華美なスカートでないのが唯一の救いか。

いや、華美であろうがなかろうが、スカートを穿いてるっていう事実がどうなんだ。

 

この俺が!!!

この俺こと俺様こと僕ことサンジ様が!!!

 

夢でスカート穿いてるなんてどういう事だ。

夢ってな願望が出るとかいうじゃねーか。

おおおおお俺はスカートを穿きたい願望があったのか???

自分じゃ気がつかなかったけどもしかして???

女装趣味????

 

軽くパニックに襲われていると、「サンジぃーーーっ!」と聞きなれた声がした。

「る、ルフィ…」

見慣れた黒髪が、「肉ー!」の顔をして駆けてくる。

思わず、「飯はまだだぞ」と言いそうになり、ハッと、自分が今ドレスを着ていることに気がついた。

こんなみっともない姿見られるわけにはいかねぇ。

わたわたと逃げ出そうとするサンジの体に、ゴムゴムの腕がみよ〜んと伸びてきた。

「は、離せバカ! この、クソゴム!」

ゴム腕がサンジの体にぐるぐると巻き付く。

じたばたともがくサンジ。

「なーサンジ。あの話考えてくれたか?」

にかっと笑いながら、ルフィがいう。

「あ、あの…話…?」

 

「おう。サンジ、結婚してくれ。」

 

「けっ…─────!???」

 

血痕?

いや、結婚か。

 

と、内心で一人ボケと突っ込み。

それほどサンジは動揺した。

 

「な、なに言ってんだ、お前。」

 

「なぁ、結婚してくれ。サンジ。」

俺の船のコックになれ、と言ったときの目だ。

一瞬思わず、釣り込まれて頷きそうになり、サンジは慌ててコリエシュートを放った。

見事な放物線を描いて飛んでいくルフィ。

その姿が流れ星の如く消えていくを見送り、サンジは大きく息をついた。

 

なななな何が結婚だ。

夢だよな、これ。

俺、夢見てんだよな。

何でこんな夢見てんだ?

俺ぁ、ルフィに求婚されてェなんて願望はねぇぞ。

ねぇ。ぜってーねぇ。

ナミさんならともかく、何でクソゴムにプロポーズされなきゃなんねェ!

だいたいあいつもバカか。

男にプロポーズなんかしやがって。

ホモか、気色悪い。

 

そこまで考えて、サンジはハッとした。

 

男…?

 

スカートを着ている自分。

プロポーズしてきたルフィ。

 

まさか…

 

だらだらといやな汗が背中を伝った。

 

まさか、俺は…レディになっちまったのか?

 

夢とはいえ、それはちょっと立ち直れないかもしれない。

そんな夢を見てる自分ってちょっといやだ。

焦燥にかられてサンジは家へと急いだ。

全然見知らぬ街並みなのに、家への道のりがわかる。

やっぱ、夢見てんだな、俺。と、そう思った。

 

勝手知ったる見知らぬ我が家に辿り着き、急いでトイレに駆け込む。

スカートをめくり、女物のパンツをずりさげ──────

 

「よかった… 付いてた…。」

 

ほーっと息をつく。

股間に鎮座する慣れ親しんだ息子に、心底安堵した。

すね毛もあごひげも健在だ。

鏡に映った自分の顔に、思わず涙ぐむ。

 

「よかったぁ…。」

 

危うく、自分に女体化願望があるのかと、絶望するところだった。

そんなことになったら、目覚めた時、海に身を投げて死ななければならない。なんとなく。

ホッとしたついでに排尿をしていると、「サンジくーん? 帰ったの?」と声がする。

まごうかたなき、ナミさんの声だ。

「はぁい♪ んナミっすわぁぁぁぁん♪」

慌ててパンツを上げて、トイレを出る。

ズボンのチャックを上げなくていいのは楽なような気もするが、なんだか足元が心もとない。

服を着ているのに、左右の足お互いのすね毛の感触がするっていうのもどうなんだ。

しかも下着まで女物なので、タマのすわりが悪い。竿の位置が決まらない。

さっきまで気にならなかったはずのことが、突然一度に気になってきた。

足に纏わりつくスカートの裾を気にしながら、サンジはナミの元へと急いだ。

 

居間に入ると、暖炉の前でロッキングチェアに座りながら本を読んでいるロビンと、少し苛立ったように室内を歩いているナミがいた。

「ナミさんっお待たせっ♪」

二人とも、サンジが着てるのと似たり寄ったりのクラシックな長いスカートを着ている。

二人の美しいおみ足が野暮ったいスカートで隠れているのは残念だ。

本当に本当に残念だ。

サンジ、涙が出てきちゃう。

「すごく待ったわよ。一体買い物に何時間かかってるのよ。早くご飯にしてちょうだい。」

心なしか、サンジの知ってるナミよりもやや口調がきつい。

夢の中だからな、と思いつつ、きつめのナミさんもステキだ〜〜〜〜♪とサンジはやに下がった。

「ごめんねー♪ クソゴムの奴にからまれちゃって。すぐ支度するね。」

いそいそとキッチンにたつ。

「…クソゴム…─────ルフィに?」

ナミが聞きとがめた。

そうなんだよー、と言いながら、食材を選別するサンジは、それに気を取られてうっかり口を滑らせた。

「何が結婚してくれだよ。ばかばかしい。」

ほとんど独り言だったが、その瞬間、ナミが勢いよく振り向いた。

「結婚、ですって?」

その声音に明らかな険を認めて、サンジはぎくりとした。

「結婚、してくれって、言われたの? …ルフィに?」

ごごごごごご、と、地鳴りが聞こえる。

ナミの目が氷よりも冷たくなっていた。

サンジの脳天から血の気が引いた。

 

─────しまったああああああああ

 

なんだよ、おい。

夢の中でもナミさんはルフィが好きなのかよ。

なんで俺の夢なのに、俺を好きじゃねェんだよ。

女装してるからか?

やめてくれよ、ナミさん。そんなあからさまな敵意の目で俺を見ないでくれよ。

俺はクソゴムの事なんてなんとも思ってねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

「いや、あの、冗談、だと、思うし。俺っ! 全然そんな気ないから!!!」

必死に言いつくろう自分が、ちょっと情けない。

「ほんと?」

「ほんとっ!」

「ほんとに、ルフィと結婚なんかしないわね?」

「しないしないしませんっっっ。」

 

「…そう。」

 

ナミの目から、険が消える。

「なら、いいわ。」

サンジはほっとした。

 

「ごめんね。サンジ君が私達をおいてお嫁にいってしまうのかと思ったから。」

にっこりと、微笑む。

途端にサンジはデレデレと身をくねらせる。

「ナミさんとロビンちゃんをおいて俺がお嫁になんていくわけないじゃ〜〜〜ん。」

言いながら、お嫁?と頭の中で首をかしげる。

やっぱ、俺、女って事になってるのか。この夢の中では。

その時突然、サンジの頭の中に、“設定”が、ぽん、と浮かんできた。

思い出した、という感じに似ていた。

 

あ、そっか。

俺、妹だったっけ。ロビンちゃんとナミさんの。

 

おっとりしたミステリアスな上の姉ロビンと、しっかり者でしまり屋の下の姉ナミ、そして末の妹サンジの三人姉妹だった。そういえば。

鍋でシチューを煮込みながら、サンジは、そーかそーかそうだった、と“思い出して”いた。

「サンジ君? ご飯の支度が終わったら、部屋の掃除をしてくれる?」

「はーい。」

「それが終わったらお洗濯もお願いね?」

「はーい、ナミさん。」

返事しながら、サンジは、あれ? と思った。

 

なんかこき使われてる?

あれ? もしかしていじめられてる?

 

そういえば心なしかナミさんが意地悪だしなあ。

意地悪なナミさんも女王様ぽくってステキだけれど。

二人の姉と、こき使われる妹… あれ? もしかして、これ、「シンデレラ」か?

俺ったらシンデレラ?

何? そんな乙女なドリーム見てるの? 俺。

じゃあ、ママハハは誰だろう。俺を苛める総元締めだ。

…ゾロかな。

ゾロが出てきたら俺は蹴るぞ。ぜってぇ。

それって話すすまなくないか?

シンデレラがママハハ蹴ったらまずいだろう、やっぱ。

意外にウソップだったりしたら俺は笑うぞ。

待てよ、じゃあ、このあと王子様とか出てくんのか?

何で俺が王子様じゃねェんだよ。

俺だろ?ふつー。王子様の役は。

 

等とつらつら考えていると、不意に玄関の方から人の気配がした。

「お父様だわ!」

ナミが真っ先に駆け出す。

 

お父様?

 

あれ、シンデレラに父親って出てきたんだっけか、と思いながらナミのあとに続いたサンジは、帰ってきたのが誰かを見て、呆然と立ちすくんだ。

 

「……ジジィ…」

 

ゼフが立っていた。

懐かしくて懐かしくて、不覚にも涙で視界がぼやける。

夢でも、再会できた事が嬉しくてたまらなかった。

 

ジジィが、…父親…。俺の…。

 

胸が詰まる。

「お、おかえり…。」

 

それを言うのがやっとだった。

抱きついて泣き出したい衝動をかろうじて堪えた。

「お父様、おみやげは? あたしには宝石を買ってきてくれるはずだわ。」

ナミがゼフの腕にぶら下がりながら言った。

「私には本よ。外国の本。」

ロビンが微笑みながら言う。

 

おみやげ…。

ああそういえば、とサンジは思った。

ゼフは商売の旅に出ていた。

その出かける前、娘たちに聞いたのだ。おみやげは何がいいか、と。

ナミとロビンはそれぞれ、高価なものをねだっていた。

じゃあ、お前は? と聞かれたサンジは、無事にジジィが帰ってきてくれさえすればいい、と思い、けれど、恥ずかしくてそんな事は口に出せなかったので、「花…。薔薇一輪が、欲しい。」と言ったのだ。

何で薔薇かといえば、サンジは花の種類は薔薇しか知らなかったからだ。

でもゼフは、無事に帰ってきてくれた。

それだけでもう、サンジは嬉しかった。

 

だが、すぐに、サンジは、ゼフの顔色の悪いことに気がついた。

「おい、ジジィ。疲れてんじゃねぇのか? 中入れ、とにかく。」

ゼフを柔らかなソファに座らせ、暖炉に薪をくべて火の勢いを強くし、できたばかりのシチューをよそった。

酒を出そうかどうしようか、少し考え、温かなココアをいれた。

「あらおいしそうね、あたしにもそれ。」とナミが言うので、ナミとロビンにもココアとシチューを出し、寝室へ行ってブランケットを持ってくる。

「ほら、クソジジィ、これ膝にかけとけ。」

しかしゼフは、体が温まってもまだ、沈んだ顔をしている。

さすがにサンジも心配になってきた。

「ジジィ…どうした? どっか具合悪いのか?」

「いや…。」

浮かない顔のまま呟いたゼフは、やがて顔をあげると、

「ロビン、ナミ、サンジ。」

と三人の娘を呼んだ。

「お前たちに話さなきゃいけねぇ事がある。」

 

そしてゼフは、今回の旅で大変な事になったと、話し出した。

「旅から帰る途中、ひどい吹雪の中、俺はある森で道に迷っちまった。」

極限の寒さと餓えの中、どことも知れない森をさ迷い歩いたゼフの目の前に、突然、豪華な城が現れた。

最初は、ついに幻覚を見るようになったかと思った。

だが、その城は本物だった。

一夜の宿だけでも借りれないかと扉の前で大声を上げると、その重い鉄扉は音もなくすうっと開いた。

だが人一人出て来ない。

一歩足を踏み入れると、足元に光る花が咲いた。

それは城の奥へと次々に咲いていき、促されるように奥へと歩いていくと、そこは大きなテーブルのある部屋で、一人分の温かな食事が用意されていた。

貪るように食事をとると、またも光る花に案内され、客間に通された。

そしてゼフは温かな柔らかいベッドで一夜を過ごしたのだという。

 

「へぇ…、まるで魔法の城だな。でもよかったじゃねぇか。」

「いや…。それが…。翌朝、俺はとんでもないことをしちまった…。」

 

翌朝は吹雪もやんでいた。

これなら何とか町まで辿り着ける、と、姿を見せない城主と神の加護に感謝しながら、ゼフは城を出た。

昨夜は気がつかなかったが、城の前には美しい庭園があった。

きちんと手入れされている庭園だった。

春になればさぞかし美しく花が咲き乱れる事だろう、と思いながら門まで進むと、薔薇のアーチがあった。

驚いた事に、そのアーチは、冬だというのに、一輪だけ花をつけていた。

昨日の雪で、庭園が真っ白に染まる中、真っ赤な薔薇が、鮮やかなコントラストを醸し出していた。

その時、ゼフは、サンジとの約束を思い出した。

薔薇が欲しい、と言ったサンジの言葉を。

冬に薔薇は咲かない。

あの言葉は、無事に帰ってきて欲しいという、あの素直じゃない末娘の精一杯の言葉だったろう。

ゼフにはそんな事、ちゃんと分かっていた。

分かっていたからこそ────────この薔薇が、どうしても欲しかった。

 

そしてゼフは、薔薇を手折った。

 

その瞬間、辺りが暗くなった。

地の底から響くような恐ろしい獣の咆哮が聞こえ、ゼフの眼前に、魔獣が姿を現した。

 

その恐ろしい魔獣こそが、この城の城主だった。

 

「俺はお前を客人としてもてなした。」

魔獣は怒りに震えながら言った。

「食事を出し、宿を貸した。」

ゼフは恐怖で声もでない。

「その礼がこれか。お前は命を救われた礼に盗人をするのか。」

ゼフは無我夢中で謝った。

だが、魔獣の怒りは解けなかった。

「俺が救わねば、お前はこの吹雪の中、死んでいたろう。俺が拾った命だ。俺に返せ。お前はこの場で死んで俺に贖え。」

だがゼフは死ぬわけにはいかなかった。

無事に帰ると、娘達に約束したのだ。

それを聞くと、魔獣の表情が少し動いた。

「では、お前は無事に帰してやろう。そのかわり、お前の娘のうち一人を俺に差し出せ。それが薔薇一輪の代価だ。」

そう言うなり、魔獣は姿を消した。

代わりにそこにあったのは、トナカイに引かれたソリだった。

ゼフはそのソリに乗り、近くの街まで無事にたどり着くことが出来たのだ。

 

 

ゼフの話が終わると、二人の姉は口々に言った。

「あたしはいやよ! 魔獣のとこに行くなんていや。」

「私もごめんこうむるわ。」

そして、姉たちの目が、サンジを見る。

「サンジ君が行けばいいじゃない。だって薔薇をねだったのはサンジ君よ。サンジ君が薔薇なんて言わなきゃ、こんな事にならなかったんだもの。」

言い募るナミを、ゼフが止めた。

「いや…俺が愚かだったんだ。お前たちの誰も、魔獣のとこに差し出すなんて俺にはできねぇ。俺がしでかしたことだ。俺が魔獣のとこへ戻る。この家に帰ってきたのは…お前たちに別れを言うためだ。」

「お父様!」

 

 

「んな必要はねェよ。」

 

黙って聞いていたサンジが、不意に口を開いた。

「俺が行く。薔薇をねだったのは俺だかんな。」

「サンジ…!」

「なぁに、心配すんな。なんてことねぇよ。」

薄く笑う。

笑いながら、やっぱ、これ夢だな。と、サンジは思っていた。

ゼフもナミも、サンジの知っている人達とはどこか印象が違う。

実際のナミなら、敵に仲間を差し出すような利己的な事は絶対に言わないし、実際のゼフなら、わざわざ帰ってきてこんなこと言うくらいなら、魔獣にあったその場で腹掻っ捌くくらいのことはするだろう。

これはニセモノの人たちの、ニセモノの世界だ。

 

それでも。

 

それでも────────俺は。

 

「俺が行くよ。」

 

 

 

サンジは何となく気がついてきていた。

これはたぶん、何かの物語の中だ。

何かの物語を、サンジの知っている人たちで再現してるだけだ。

 

寝る前に、なんか読みながら寝たんだっけか?俺。

それでこんな夢を見てるとか…。

読んでたっけかなぁ…全然思い出せねェけど。

 

けど、まぁ。これが決まった物語なら。

進むように進んでやりゃあいいってこったろ。

ニセモノだろうが何だろうが、ナミさんやジジィが悲しむのは見たかねぇ。

 

…でも、この物語はいったい何だろう。

 

シンデレラ…じゃねぇよな。

ママハハ出てこねぇもんな。

よく覚えちゃいねぇがシンデレラってのはもうちょっと違った話だったような気がする。

えーと、七人の小人とか出て来るんだっけか?

 

…………。

……まぁいい。

なんとかなんだろ。

 

サンジは無意識に胸元にタバコを探った。

エプロンスカートに内ポケットなどあるはずがなく、サンジの手は、しばらく胸元をあちこち彷徨ったあと、ついにエプロンのポケットから目指すものを見つけ出した。

慣れた手付きでタバコを咥え、火を点ける。

嗅ぎ慣れた紫煙があがる。

深く肺の奥まで吸い込んで、一気に吐き出す。

 

 

タバコがあってよかった、とサンジは思った。

 

2004/05/09


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