MYRIAM 3
「ミぃぃぃリぃぃぃアぁぁぁムぅぅぅぅぅぅ!!!」
ガラハドの叫びが高原に響き渡る。
うっさいなあ、もぉ。
モンスターどもが集まってくるから、んなバカ声出さないでよう。
「何が、“術法を使わせたら、ちょっとしたもんよ”だ! お前のヘルファイアは8発で打ち止めかっ!」
「なぁんでよぉ。8発も撃てるんだから立派なもんでしょお〜。」
とは言ったものの、実のところ、偉そうに大口を叩いたわりに、あたいの術法は、実戦で使った事が殆どないのよね。
うーん。こんな事ならエスタミルの下水のモンスター相手でもしとけばよかったかなあ。
「それに、さっきから戦いっぱなしだよ、少し休ませてよぅ。」
ちょっと抗議なぞ、してみる。
するとガラハドは、それもそうだ、というふうにちょっと肩を竦めて、グレイを見る。
「大体グレイ。メルビルに行くのに、なんでベイル高原経由なんだ? ローバーンを経由していけばモンスターとのバトルは回避できるだろう?」
え? そうなの?
ローバーンとやらを経由すれば、こんな、うじゃうじゃモンスターがいる山の中を歩かなくてもいいの?
それを早く言ってよおー。
「肩ならしにはちょうどいいだろう?」
グレイがにやりとして、そう言った。
わかった、こいつ…、自分が暴れたいだけねっ!?
昨日、ブルエーレであれだけ酒かっ喰らって、おネエチャン犯り倒したのに、まだ体力余ってるっていうの?
なんてタフ…。
根っからの冒険者なんだわ。
「ま、少し
休憩 しとくか。といっても、周りはモンスターだらけだからな、気をつけろ。」グレイはそう言うと、木陰に腰を下ろして、地図を見始めた。
休憩…って、あー、トイレ休憩?
そういえば、さっきからちょっとやバイかも。
もじもじしてると、グレイが、
「ミリアム?」
と、こっちを向いた。
「どうした?」
どうした…って言われても、乙女の口からトイレなんて言えないわよぅ!
「えーと、その…。」
口ごもってると、グレイは分かってくれたらしい。
ああ、という顔をして、
「便所なら適当にその辺でしろ。」
と言った。
て…適当にその辺ったって… ええええ〜?
「お前、それはいくらなんでも。一応女の子なんだぞ。」
さすがにガラハドが助け舟を出してくれた。
でも、“一応”は余計よ。
「女扱いはしないと言っただろう?」
言った。確かに言った。
そんで、うん、って言ったのも、あたい。
だけど、ちょっとムーカーつーくー。
ぷうっとふくれていると、ガラハドが、「モンスターが出ると危ないし、俺がついてってやるよ。」と言ってくれた。
あら。
いかつい顔して意外にやさしい。
ガラハドは、ちょっと奥の茂みの方まであたいを連れていってくれると、自分は少し離れたところで、くるりと後ろを向いた。
なかなか紳士だ。
へえ…。無骨なタイプかと思ってたけど、ガラハドの方が気を使ってくれるタイプなのね…。
あたいは、ちょっと恥じらいながらパンツを下ろしてしゃがむ。
うう、でもこの距離は微妙だわ。
臭いはだいじょぶそうだけど、音が聞こえないかしら。
といって、これ以上離れられると、モンスターが出た時に怖いし…。
ガラハドもその辺を気を使っての、この距離なんだろう。
…声、出してれば、音がまぎれるかな。
「ねぇ、ローバーンって、町なのー?」
「町っていうか、要塞都市だな。万が一ローザリアがバファルに攻め込んだ場合、ローバーンがバファルの防衛の最前線になるわけだ。つまり、ローバーンさえ落とせば、バファルは落ちたも同然になるわけだな。」
“ローザリアに攻め込まれたら”じゃなく、“ローザリアが攻め込んだら”と言うあたり、ローザリア人らしい。
「ねえ、ガラハドは何で冒険者なんかしてるの?」
「え?」
さっきモンスターとバトルしてるの見てたら、素人目にも、ガラハドの動きが、戦士としてちゃんと訓練されたものだって分かったもの。
両手剣なんてかっこいー。剣舞を見ているように綺麗だったよ。
「ちゃんと軍隊にいた人なんじゃないの?」
それに比べてグレイときたら、筋肉バカだとは思ってたけど、まさか、
斧 ぶん回して戦う奴だったとわ。「ああ…。俺はローザリアの聖戦士だったんだ。」
へええええ〜。
「聖戦士! なんでやめちゃったの、もったいない。冒険者なんて、固定給もボーナスもないんだよ?」
「んー。」
ガラハドは、後ろを向いたまま、頭をガリガリと掻いた。
自分のこと話すの、苦手そうだ。
それとも聞かれたくない話だったかな?
「俺は元々、両親が二人とも聖戦士でな。だから俺も何となく聖戦士になったっていうか、そんな感じで…。」
ははあ。一人っ子にありがちなパターンだ。
きっと絶対一人っ子よ、ガラハドは。うん。
んで、結構、過保護なのよ、うん。
「でも、だんだんそういう自分の生き方に疑問をもつようになって…、」
なるほどなるほど、反抗期が大人になってからきたって奴だな。
「そんな時にグレイに出会って…。」
ああ、なるほど。これは分かりやすい。
「こう、やっぱり、男のロマンっていうか、自分の力だけで運命を切り開くっていうか…」
ようするに、“当てられた”ってやつだ。
みかけのわりに、かーわいい。
まあ、確かに、グレイを見てると、そういう気にさせられるのも、なんか、分かる。
変にカリスマ性みたいのがあるんだよね、グレイは。
そうか、女好きするのも、そういう“気”に女達が当てられてるのかもしれないな。
男にも女にもモッテモテだあ。グレイ君。
中身はあんなんなのに。
見た目とのギャップがありすぎなんだよね。
ちょっと見、優しげだから、だまされるのよね。
でも全っ然、女の子に優しくないんだから。
…それとも、優しくないのはあたいに対してだけ?
昨夜のオネエチャン達にはすっごく優しくしたのかしら。
うう…。なんかおもしろくなーい。
でも、それが、対等な“仲間”…って事なのかなあ。
それはそれで嬉しいけど、でも、もうちょっと女の子として見てくれてもいいんじゃないかなー。
これでも、北エスタミルじゃ、結構もてたんだけどなー。
あたいはパンツを上げて、立ち上がった。
ガラハドの元へ駆け寄り、後ろからその顔を覗き込む。
「ねぇ? ガラハド?」
「何だ?」
「あたい、女の子として魅力ないかしら?」
「とっ…、突然、何を…」
あららららら。みるみるうちに真っ赤になってしどろもどろだ。
ぎくしゃくしながら歩き出すガラハド。
あれ? もしかして結構脈アリ?
「やっぱり、おっぱいちっちゃいからかなぁ。」
ガラハドの後を追いかけ、わざと胸元を引っ張って覗き込みながら、沈んだ声で言ってみる。
「そ…そそそそそそんなことないと思うぞ。けっこう、か…可愛いと、思う、ぞ。」
「おっぱいが?」
「違うッッッ! …ミ、ミリアム、が、だっ…。」
ガラハドは首の付け根まで真っ赤になっている。
おでこで目玉焼きが作れそうだ。
おっけーじゃんおっけーじゃん。
…と、すると、問題はやっぱり…
「ガラハド! ミリアム! そろそろ行くぞ!」
…
こっち か。待ちくたびれたように、グレイがあたい達を迎えに来ていた。
「いつまでしてんだ。クソか?」
女の子になんてこと言うのよーっ!!!!
違うもん〜〜〜〜〜〜!!!
グレイが来たのを見て、ガラハドが真っ赤な顔のまま、慌ててパーティーの先頭にたつ。
あたいはグレイと並んで歩きながら、同じ質問をしてみた。
「ねぇ、あたい、女の子として魅力ない?」
「あ?」
グレイは、何言ってんだ?という顔をしてあたいを見た。
すぐに、にやっと笑う。
「もっとおっぱいおっきくなったらな。」
がぁん…。
自分で言うのと人に言われるのとじゃ大違いだ。
ひ、密かに気にしてるのにーーーーーーッ!!!
くっくっく、と笑いながら、あたいの頭をポン、と叩くグレイ。
隙がないったら。
グレイが女の事で、ガラハドみたいにおたつくなんて事、ないんだろうな。
…なんだろう… なんだか胸が痛いな…
+ + + + +
ベイル高原を抜けたあたい達は、バファル帝国の首都メルビルに着いた。
天下のバファル帝国の首都にしては、いまいち活気がない…気がする。
北エスタミルがうるさすぎたのかなぁ。
まぁ、町も人もお上品な感じは、する。
バファル人ってのは、なんでこんなに気取ったような顔してんのかしらね。
クジャラート人のあたいのヒガみ?
ここから船に乗れば、財宝の島までひとっとび〜らしい。
んじゃ、早速港を探して…と、あれ?
気がつくと、グレイがいない。
「グレイは?」
ガラハドも言われて気がついたらしく、慌てて辺りをきょろきょろしている。
「あ」
ガラハドが声を上げた。
その方向を見る。
あたいも、「あ」という口になった。
道具屋の影で、グレイがちゃっかり女を口説いていた。
まーた、おっぱいおっきい女だよ、ちくしょう。
あたい達が見ている目の前で、このまま道っ端でおっ始めるんじゃないかってほど濃厚なキスをかわす。
「またか…。」
ガラハドがつぶやいた。
あっそ。ずっとこんな調子なのね。グレイって男は。
女でマルディアス全土完全制覇するつもりかあ?
「今晩はメルビルに泊りって事ですか。」
溜息をついてそう言うと、
「そうみたいですね。」
ガラハドもバカ丁寧に答えた。
「とりあえず、飯でも食いにいきますか?」
「そうですね、行きましょう。」
どこぞへしけこむグレイと女の後姿を見ながら、あたい達は、お芝居のような会話をしていた。
それから程なくして。
あたいは、パブで料理相手に格闘していた。
まず、メニューが読めない。
いや、読めるの。標準語で書いてあるから読めるんだけど、意味がさっぱりわからない。
- コル・ヴェールのラングスティーヌ、マーシュ風味、二種のノワゼット
- アロン海老のマリニエールとソモノのポーピエット クールジェットソース
- マルカッサンとパンタードのシヴェ クミン風味の根セロリのコンフィ添え
- リ・ダニョーのグルマンディーズ ジャガイモのクレーム・レフォール
- グルーズ・デコッスのバロティーヌ サルセルのファルス
…ひとっつも意味わかんねぇ。
ケンカ売られてるような気すらする。
諦めて、ガラハドに適当に注文をお願いしたのだが、今度は、運ばれてきた料理に憤慨する。
やたらとデカイ皿の真ん中に、ちまちまっと料理が乗せてある。
それが何皿も何皿も来るのだ。
しかも、やたらと何本もフォークとナイフが並べられる。
どうも、皿ごとに使うフォークが違うらしいのだ。
なによそれーっ!
バカみたい。やってらんない。
あたいは、並べられたフォークの中で一番使いやすそうなのを一本選んで、全皿その一本で食べた。
一つのフォークだけ使えば、1本洗うだけですむのに、何だってこんなに出してくるんだろう、もったいない。
皿だってそう。
こんな大きい皿、一枚持ってくれば、このテーブルの上の料理なんて、全部乗るってば。
何でいちいち新しい皿を汚すの?
ガラハドにそう言うと、ガラハドは、ちょっと困った顔をして笑いながら、「そういうのがルールの料理なんだよ、バファル料理は。」と言った。
あっそ。
町も人もお上品だと、食べ物もお上品なわけね。
すみませんねぇ。お下品な国の出で。
「そ、そういう意味じゃないよ。」
ガラハドはすっかり慌てている。
まあ、いいわ。
料理そのものはおいしいから許してあげる。
「だ、だけどな、ミリアム。」
ん? 何?
「…その…、職業の貴賎を言うわけじゃないけど…、冒険が終わって、北エスタミルに帰る事があったら、ああいう仕事は…その、もう、しない方がいいと思うんだ。」
「…ああいう仕事って?」
あたいは、わかってるくせに、わざと聞き返した。
ちょっとムッとしてたんだ。
「そ、その…、か、体を…売るような…。」
ガラハドは耳まで真っ赤になりながら、すまなそうに俯き、言いにくそうに、それでもはっきりそう言った。
「わかってないなあ、ガラハド。」
あんたにそんな事言われる筋合いなんか、ないわよ。
「…
北エスタミル で女一人生きていくためには、それほど手段は多くないのよ? 売れるもんは何でも売らなきゃ食ってけないのよ?」「だ、だけど…。」
「だけど、何よ。」
「だけど…、ミリアムには…、に、似合わないと…思う…よ。」
あたいは、毒気を抜かれて、ちょっとぽかんとしてしまった。
ごつい男が、汗をかきかき、小さくなって一生懸命、言葉を紡いでいる。
少なからず、あたいの母性本能は、きゅん、とせつなくなった。
「ガラハド…。ねぇ…。あんた、あたいの事どういう女だと思ってるの? たぶん、あんたが思ってるような女じゃないよ?」
呆れたように言うと、ガラハドは、弾かれたように顔を上げた。
「ミリアムは可愛いよ!」
……………………ええと…、これはもしかして、告白されてるのかしら。
いやいや、早まっちゃいけないな。
この手の純情君は北エスタミルにも滅多にいなかったから、調子狂うな…どうにも…。
でも、茶化してもいけないんだろうな。
あたいは、手元の葡萄酒をぐいっとあおって、息を一つついた。
「あたいの母親はね、ガラハド。占い師だったの。」
ガラハドは、じっとあたいを見つめている。
「といっても、客の未来を占うより、客を体に乗せてる方が多かった。あたいは小さい頃から、そんな母親を見て育ってきたの。」
父親も魔術師とは名ばかりで、“アムトの雫”と称する妖しげな媚薬を、旅行者に売りつけてるような男だった。
おかげであたいも、ろくに体も発達しないうちから、男のアレをしゃぶることを覚えた。
それはすぐに、あたいの生活の手段になった。
男とヤるのは好きだったし、それで金をもらえるのならいい事だらけだ、と思ってた。
膣内 だろうが肛門 だろうが男を咥え込んだし、複数の男に一晩中姦られまくった事もある。クソ食う以外なら、何をされても、別にどうって事なかった。
男があたいの腹の中に精液をぶちまけるのを感じながらあたいも一緒にイッちまう時、あたいは途轍もない幸福感を得られた。
だけど、ある日、そんな自分がたまらなく嫌になったんだ。
きっかけは、母親が死んだ事だった。
いつものように“商売”にでかけた母親は、数時間後、下水の中でただの肉の塊になっていた。
客とトラブルになって殺られたか、“そういうの”が好きな客に殺られたかして、下水に投げ込まれたんだろう。
エスタミルでは、死体もゴミも下水に投げ込んでモンスターに食わせる。
モンスター達は我先に投げ込まれたものに喰らいついて、瞬く間に何もなくなってしまう。
あたいの母親が、かろうじて母親だと判別できる状態で発見されたのは、母親の体の一部が下水の外に引っかかっていたからだった。
たぶん、“そいつ”は、あたいの母親を殺ったあと、死体を慌てて下水にぶち込んで、確認もせずに逃げていったんだろう。
娼婦が一人や二人、客に殺られても、誰も気にもしなかったし、犯人が捕まる事もなかった。
どうせ旅行者だろう。
北エスタミルは、マルディアスの貿易の拠点だ。
町を一歩出れば、或いは、ちょっと船に乗りさえすれば、すぐに越境できる。
そしてまた、モンスターがうようよいる下水の中にわざわざ入って、肉槐と化した死体を掬い上げてくれる人間もいようはずがなかった。
あたいの母親は、あたいの見ている目の前で、ずるずるとモンスター達に下水の中に引きずり込まれ、ピラニアやアロワナに突っつかれながら、人間なんだかなんなんだかわからない赤黒い塊になり、やがて何もなくなってしまった。
あたいの他に、何人もがそれを見ていたけど、誰も何も言わなかった。
どうせこの町の人間の誰もが、いつかはこんな風に死んでいくと、みんな分かっていたから。
あたいもそう。
他の女達と同じように
北エスタミル で淫売として朽ち果てていくんだ。そう思ったとき、あたいの心の中で、ゆっくりと、怒りが湧き上がってきた。
母親を殺した奴に対しての怒りじゃなかった。
なんだか、自分でも良くわからないものに対して、どうしようもなく、腹が立っていた。
あたいは嫌。
こんな風に死ぬのは嫌。
こんな風にゴミみたいに死んでいくのは嫌。
あたいは絶対に嫌。
出て行こう、この町から。
出て行ってやる。
「だから、ね、北エスタミルには戻らない。もう。」
戻らない覚悟で、町を出てきたの。
ガラハドは目を見開いたまま、あたいを凝視して固まっている。
こりゃ、引いちゃったかな。
純情君には話が濃ゆかったか。
「戻るつもりないから、前みたいな仕事もしないよ。」
だから安心してね、ってつもりで言ったんだけど、ガラハドはまだ固まっている。
これは本格的に嫌われましたかぁ?
…仕方がない。
あたいは精一杯の笑みを浮かべて、席をたった。
「あたい、宿、いってるね。3人分とっとくから。」
あたいは何でもない風に、パブを出た。
うーん、仲間に嫌われるのは辛いなあ。
でも、仕方ない。
これがあたいの生き方だもの。
こんな風に生きてきたこと、恥じてなんかない。
…グレイに…話したんだったら、もしかしたら、あいつはそれがどうした?って風に流したかもしれないな。
グレイに話せばよかった…かな。
あたいはそんなことを思い、宿屋への道を歩いていった。
不意に、
「あ」
あたいはある事に気づき、立ち止まった。
しまった、あたい…。飯代はらってないや。