■ 夜に踊れば ■ とねりこ通信/みうさん
「坊やも一緒に楽しみましょうよ。」
酔った勢いで誘った指先には、赤いマニキュアが光っていた。
白い顔をした可愛い坊やは、怖気づく風でもなくただ黙って首を横に振る。
その仕種が妙に大人びて見えて癇に障った。
本気でベッドに引きずり込もうと伸ばした腕を横からさらわれて、そのまま私だけ寝室に連れ込まれる。
ああ、そうだったんだと改めて思い出した。
私はこの男を誘ったんだった。
馴染みのバーで前から目をつけてたちょっといい男。
注意深く観察してればすぐに、誘われれば誰とでも寝る男だとわかった。
ただタイミングを計るだけで、私の誘いにも乗るだろう。
ただし、一度寝たらそれきりでしょうけど。
一度寝た女がしつこく言い寄ってくるのを、うるさそうに追い払うのは何度も見た。
単なる女喰いのSEXしか頭にないアホ男だ。
そう思ったから、チャンスを狙って誘ってみた。
男の好みそうな髪型にしてメイクもして、男に合わせて調子よく酒も飲んだ。
バカ話をして男のアパートまで着いていって、さあお楽しみと思ったら部屋の中に彼がいた。
正直、興醒めとはこう言うことね。
ご主人様の帰りを待つ子猫みたいな顔をして、部屋の隅っこでスカート履いた男の子が、膝を抱えて座ってた。
一目見て、なにこの中途半端は、って思ったわ。
そう、なんだか何もかもが中途半端でアンバランス。
すんなり伸びた手足やシャープな身体の線は少年のものなのに、女物のカーディガンを羽織ってルージュを引いている。
肌の色が白すぎるから唇だけがやけに艶めいて見えて、ぞっとするほどいやらしく写った。
なあにこの子。
男の癖に色っぽくて、痩せっぽちなのに姿形が綺麗。
こんな子、化粧なんかしなくてもすぐに誰かの目に留まる。
人を惹き付けるフェロモンなんか振り撒いて、知らん顔で澄まして通り過ぎようとする、小ずるい小娘。
娘、じゃないけどね。
あたしが一番嫌いなタイプ。
そう思ったから、私の手で弄んでやりたかった。
肌理の細かい肌に爪を立てて、綺麗に染まった金色の髪を引き千切ってあげたかった。
なのに彼へと伸ばした手を強引に引き寄せられて、隣の部屋へと押し込められる。
そうだったわ、この男と寝るのが目的だったのに。
あの子の姿を見た途端、傷つけてしまいたくてたまらなくなった。
あんな中途半端な、自分が何を欲しがってるのかわかってないような、おバカな子。
あんな子、目障りなだけ。
あたしと一緒に遊ばないのなら、さっさとここから出て行ってしまえばいい。
そう思って私は男に乱暴に抱かれながら、思い切り声を上げてよがってやった。
男は観察していた通りに、女をまるでモノみたいに扱って、自分本位にSEXする男だった。
けどその力強さが心地よかったし、今までのどの男のものより太くて逞しいペニスに度肝を抜かれたわ。
散々突かれてイかされて、あたしもあられもなく乱れ捲くった。
お酒の勢いもあったでしょうけど、乱暴にされたい気分にぴったりだったみたい。
男のスタミナについていけなくて、最後にはシーツを握り締めて泣いちゃったけど、
今まで経験した中では最高に感じたSEXだった。
隣であの子が聞いてるかと思うと、それだけで興奮して満たされた。
きっとあの子は膝を抱えたまま、泣きそうな顔をして聞き耳立てているんだろう。
煽られて一人でオナニーしてるかもしれない。
そう想像すると酷く残酷な気分になって私は余計に艶めいた声で啼いた。
隣で彼が聞いていると、確信していたから。
いくつもゴムを使って散々吐き出した男は、用が済んだらすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
一晩過ごして朝から寝ぼけた顔を他人に見せるつもりはないから、私は手早く身支度をして扉を開ける。
案の定、坊やは膝を抱えて隅っこに座ってた。
扉の開く音を聞いて弾かれたみたいに顔を上げたわ。
想像通りに涙を浮かべたりなんかしてなかったけど、寂しそうな目で私を見上げて、
口元はうっすら笑みの形で歪んでた。
「うるさくして、ごめんなさいね。」
私は乱れた髪を手櫛で直して上着を羽織った。
ちょっと掠れた声が、自分でもいやらしいと思う。
坊やはもう遅いから泊まって行けばと声を掛けてくれた。
夜道は危ないからって、いっぱしのナイト気取りで引き止めるから、ついつい鼻で笑っちゃった。
このまま彼を弄びたい気持ちはあったけど、身体は酷く疲れてた。
もう男にいいようにされたお陰で、この場で崩れて眠ってしまいたいくらいにくたくただった。
だから私はそれ以上無駄口叩かず、男の部屋を出て一人ぶらぶらと夜道を歩いたわ。
もう二度と、この部屋に来ることなんてないし、あの子と話をすることもないだろう。
男でも女でもない、中途半端で目障りな坊や。
男の顔色を伺うように見て、きっと女房気取りで部屋を片付けたりしてるんだろう。
けれど、決定的なモノは得られない、ただそこにいるだけの薄っぺらい存在。
可哀想にね、可哀想。
私は歌うように呟きながら、一人の部屋に帰っていった。
あれから、馴染みのバーで何度か男を見かけたけれど、いつも違う女を連れていた。
私には一度として視線をむけることはなかったわ。
私もそれを心得てるから、面と向かって彼を見ることはなかったけれど。
それがいつからか、ぴたりとその姿を見かけなくなった。
きっと場所を変えたのね。しつこい女がいたのかもしれない。
あの男は違うところででも、やっぱり女を誑かしてあの子を悲しませたりしてるのかしら。
ある晴れた日の午後、私は昼休みのオフィス街で偶然二人を見かけてしまった。
相変わらず長身でがっちりした体格の男は、傍らを見下ろしながらゆっくりと歩を進めていた。
あの、どこか不安定で軽そうな坊やだった彼は、その隣でしゃんと背筋を伸ばし、
輝くような笑顔でそんな彼に話しかけている。
白いシャツにジーンズのその姿は、普通の男の子そのもので。
太陽の下でも色褪せない金髪はホンモノだったんだと、私はその時初めて気付いた。
信号待ちで並んで立ち止まった二人は、肩が触れ合うくらいの距離で言葉だけ交わしてる。
同じく信号待ちをしてる私が正面にいても、きっと気付くことはないだろう。
だって私の今の格好は、地味な制服に纏めて結った髪。
メイクも控えめで、マニキュアも塗ってないもの。
信号が青に変わった。
私は前だけ見てゆっくりと真っ直ぐ歩く。
あの子は嬉しそうに屈み込んだり肩を揺らしたりして、男に話しかけている。
男も相槌を打ちながら片手を彼の背中に回したりして・・・
ふと、彼と目が合った。
青い目が驚いたみたいに丸くなって、それから眩しそうに細められた。
小さく会釈して通り過ぎる彼と、気付かないで彼だけを見てる男。
二人を振り返らないように気をつけながら、私は首が痛くなるくらい気持ちを張って前だけ見続けて歩いた。
なんだかとても楽しそうな、幸せそうな二人。
不思議と癪だなんて思わなかった。
ああ、あの子は彼を得たんだなと、漠然とそう思った。
あんな顔と身体だけがいいような、最低な男でもあんな風にあの子を変えることができるんだ。
道路を渡り切ってしまって、漸く私は振り返る。
人が行き交う歩道のどこにも、もう彼らの姿はなかった。
けどきっと、あんな風に笑い合って並んで歩いているんだろう。
私も、本気で誰かを探してみようか。
顔も身体も人並みでいい、けど
きっと───
私を変えてくれそうな、強い力を持った誰かを。
2005/11/04
END.
■ 最終回祭り ■
みうさん作第1話に出てきた女をみうさんがセルフ味付け。