■ 綺麗な見方 ■ luv collection/葵紗一景さん


 

その男と初めて会ったのは、時折訪れるホテルのバーだった。

 

この界隈において、曲りなりにも高級で名を通すその店で、ダメージジーンズに、ろくにアイロンもかけていないだろう安物のシャツを羽織っただけのその男は酷く浮いていて、アルビダは目を止めるなり眉を顰めた。

 

週末のバーは、生憎混み合っていて、空いている席が、その男の隣しかなかったことも、当然起因している。

 

「どうしますか、アルビダさん」

 

連れていた男が、媚びるように囁いた。

声に、目の前の小汚い男への侮蔑が感じられて、アルビダは益々眉を寄せた。

 

「ここしか空いてないんだったら、座るしかないじゃない」

 

ちょっとは頭使いなさいよ。

言われて男は、アルビダではなく、周囲の人間に取り繕うように肩を竦める。

 

迷わずその男の隣に腰掛けて、目礼しながら自分の前にやって来たバーテンダーに、ジンライムをオーダーする。

優柔不断な連れが迷っている間、アルビダは隣の男に目を遣る。

 

目が合って、男がずっとこちらを見ていたことに気付く。

 

狡猾そうに、声を落として、口元だけで笑う。

 

「アンタにしちゃ、冴えない男連れてんな」

「…それで口説いてるつもり?」

「おれァ、今からその男よりももっと冴えねェ女と約束してる」

「お気の毒ね」

「だから、行こうぜ」

 

アルビダの返事も待たず、男がチェックを済ませた。

連れの男がオーダーを決めかねている、その間のことだった。

 

会話と同じように、ベッドまでの距離もスムーズだった。

バーを出てすぐ、金がない、とやけに胸を張って言う男の生業など、容易に想像がついた。

 

元より、連れていた男も、さして大差もない部類だったので、特に気にも留めず、リザーブしてあった部屋へ男を招き入れた。

 

男とのセックスは、予想外に悦かった。

少し手付きは荒々しかったが、スパイスに感じられる程度に。

女を悦ばせる術は、これ以上ないという程身に付けているそのくせ、どこを見ているのかわからない目が、妙に気に掛かった。

 

獣臭い首筋に顔を埋め、胸元に大きく走った古い傷跡をなぞりながら、この男と寝るのは、一度では終われない、そう感じていた。

 

アルビダの予想を裏切って、その男、ゾロと再び寝る機会は、訪れなかった。

気紛れでかかってくる電話で呼び出されてみれば、腹が減った、酒が呑みたい、と言っては、せびられる。

戯れめかして抱きついてキスを仕掛ければそれには応えるが、特に自分からアクションを起こすこともない。

 

あれから何度か会ってはいるが、思えば、自分に興味らしきものを示したのは、最初だけだった、とアルビダは思い返す。

それでも、見切りをつけるタイミングが見つからないだけだ、と言い訳し、無意識に甘えるような仕草をとってしまう自分は見て見ぬ振りをして、幾月が過ぎた。

 

ある日、仕事の帰りに、ゾロの部屋の近くを通った。

中に入ったことはなかったが、何度か前まで送らされたことがあったので、記憶している。

 

突然訪ねたら、どんな顔、するかしら。

 

思いついた悪戯が、鬱陶しい女の名案に類することには目を瞑って、アルビダはドアノブを回した。

 

驚くべきことに、部屋の中には、女子高生が一人。

太股を露にした──アルビダに言わせれば、恥も外聞もない──特有の短いスカートに、紺色のハイソックス。

ぶかぶかのグレーのカーディガンを羽織ったその女の子は、アルビダを見て、驚きもせず、こんばんは、と言った。

 

「…アンタ、誰」

 

ゾロが、女と寝て金を貰っている男だとは予想していたが、まさか、こんな子供まで、とアルビダは嫉妬でその美しい顔を歪ませた。

抱かれもしないのに、自分が時折与えてやっている金が、この女の為に使われているのかと思えば、当然の憤りも沸いてくる。

 

誰、と問われて、女子高生は少し困ったように視線を泳がせて、口を開く。

 

「サンジ」

 

消え入りそうな声に、アルビダは目を見開いた。

 

「……男なの?」

「うん」

 

こくん、と頷いたその少年の顔を思わず凝視する。

 

肌には自信のあるアルビダでさえ、一種の羨望すら感じる綺麗な白い肌。

俯いた拍子に、はらりとその陶器のような白に落ちる金糸は、染髪したものでないことがわかる程、自然な輝きを放っていて。

少しきつめの瞳は深いブルーで、その淡い輪郭が、カラーコンタクトの偽物なんかじゃないことを雄弁に語っている。

 

「男の子なのに、何でそんな格好してるの」

「…仕事、だから」

「仕事?」

「うん」

「ゾロと?」

「そう。おれに声を掛けて来る男からカバン引っ手繰って、ゾロがそいつを引き止めんだ」

 

結構、上手くいくんだぜ。

やけにあどけない顔で笑うので、アルビダはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

ろくなことしないとは思ってたけど、これ程とはね。

一瞬でも、目の前の少年に嫉妬した自分を誤魔化すように、アルビダはサンジと名乗った男の子の目の前に腰を下ろし、極力優しい声を出す。

 

「ゾロは?」

「どっか行った」

「そう。じゃあ、待たせてもらうわね」

 

座ってはみたが、あまりの床の汚さに辟易した。

気を散らす為に、バッグの中から化粧ポーチを取り出して、コンパクトを開く。

鏡と睨めっこしながらメイクを直し始めるアルビダを、サンジは何も言わずに黙って見ている。

 

「汚い部屋ね」

「うん」

「あなた、ここに住んでるんでしょ?」

「うん」

「掃除くらい、したら?」

 

働いてるわけでもなさそうだし、と言いかけて、飲み込む。

サンジの言うことが本当なら、体を張って立派に働いていることになるのだから。

 

「掃除しようとしたら、すんな、って怒られたから」

「…そう、困った男ね」

 

そう言って笑うアルビダに、サンジは惜しげもなく、綺麗な笑みを零してみせた。

 

小一時間ほどが過ぎてゾロが部屋に帰って来たのは、暇を持て余したアルビダにが、すっかりサンジにフルメイクを施してしまった後だった。

 

「おかえりなさい」

 

手にしていたマニキュアの瓶を、零さないようにそっと床に置いて、久し振りに見るゾロに腕を回した。

どうしてここにいるんだ、と問うどころか、いつものようにキスをせがんでも、こちらに見向きもしない。

 

不満に思ったアルビダは、言いつけ通り、塗りたてのマニキュアが服につかないように人形のように手足を伸ばしたサンジを指差す。

 

「ねえねえ、見てよ」

 

ゾロの太い腰に手を回す。

 

「ねぇ、かわいくなったでしょう?」

 

頭上から、「いいんじゃねぇの?」と乾いた声が降って来る。

メイクの腕を自慢しようと口を開いた矢先、絡めた腕が、強引に引かれた。

 

「やんぞ」

 

力任せに寝室へと引き摺られて、アルビダは抗議の声を上げた。

ドアが閉まる瞬間、捨てられた人形みたいに、ぽつんと座ったままのサンジが目に入る。

 

「ちょ、ちょっと!」

「うるせェ、ヤりに来たんだろうが」

「嫌よ、隣にあの子が、」

 

言葉はそこで途切れる。

長く伸ばした髪を掴まれ、シーツに顔を押し付けられて、アルビダは苦しさに咳き込んだ。

 

そこからはもう、滅茶苦茶だった。

愛撫ではなく、所構わず噛み付かれたと思ったら、ろくに前戯もなしに挿入された。

湿ってもいない部分がきしきしと痛んで、耐え切れない悲鳴が漏れる。

抵抗しようにも、腰を掴まれてガシガシと揺らされて、痛みで妙に力が入った身体では、どうしようもない。

 

こんなセックスするような男だっただろうか。

 

あの時のことを思い出そうとしても、痛みと、その中から微かな快楽を拾い上げようとする無意識とが相まって、思考が纏まらない。

やめて、と叫んでみても、相変わらずどこを見ているのかわからない目が、こちらを向くことはなく。

ゾロが二度の射精を終え、アルビダは結局、一度も達することのないまま、狂気染みた夜は終わった。

 

目を覚ますと、身体はぎしぎしと痛むし、シャワーも使わないまま失神するように眠ったせいか、部屋には嫌な臭いが篭っていて、アルビダは心底うんざりした。

恐らく寝る為だけに──それも女と──使用されているだろう室内には、ありとあらゆるところに忘れ物マーキングが転がっていて、見るのもうんざりしたアルビダは、汚れた身体を気にする余裕もなく、素早く服を着た。

 

寝室から出ると、中身が散らばった化粧ポーチが目に入って、そういえば、とサンジのことを少し思い出した。

床に置いたままのマニキュアは、きちんと蓋を閉めていなかったせいか、パリパリと乾燥していた。

 

財布の中からありったけの札を抜き出すと、寝室を開け、大の字で寝ているゾロに投げ付けた。

その勢いに反比例して、数枚の札は、ゾロの上にふわりと落ちる。

 

部屋から出る時、床に無造作に転がる、ピンク色のグロスが目に入った。

女なら、誰でも憧れるブランド物の新色。

 

自分で買ったの?

その問いに、少年は曖昧に笑ってみせた。

 

その答えを、アルビダは知りたくもなかった。

 

2005/10/25

END.

 

■ 最終回祭り ■


玉撫子作第2話に出てきた女を葵紗ちゃんが味付け。
やっぱりアルビダ姉さんんんんんんん



 

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