* Pure Blooded *
−5−
ルフィは、いつものようにパソコンデスクに向かい、パソコンを立ち上げた。
そこには、ここで生きている全ての動物達のデータが記されている。
『狼犬』をクリックする。
ZORO ♂ 97% Age 3 F1
Color/Green Black
Eyes/Gold
Mother/VIVI(Black Wolf)
Father/MIHAWK(94%)
SANJI ♂ 32% Age 1 F2
Color/Platinum Blond
Eyes/Blue
Mother/HINA(64%)
Father/SMOKER(White Shepherd)
Mother's side Grandfather/ZEFF(Arctic Wolf)
データの次のページは、膨大な観察記録がある。
ゾロがルフィの手元に来てから毎日つけられてきたものだ。
ゾロが2歳の時、サンジが生まれた。
その時の事も漏らさず記録してある。
ゾロとサンジに血縁関係はない。どちらもルフィが扱ったというだけだ。
サンジがナミの犬になってからも、折に触れサンジの様子は記録され、昨日サンジがここに来てからの経過も書いてある。
昨日、ついたばかりのサンジは、初めての場所に怯えていた。
正確に言うと、サンジはここで生まれたので「初めての場所」ではないのだが、サンジはそれを覚えてはいないらしく、怯えてナミの車からなかなか出てこなかった。
だがナミが傍にいることで、怯えてはいたが安定していた。
場所に慣らそうと他の動物達に会わせた時も、持ち前の人懐こさと好奇心の強さで自分から動物達に近づいていた。
もっとも自分から親しげに近づいていったのはメスの時だけだったが。
オスが相手の時のサンジの一顧だにもしない態度は、見ていてむしろ清々しいほどだった。
しかしながらサンジという犬の賢いところは、オス相手でも決してケンカを売らないというところだ。
サンジは自分の体がどれだけ大きく、どれだけ力が強いのかよく知っている。
じゃれただけですら、相手を傷つける可能性があるということを、よく知っているのだ。
しかも、先住動物に対しての敬意もちゃんと持っている。
だからサンジは、オスが相手でもめったに敵を作らない。
ナミはずっと、オスに冷淡なサンジがゾロとうまくやっていけるだろうかと心配していたが、ルフィは絶対二匹は仲良くなるだろうと確信していた。
根拠はなかったが。
ルフィの勘どおり、ゾロに会った時のサンジの態度は、他のどのオス相手の時とも違っていた。
ゾロは、サンジとは正反対に、とても気難しい犬だ。
サンジの中の狼の血は32%だが、ゾロはその97%が狼だ。
狼はただでさえシャイで神経質で警戒心が強い。
おまけにゾロは、微かに残っている犬の血の方も、『飼い主以外の人間には心を開かず、唯一人の飼い主に一生忠誠を尽くす一代一主の犬』とも評される甲斐犬に繋がる。
その性格が災いして前の飼い主に捨てられたゾロは、ルフィにもなかなか懐かず、やっとルフィに懐いてからは、ルフィ以外近づけようともしなかった。
雌犬にすら警戒し、今年から試みた交配は失敗に終わっていた。
だがゾロは、サンジに対しては、何故か最初から唸りもせずテリトリーに入ることを許し、自分から近づいていった。
これはゾロという狼犬の性格をよく知るルフィにとっては、新鮮な驚きですらあった。
ルフィは、今日の記録をつけながら、横目でゾロとサンジを見た。
二匹の狼犬は、楽しそうにじゃれあっている。
よく見ていると、時折、互いが互いを怒らせたりしているのか、サンジがゾロに強烈な蹴りを放ったり、ゾロがサンジを押さえ込もうとしたりしているが、どれも本気ではないらしく、すぐにまた、仔犬がじゃれ合うようなスキンシップを繰り返している。
特にサンジは、手加減せず遊べる相手が嬉しくて嬉しくてならないのだろう、部屋中を跳ね回っては全身でゾロに体当たりしていく。
ゾロもそれを嫌がらず受け止めて、度が過ぎるときは諌めたりしているようだ。
まるで仔犬のようにじゃれ合う二匹は、見ていてとても微笑ましい。
けれど─────。
─────あ、まただ。
注意深く二匹を観察していたルフィの目は、それを見逃さなかった。
取っ組み合いをしている最中、不意にゾロがキスするようにサンジの口を舐める。
するとサンジが母犬に甘える仔犬のような声を出す。
すぐに二匹はまた遊びの中に没頭して行くが、さっきからそういう仕草が何度となくあるのだ。
まるで、戯れる恋人達のようなやり取り。
これはルフィも予想外だった。
つがいのペアならばよく見られる愛撫行為だが、ゾロとサンジは両方オスだ。
ただの擬似行為か、そうではないのか、ルフィはそれをじっと観察している。
だがどうにも判断がつかない。
見る限りでは、明らかにゾロがサンジをつがいの相手として扱っているようにも見える。
しかしサンジはオスで、おまけにまだ子供だ。
犬は狼よりも成熟が早いので、今年、サンジの子をとろうとメスの発情に合わせてサンジにつがわせたのだが、サンジは、メス犬にしっぽを振ってお愛想はするものの、全く交尾しようとしなかった。
だからルフィは、サンジがまだ成熟していない、と判断していた。
未成熟な個体と、それをつがいとして扱う個体。
このまま見守っていていいものだろうか。
マウンティングのような真似は、ルフィの見る限り、昨夜叱った後はゾロはしていないようだ。
ただあれから全くサンジの傍を離れずに、ああやってサンジの体に触れている。
サンジはゾロに触れられることを嫌がっていない。
それどころかゾロが離れると途端に追いかけていく。
ねだって、甘えている。
ルフィの目は、注意深く二匹を見ている。
やがてルフィは、小さく息をついた。
「…ゾロを信じるか。」
ルフィはゾロをよく知っている。
ゾロとルフィは信頼で結ばれている。
ゾロは決してルフィの信頼を裏切らない。
それと同じように、ゾロは決してサンジを傷つけないだろう。
「オスだろうがメスだろうが、ゾロとサンジが幸せならそれでいい。」
口元に笑みを浮かべて、ルフィは小さくひとりごちた。
ルフィがパソコンの電源を落としたのとほとんど同時に、それまで遊びに夢中になっていたサンジが、突然、びくっと窓を向いた。
いきなり遊びを中断させられたゾロもびっくりしてサンジを見る。
サンジは、物凄い速さで窓に駆け寄ると、窓の外に向かって、せつない声で、「きゅぅん…きゅーん…」と泣き始めた。
昨日、ナミが去った時と同じ声で。
「ナミが来たか? サンジ。」
ルフィがサンジに声をかける。
窓から見える景色の中にナミの車が来る気配はまだなかったがサンジにはわかったのだろう。
ルフィを振り向いて、何か訴えるように、何度も吠えた。
「ナミさんだ! ナミさんが俺を迎えにきてくれた!!」
サンジはそう言っていたのだが、当然、ルフィには、ワンワンと吠えてるようにしか聞こえない。
だがそこはニュアンスで理解して、ルフィは
「そっかー、よかったな、サンジー。」
と言った。
ゾロは、もう自分の事など見向きもしないで窓の外に夢中になっているサンジに戸惑っているらしく、うろうろと所在なげにサンジの周りをうろついている。
かなり不機嫌そうだ。
やがて、エンジン音がして、駐車場に見慣れた車が入ってくるのが見えた。
「んナミっすゎあああああん、んナミっすゎあああああん!!」
サンジは千切れんばかりにしっぽを振っている。
窓ガラスを突き破って出てきそうな勢いに、ルフィが窓を開けてやる。
途端にサンジはテラスから一直線にナミの車へと駆けていった。
車から降りたナミがすぐに気がついて、「サンジくん!」と両手を広げて駆け寄ってくる。
ひしっと抱き合うサンジとナミを家の中から見ていたゾロが、喉の奥で低く小さく唸った。
ルフィがそれに気づいて失笑する。
「苦労すんなぁ。お前も。」
思わず囁いた。