【 伍 】

 

ゼフと同盟を結んでいた、ジンベエという男は、二つ名を「海侠のジンベエ」と言う。

その名の通り、強い義侠心の持ち主で、恩義に厚く、仁義を貫く。

義理と人情を重んじ、それに自らの命を賭す事も厭わない男だった。

だからこそゼフはそこに惚れこみ、ジンベエと同盟を結んだのだ。

 

このジンベエの側近に、アーロンという男がいた。

才気に富み、同胞を愛し、人の上に立つにふさわしいカリスマ性も持ち合わせているが、その一方でとても残忍で冷酷な性質を持ち、同胞以外の人間を見下していて、人を殺すことをなんとも思わない男だった。

ジンベエはアーロンの才覚は買っていたが、非道な一面には危機感を募らせ、長いことアーロンを側近にしたまま子飼いにしていた。

 

アーロンはそれが不満だった。

 

己の才覚も、技量も、実力も、全てジンベエに劣るところなど一つもないと思っていた。

なのにジンベエはそんな自分を正しく評価せず、飼い殺しにされている。

ジンベエが他組織と同盟を結んで友好策をとっているのも不満だった。

他組織など全て潰してしまえばいいのだ。

 

去年の抗争で、アーロンは凄まじいほどの戦功を上げ、ジンベエはこれ以上アーロンを手元に置き続けるのが難しくなっていた。

このままアーロンを手元に置き続けたら、しまいにはジンベエは寝首をかかれるだろう。

だが、アーロン自身は、腹の中はどうあれ、ジンベエには忠節だったし、なによりもその器量が惜しかった。

 

そのため、ジンベエは、隠退するゼフのシマを譲られる際、そのシマを丸ごとアーロンに任せ、正式に下部組織としたのだ。

だがアーロンにはそれも不満だった。

自分で勝ち取ったわけでもない、いってみれば転がり込んできただけのシマ。

おまけにシマを譲り受けたことで、隠退したゼフにすら義理が発生することになった。

見下していた他組織の者に頭を下げねばならなくなったのだ。

これはアーロンにとって、屈辱以外の何者でもなかった。

 

なんとかしてゼフもジンベエも、排除する方法はないか。

それもよりダメージが残る形で。

 

ターゲットになったのは、去年縁組したばかりのゼフの養子だった。

あの抗争に巻き込まれて孤児になった子供。

赤の他人でありながら、ゼフが殊のほか可愛がっているという。

 

ならばその子供を奪うのはどうだろう。

四肢を切り落として目玉をくりぬいてゼフに送り返してやれば、せめても溜飲が下がるに違いない。

それをジンベエに擦り付けてやれば、あの仁義に厚い男は憔悴して腹を切るかもしれない。

 

そんな企みにおいて、サンジは拉致されたのだった。

 

ちょうどジンベエが義理事で不在なのを狙った。

ゼフは海沿いの別荘で療養している。

 

 

計算違いなのは、そこに鷹の目とその息子が見舞いに来ていたことだった。

 

 

 

「なぁ…やばいんじゃねぇのか?」

後部座席に座った、いかつい体躯の男が言った。

「なにがだ。」

サンジを真ん中に挟んで隣に座った男が答える。

先刻、ゾロの顔面を蹴って車から落とした男だ。

「…さっきのあの緑の頭のガキ…、ありゃあ…鷹の目の息子じゃなかったか…?」

特徴的な緑の髪を持つ、鷹の目の息子は、顔を知っている者も多い。

「ニュッ!?  なんだとぉ?」

「あんなにがんがん蹴っちまってさ…、息子を傷物にされたとなっちゃ、鷹の目が出てくんじゃねェのか…?」

このとき初めて、男達は、ゼフの屋敷に鷹の目が滞在していた可能性に気がついた。

ゼフの子供の拉致だけなら鷹の目がでしゃばることなどなかろうと思えたが、我が子が傷つけられたとなると話は別だ。

「ニューッ!! てめェがあのガキを放り出せって言ったんだろうが!」

「俺は放り出せと言っただけだ! 人相変わるまで痛めつけろと言った覚えはねェ!」

後部座席の二人が言い争いを始める。

サンジはその間に挟まれて、蒼白な顔で震えていた。

場慣れしていたゾロと違って、サンジはそもそも裏社会とは何の縁もない堅気の子だ。

母一人子一人ではあったが、母親はごく平凡な一般人だったし、サンジも公立の小学校に通う普通の児童だった。

たまたま、サンジ達が住んでいた同じマンションにゼフが住んでいて、たまたまサンジ達親子が抗争に巻き込まれた。それだけの縁だった。

目の当たりにした暴力は、サンジを怯えさせていた。

しかも殴られたのは大好きなゾロだった。

サンジの目の前で、ゾロは殴られ、蹴られた。

その鼻がひしゃげて血を噴き出すところも、まぶたの上がぱっくりと割れて血が出るところも、サンジはすべて見ていたのだ。

顔面を血に染めながら車から蹴り落とされたゾロ。

ゾロは大丈夫だろうか。

あんなに血がいっぱい出て、無事なんだろうか。

死んじゃったりしないだろうか。

怖くて怖くて、サンジはただひたすらに震えていた。

自分がこれからどうなるかというより、殴られたゾロがどうなってしまったかの方が怖くて。

 

後部座席の男達は、まだ小競り合いしている。

不意に、

「お前ら、うるせェぞ。チュッ」

と、運転席の男が振り向きもせず言った。

「少し落ち着け。相手はガキだし俺らはバッジもつけてねェ。俺らがどこの誰かなんて鷹の目のガキにわかりっこねェんだ。チュッ」

「けどよう…!」

「今頃あいつらはこのガキの行方を血眼になって探してるだろうが、なーに、俺らのとこまで行き着くのにはまだ間があんだろ。あとはアーロンさんに任せればいい。チュッ」

その言葉に、ゾロを蹴った男が目に見えて安堵した。

「それもそうだな。」

そして、男達の車は、彼らの組織の本部があるビルの駐車場へと入っていった。

自分達の行動が発信機によって全てミホークに知られていることに気づかず。

 

 

 

サンジは、男達にビルの中に連れ込まれた。

何とか逃れようとサンジは必死で抵抗したが、サンジのか細い両腕は大人の片手で易々とひねり上げられ、体ごと、まるで物のように抱え上げられてしまった。

大人の力で簡単に押さえ込まれてしまう非力な自分が、悔しかった。

 

「こいつか、赫足の養子ってな。」

ビルの最上階に連れて行かれたサンジは、アーロンの前に引き出された。

まるで魚のような冷酷な目をした男だった。

「えらく小綺麗なガキじゃねェか。金髪碧眼たァ上出来だ。養子なんつって実はお稚児さんなのか?」

アーロンが鼻で笑う。

お稚児さん、の意味はわからなくても、ゼフが、自分の存在の事で馬鹿にされている事はわかった。

それはサンジにとって禁句だった。

自分とかかわることで、ゼフは何もかもを失った。

片足も、ボスの地位も、組織も。

サンジはそう思っていた。

決してサンジ自らの意思でゼフと関わったわけではなかったけれど、サンジは、心のどこかで、自分こそがゼフから全てを奪った人間なのではないかと思い込んでいた。

それを、アーロンは、サンジにはわからない言葉で無造作に引っかいたのだ。

思わず我も恐怖も忘れ、怒りに駆られて、サンジは目の前のアーロンを、キッと睨んだ。

あどけさを残す大きな目が、思いもかけぬほど強い光を放つ。

「なんだァ? その目は。」

アーロンが気色ばんだ。

太い腕が伸びて来てサンジの胸倉を鷲掴みにする。

そのまま力任せに吊り上げられる。

首元が締まり、苦しさのあまりサンジはもがいた。

負荷がかかった布地が、耐えきれず裂ける音がした。

アーロンは、薄ら笑いを浮かべて、もがき苦しむ子供を見下ろした。

赫足が何のつもりでこんな子供を養子にしたのかはわからないが、少女のような優しい顔立ちと金髪碧眼は、ただ殺すには惜しい逸材に見えた。

キディポルノでも撮れば相当な凌ぎになるのは間違いない。

「赫足も商品のつもりがうっかり入れ込みやがったのかも知れねぇなぁ。」

口に出してみると、まるでそれが真実のような気すらした。

苦しさにもがく子供の拳が、胸倉を掴んだボスの腕を、何度も叩く。

喉元を締め上げられ苦悶に寄せられる眉、紅潮して染まる白い肌、潤む蒼い瞳、振り乱れる金の髪。

 

ごくり、とアーロンの喉が鳴った。

 

裏社会に身を置く者には珍しくないのだが、アーロンには少年嗜好癖があった。

このところの暖簾分けに伴うごたごたで、鬱憤や性欲が溜まってもいた。

ましてや初めて見たゼフの養子だというこの子供は、あまりにも上玉すぎた。

 

─────俺が、抜く暇もねぇほど忙しかった時に、赫足は呑気に金髪のお稚児遊びときたもんだ。

 

アーロンが唐突に、サンジの襟元を掴んだ手を放した。

サンジの体が力なく床に崩れる。

窒息しかけた気道に、急激に空気が入ってきて、サンジは激しく咳き込んだ。

掴まれた胸元は破れかけ、真っ白な肌を覗かせている。

ホットパンツから伸びた白い足も幼い色気に満ちている。

 

─────俺は赫足のシマを全て譲り受けた男だ。

それが、赫足の稚児を譲り受けていけないわけが、どうしてあるだろう?

どうせ赫足に散々突っ込まれてる淫乱のガキだ。

ちょっと味見したってどうということもない。

 

最早アーロンの頭の中から、その“淫乱のガキ”が既に籍もきちんと入った、れっきとした“赫足の息子”だという意識は失せていた。

いや、赫足の息子だという認識はあった。

そう、目の前の少年は赫足の息子だ。

将来、赫足の後継となる者だ。

赫足の全てを継ぐ者。

 

アーロンを脅かす者。

 

「お前ら、ちょいと向こう行ってろ。」

床に蹲ったサンジを見下ろし、舌なめずりしながらアーロンが言った。

さすがにサンジをここに連れて来た男達がためらいを見せる。

「あ、アーロンさん、赫足の息子ですから…」

「うるせえな。出てけっつわれたら出てきゃいいんだよ。俺が呼ぶまで誰も入って来るんじゃねえぞ。」

高圧的に命ぜられてしまうと、部下達にはもう口出しする術がない。

部下達はしぶしぶ部屋を出ていった。

 

 

□ □ □

 

 

ミホーク達は誘拐犯達の車を正確に追跡していた。

発信機が予測した組織の本部にまっすぐ入っていったのを確認した時は、その迂闊さにミホークが失笑さえしたほどだった。

「覚えておくといい。」

後部座席に座ったミホークは、どこか楽しそうに隣に座ったゾロに言った。

「拉致する時は必ず一手間掛けるものだ。こんなふうにすぐ人質を本部なんぞに連れて行くなど愚の骨頂。必ず拉致用のアジトを用意し、どんなにアジトが近くても、またどんなに時間的に焦りがあろうとも、必ず回り道をして、途中で車を替える事。場所は管理人のいない大型駐車場が理想的だ。」

生きた教材とばかりにミホークはゾロに“正しい拉致の仕方”をレクチャーする。

それを溜め息を付いて聞きながら、ゾロは

「んじゃこいつらダメダメじゃねぇか。」

と呆れた。

「そうとも言えぬがな。」

ミホークが鼻を鳴らす。

「アーロンの組織は先の抗争でも際立った働きを見せたほどの武闘派で知られている。そのくせお上に賂を渡して策を弄すような狡猾な面も持っている。或いはおびき出されたという可能性もなくはないぞ。」

ミホークの言葉は、決して敵を侮るな、と言外に告げていた。

「ジンベエ会長とは連絡が取れないとの事です。本日、ニューゲート会長との食事会らしいですね。」

助手席でずっとゼフと連絡を取っていたコウシロウが、完結に報告する。

その内容は、今回の拉致が完全に計画的であることを物語っていた。

「ジンベエの不在時を狙ったか…。」

ミホークが唸る。

「ゼフ会長には引き続きジンベエ会長に連絡を取ってもらっています。」

コウシロウは、そう言ってから、少し迷うようなそぶりを見せて、

「それよりミホーク様。私は少し気がかりなことが…。」

と続けた。

「なんだ。」

「先年、ミホーク様がクロコダイル会長と同盟を結ばれた折、引き物の中にミホーク様がお怒りになられたくだらないものが入っていたのを覚えていますか?」

「クロコダイル?」

突如出た名前に、ミホークが眉根を寄せる。

クロコダイルもまた、ミホークと同盟を結んでいる。

長く敵対していたのだが、去年の抗争の後、巨大な力を持つ七大組織のトップが、一同に同盟を結んだのだ。

下部組織では小競り合いがあるものの、表面上はトップ同士は同盟関係だ。

個人的な軋轢は別としても。

その同盟の調印の際、クロコダイルはミホークに過分の物件を“引出物”として贈呈してきたのだ。

友好の記念に、と言うことだったが、ミホークは、クロコダイルが己の力を誇示するためだったろうと見ている。

その中に、なんの余計な気を回したのか、はたまた長くやもめであるミホークを揶揄する目的であったのか、チャイルドポルノの地下組織のオークションの招待状が入っていた。

ミホークは見るなり内心憤怒して、けれどそれをちらりとも表には出さず、破り捨てたいのを我慢して丁重にクロコダイルに返納したのだ。

「ああ…。あの猥雑極まりないゴミか。それが?」

「アーロンは、あの地下オークションの常連だったと小耳に挟んだことがあります。サンジ君の身が危険かもしれません。少し飛ばしますのでシートベルトを締めてください。」

そう言って、コウシロウは、運転手のフランキーに、スピードを上げるように指示する。

十数年後、ゾロの組織の幹部となるフランキーは、この時まだハタチそこそこの下っ端で、ミホークの組織で主に運転手を努めていた。

フランキーは、威勢良く返事すると、アクセルを踏み込んだ。

慌ててゾロはシートベルトをする。

だがミホークは腕組みをしたまま正面を見据えていた。

「チャイルドポルノだと…?」

ゾロは、父が静かに激怒していることに気がついた。

「外道が。」

吐き捨てるように、ミホークは言った。

 

2007/03/07

 


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