地に伏して恋歌を聞け
【肆】
会食の終わりを待たずに、ゾロとサンジはその場を辞した。
さっさと食事を終えたサンジが、
「おうちかえるー。」
と、ごねたからだった。
慇懃無礼にゾロがサンジを抱いたまま部屋を退出した後、面目を傷つけられたモリアが、早速ミホークに絡みだした。
「世に聞こえた鷹の目も子育てには失敗したと見えるな。」
包むこともせず、あからさまに詰る。
ミホークは激昂もせずそれを受け止め、
「色事に溺れるも若さゆえ。刹那的な快楽に惑溺するも一時のこと。そのうち頭も冷えよう。」
と意に介さない。
モリアはいかにも面白くなさそうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「趣味はなかなかよかったがな。」
フフフ、とドフラミンゴが笑いながら言う。
「赤髪、貴様は隣だったのだから気づいただろう? あの“花”の髪は自前の純金か?」
ドフラミンゴに聞かれて、シャンクスはにやりと笑って見せた。
「ああ。睫毛も無精ひげもみーんな、まっ金金だったな。ありゃ股の毛もゴールドだろうよ。」
「…しかしいかに美しい純金の花であってもあのように破廉恥ではいかん。」
ジンベエが唸るように言う。
「あれは“壊れてる”だろう?」
くまが無表情に言い放つ。
「だから趣味がいいって言ってるんだ。」
ドフラミンゴが受ける。
「あのガキを見たろう? 鷹の目の息子しか見ねェ。鷹の目の息子の声しか聞こえねェ。極上の生きたお人形さんだ。理想的といってもいい。元から頭が弱ェのを攫ってきたのか、ヤクかなんかでぶっ壊したのか知らねェが、鷹の目の息子も若ェくせにえげつねぇことするじゃねェか。」
そうしておかしそうにドフラミンゴは笑った。
─────さぁて…それはどうかな…。
と、シャンクスは、内心で独りごちた。
どうにもあの“花”への違和感が拭えない。
シャンクスがスープを口にして、思わず「ん?」と声を発してしまったときに振り向いたサンジは、“正気”だったように見えた。
確かめようとサンジを凝視したが、あのぼんやりとしてどこを見ているのかわからないような透き通った瞳からは、何一つ読み取ることができなかった。
「まずい?」と聞いてきた顔も、本気でそう聞いているように見えた。
演技なのか、真性なのか、まるでわからない。
表情にはまるで出さず、内心だけでため息をつく。
その時、部屋のドアが静かに開いた。
姿を現したのは、バラティエのオーナー、ゼフだった。
「毎度当店をご贔屓いただき、ありがとうございます。本日のお味はいかがでしたか。」
口調はへりくだっているが、全身から静かな威圧感が漂ってくる。
とても一介の飯屋の主人とは思えないそれは、その場を圧倒するほどだ。
それもそのはず、このゼフという男、14年前までは、七武海を凌ぐほどの大組織を統べる身であった。
七武海が同盟を組むきっかけになった14年前の大きな抗争で片足を失い、事実上は隠退したが、料理人となった今もこの世界に強い影響力を持つ男だ。
もっともゼフ自身は、決して自ら望んでこちら側に踏み込もう等とはしないが。
「赫足よ、今日も堪能させていただいた。」
ミホークが答える。
赫足、と、かつてのゼフを知っている者は、今でもあの当時の二つ名で呼ぶ。
「いつもながらすばらしい味だな。赫足。」
めったに人など褒めないモリアも同調する。
周りも同意とばかりに頷いた。
だが、ジンベエは、隣で腑に落ちないような顔をしているシャンクスに気がついた。
「赤髪、どうした?」
「ん、いや…。」
しばし躊躇したシャンクスは、ゼフの方を見てこう言った。
「コックに入れ替わりがあったか? スープを作った奴が今までと違うだろう?」
ゼフが僅かに瞠目する。
「…お気がつかれるとは。確かに本日のスープを作ったのは私でございます。」
ゼフの答えに、おお、と一同がどよめく。
「なんと、オーナー自らが。」
「これはまた僥倖な。」
盛り上がる七武海を尻目に、シャンクスはまだおかしな顔をしたままだった。
ふと、ドフラミンゴが、自分の隣席が空いていることに気がついた。
「あん? ワニどこ行った? ワニ。」
明らかに小馬鹿にするような言い方に、その場に残っていたクロコダイルの部下のダズが、無表情の額にびしりと血管を浮かせた。
けれど、当然ダズふぜいに七武海に意見する権限などありはしない。
「便所です。」
ダズは表情を変えず、真正面を向いたままそう答えた。
「………………少しは言葉を包まんか。」
もう食べ終わったとはいえ、食事の席で“便所”等という単語が出たことに、ジンベエが眉を潜める。
シャンクスが、周囲に気づかれぬように背後のベックマンを呼んだ。
ベックマンが屈んでシャンクスの口元に耳を寄せる。
その耳に何事かを囁く。
それを受けて、ベックマンが音もなく部屋を出て行った。
部屋を出たベックマンは、まず一番近いトイレに入ってみた。
そこには誰もいない。
七武海が利用する部屋は、本館から廊下を伝った、一番奥の離れの個室だ。
ベックマンは、廊下を通り、本館まで行ってみようとして、人の気配にふと足を止めた。
廊下から中庭におり、裏に回る。
広い裏庭の隅、沈丁花の植え込みの陰の、誰も来ないようなところに、帰ったはずのゾロとサンジがいた。
おつきの三人の部下は見当たらない。
こんなところで何を、と窺わなくてもわかる。
サンジは、ゾロの前に膝立ちになり、ゾロの性器を口いっぱいに頬張っていた。
「もっと根元まで咥えろよ。」
そう言われても、ゾロの砲身は大きすぎて、先端を口に入れるのが精一杯のようだ。
なのにゾロは容赦なく腰を使ってサンジの口内を穿つ。
「ん…、んん…、」
サンジは懸命にゾロの砲身を口で愛撫している。
ぴちゃ、くちゅ、という淫猥な音がする。
サンジは舐めながら感じてしまっているらしく、寛げたズボンの前から、性器を出して自分の手で慰めている。
口に含んだ、凶器のように大きなゾロの性器とは対照的に、サンジのそれはピンク色ですんなりしている。
それが白い指に擦られて、ちゅくちゅくと濡れている。
ゾロの性器を舐めている顔は、すっかり上気して、せつないのか、蒼い瞳が潤んでいる。
「…っ…出すぞ、全部飲め。」
ぐっとゾロの手がサンジの頭を押さえつけた。
「んうっ!!!」
大きな陰茎を喉の奥まで突き込まれて、サンジが目を見開く。
ゾロの腰が震えるのと同時に、サンジが固く目を瞑り、苦しいのだろう、そこから、つうっと涙が零れた。
そのくせ、手は、しっかりとゾロの腰を掴んでいる。
まるで縋るように。
飲みにくい精液を、サンジは躊躇いもなく飲み干して、更に物足りなそうに先端をちゅうちゅうと吸う。
「飲み足りねェのかよ。」
にやりと笑いながらゾロが言う。
サンジがうるうると涙を湛えた目で、ゾロのペニスから口を離した。
「ゾ、ロォ…っ…。」
泣きそうな声がゾロの名を紡ぐ。
ぺたん、と地面に座り込んでしまった足の間からは、震えながら勃ちあがっているピンク色が見える。
「お、れ、も…、おれ、も…、イかせて…。」
すっかり潤んだ、甘い声が、ねだる。
これほど甘い声でねだられては、どんな男も陥落しない者はいないだろうと思えるほどなのに、ゾロはそれを、ふん、と鼻先で笑って一蹴する。
「イきたきゃ勝手にイきゃあいいだろう? どうせ自分で擦ってんじゃねェか。」
「ち、ちが…、ゾロに、ゾロにイかせてほし…っ…。」
「自分でオナってイッてみろよ。」
「ゾロ……!」
瞳の蒼が滲んで、ぽろぽろと涙が零れだす。
ゾロがサンジの腕を掴んで強引に立たせ、背中からその痩身を抱きしめる。
「ほら。自分で擦れよ。」
サンジの手を強引に、股間に導く。
ゾロはその体を背中から抱き寄せ、白いうなじを舐めたり、シャツのボタンを外して肌をまさぐったりしている。
だが決してサンジの性器には触れない。
「やあ…、ゾロ、やだぁ…!」
ねだっても哀願してもゾロが自分のそこに触れてくれないと悟り、ついにサンジはくすんくすんと鼻を鳴らしながら泣き始めた。
子供のようにしゃくり上げながら、サンジは勃ち上がった性器を自分の手で擦っている。
そのあまりにも幼い仕草は、まるで年端のいかない子供に性的な悪戯をしかけているかのような、痛々しい、けれど背徳的な美しさを感じさせる。
覗き見ているベックマンが、一瞬、己を見失いそうになるほどだった。
きっちり着込んだスーツの、中のシャツだけが、ゾロの手によって大きく前をはだけられる。
暗紅色の開襟シャツから覗く、真っ白な肌。
平坦な胸についた乳首は、誘われるようなピンク色で、まるで少女のそれのようだ。
ゾロの無骨な手が、その可憐な乳首を容赦なくひねりあげる。
「やああっ…!」
サンジの体が、ゾロにもたれかかるようにしてのけぞる。
その瞬間、握り締めたサンジの性器から、ぴゅくん、ぴゅくん、と白濁が迸った。
「ひう…うっ…、」
泣きながら吐精するサンジを、後ろからゾロが、いとおしそうに抱きしめた。
「オナってイッたんだか、乳首でイッたんだかわかんねぇな。」
口は意地悪な言葉を吐く。
「ゾロ…いじわる…。」
くすん、とサンジはまだ鼻を鳴らしている。
「意地悪されるのも好きだろう?」
囁いて、ゾロの手は、優しく、はだけてしまったサンジのシャツのボタンを留めてやっている。
サンジは吐精の余韻にまだ瞳を潤ませながら、おとなしくゾロに身を任せている。
ボタンを全て留めて、萎えた性器もしまってやって、元の通りサンジの服を整えると、ゾロは何事かをサンジに耳打ちして、サンジ一人残して、その場を立ち去っていった。
ちょっと待ってろ、のような形にゾロの口が動いたようだったので、車を回してくるとかトイレとか、少しの間待たせているだけのつもりのようだ。
いずれにせよ、ゾロがいなくなって、あのガキが一人になるのであれば、シャンクスの命令を実行する絶好の機会だ、と、ベックマンは一歩足を踏み出そうとして、サンジの変化に気づきその足を止めた。
ゾロの手の中ではあれほどに切なげに身をくねらせ、あられもなく快楽をねだり、白い体を桜色に染めていたというのに、ゾロが去ったとたん、その一切がサンジから失せていた。
虚ろな目には何の感情もなく、サンジはただ立ち尽くしている。
まるで、電源が切れた人形のように。
生気というものがまるで感じられない。
ベックマンが息を呑んだその時、不意に別の気配がした。
すばやく、ベックマンはその身を物陰に隠す。
「鷹の目の後継が白痴のオカマに入れ込んでいると報告は受けていたが…、よもやこれほどの逸品だとはな。」
呟きながら現れたのは、クロコダイルだった。
その目に隠しようのない好色な光が満ちている。
彼もまた、先ほどまでのサンジの痴態を目の当たりにしていたらしい。
クロコダイルが、サンジの顎を掴み、乱暴に上を向かせる。
「純金の髪…ブルーダイアの瞳…真珠の肌…。鷹の目の小倅ごときのものにしておくには惜しい…。」
けれどサンジの瞳は虚ろに濁ったままだ。
虚空を見つめ、クロコダイルをまったく見ていない。
「俺を見ろ。」
クロコダイルが命じても、その瞳に感情は戻ってこない。
「俺を見ろ!!」
苛立たしげにクロコダイルがサンジを張り飛ばした。
よろけたサンジは、地面に倒れる。
何の受身も取ろうとしない、無防備な転倒。
倒れたまま起き上がろうともしない。
クロコダイルが胸元を掴みあげる。
薄い生地でできたシャツが、音を立てて裂ける。
ボタンがぶちぶちと飛ぶ。
乱暴に、シャツごとジャケットを肩脱ぎにされても、サンジは抵抗一つしない。
露になった肌を見て、クロコダイルが目を細めた。
「これはまた…念入りに可愛がられていると見える。」
白い肌のあちこちに花のように咲き乱れる情交の痕。
「まさに沈丁花のごとき艶かしさだな。」
言いながら、クロコダイルの指は、サンジの肌についた薄赤い痕を辿る。
「ここがお前のよいところか?」
サンジは何の反応もしない。
クロコダイルは舌打ちして、サンジの乳首を強く捻った。
「ここがいいのだろう? 先ほどはここを弄られて遂情していたではないか!」
サンジは何の反応もしない。
ただ目を開けて、ぼんやりとしているだけだ。
クロコダイルがその爪を強くサンジの乳首に食い込ませても、痛がる様子もない。
「鷹の目の小倅がいねば、ただの木偶人形か!!」
忌々しげに、クロコダイルはサンジが手を離した。
「うまく仕込んだものだ。あの小童ふぜいが。」
それから、その険しい顔を邪悪な笑みに変える。
「だが、それならそれで手に入れ甲斐があるというもの。俺の腕の中で啼く日が来るのを心待ちにするがいい。俺の沈丁花よ。」
そう言って立ち上がり、地に這ったままのサンジを見下ろす。
「せいぜい俺が残した痕を、お前の飼い主に見せ付けることだな。」
居丈高に吐き捨てるクロコダイルは、けれど、すっかり余裕を失っているように、ベックマンから見えた。
クロコダイルともあろう男が、人形同然の男にすっかり心を奪われている。
尊大な態度を崩さずにその場から立ち去るクロコダイルが、どこか滑稽だった。
サンジはクロコダイルに突き倒された姿勢のまま、地面にうずくまっている。
ベックマンには、この“花”はそれ以上の意味を持たないようにしか見えない。
ゾロの為だけの抱き人形。
自分の意志もなく、ただゾロの声だけに反応し、ゾロの為だけに生きている人形。
こうして倒れている姿も隙だらけだ。
だが、ベックマンは、己の主の命を全うすべく、気配を完全に絶ったまま、大きく地面を蹴った。
バラティエの店内で銃は使えない。
胸元からナイフを引き抜いて、狙い違わずサンジの腹に突き立てた。
が、確かに刺した、と思ったナイフは空を泳ぎ、ベックマンがぎょっとした次の瞬間、その手に凄まじい衝撃が走り、ナイフはくるくると廻りながら宙を舞い、すとん、と地面に突き刺さった。
瞬時に飛び退ったベックマンは、自分の見た光景が信じられず、愕然とした。
隙だらけで倒れていたはずの“人形”が、しなやかに身を翻し、目にも留まらぬ速さでベックマンの手ごとナイフを蹴り上げたのだ。
“人形”にとっても、ベックマンの出現は予想外だったのだろう、咄嗟に反応してしまったのか、その顔は驚愕に彩られている。
「ベン・ベックマン…!」
思わずベックマンの名を口走ってしまい、すぐに、しまった、という表情をする。
「…とんだお人形さんだな。」
ベックマンが言うと、サンジは小さく舌打ちをして、くるん、ととんぼをきって、すっと立ち上がった。
その身のこなしは、完全に戦闘員としてのそれだ。
その顔には、もう先刻の動揺はない。
ぱんぱんと服の汚れを払い、クロコダイルに裂かれたシャツを丁寧に着なおす。
クロコダイルにもてあそばれていたときの感情のなさが嘘のように、目の前のサンジからは静かな闘気が伝わってくる。
だが、サンジからの攻撃の意図はないらしいことを悟り、ベックマンも立ち上がって服の乱れを正した。
「白痴は演技か。ロロノアは知っているのか?」
ベックマンが静かに問う。
サンジは黙ったまま、まっすぐにベックマンを見ている。
その濁りも迷いもない、一本芯の通ったサンジの眼差しは、ベックマンを圧倒するほどにまっすぐで、ベックマンは、サンジがゾロを狙う刺客などの類ではないらしい、と見当をつけた。
ふ、とサンジが息を吐いた。
「まさか“赤髪”が釣れるとはな。」
あられもなく上げていた嬌声とは打って変わった、低い、落ち着いた声だった。
ベックマンの名を正確に知っていたことといい、この襲撃がベックマンの独断ではなく、シャンクスの指示だと気づいているような口ぶりといい、サンジは恐らく、七武海の内情にも精通している。
只者ではない。
「ベン・ベックマン。」
サンジの目がベックマンを捕らえる。
「同じ守護する者として、お前の主に伝えてほしい。」
ベックマンが瞠目した。
その隙に、サンジがすっとベックマンとの間を詰める。
「どうか、ご内密に…と。」
その蒼い目が、悪戯っ子のように笑った。
ベックマンが驚愕しているうちに、サンジはベックマンの脇をするりとすり抜けた。
慌てて、ベックマンは振り向いたが、その時にはもう、サンジの姿はどこにもなかった。
辺りを見回す。
けれど、まるで掻き消えたように、サンジの姿は見当たらなかった。