地に伏して恋歌を聞け
【壱】
朝、パウリーは、二週間の出向を終えて久しぶりに本部に顔を出した。
ボスに帰ってきた挨拶をしようと、奥の部屋を覗き込んで、その姿がないことに気づく。
「若はまだ起きて来ないのか?」
傍らにいたジョニーとヨサクに尋ねると、二人は突然挙動不審になった。
「えっ!? …と、あ、そ、そうっすね。」
「あの、ま、まだみたいっす。」
おたおたとあからさまに何かをごまかそうとするかのような。
それを怪訝そうに見てから、パウリーが事務所内を見回すと、なぜかどいつもこいつもそわそわと浮ついていて落ち着きがない。
「あ、あの、俺がボスをお起こししてきやしょうか。」
「いや、俺が行くっす。」
「兄貴達はここにいてください。そんな事は俺が。」
「お前達に任せておけるか、こういう事はだな、」
部下達が次々に口を開くのを見て、パウリーの眉間に皺が寄る。
「待て待て。何だってんだ、いったい。」
本部内の雰囲気がおかしい。
なんだこれは。
「若を起こしにいくのなんて一番下っ端の仕事だろうが! なんだ、ワイパーやカマキリまで!!」
パウリーが思わず声を荒げても、場は収まらない。
たまりかねて、パウリーは奥のソファに座った幹部二人の名を叫んだ。
「ルッチ! フランキー!」
二人が揃って胡乱げな視線をパウリーによこす。
「なんだこのだらけきった有様は! 俺の留守の間になにがあった!!」
怒鳴ると、フランキーがおどけたように肩を竦めた。
「若に聞いてみな。」
「…なんだと?」
パウリーが気色ばむと、ルッチが小さく眉を聳やかせた。
ルッチの肩にとまっていた鳩が、同じように眉を聳やかせる。
『クルッポー まァ、そういきり立つな。』
鳩がルッチの言葉を代弁する。
本当に鳩がしゃべっているわけではなくルッチの腹話術なのだが、やや対人恐怖症のきらいのあるこの男は、こうしないと人と話せない。
だから、この男の本当の声は、組織の中の誰も知らない。
『若を起こしに行ってみるがいいさ。全部わかる。クルッポー』
鳩がそう言って、ルッチが鍵を放って寄越す。
このビルの最上階、彼らのボスのプライベートルームの鍵だ。
いつもはパウリーが管理しているが、パウリーが不在の間は、ルッチとフランキーのどちらかが持つ事になっている。
「…若に何があった。」
ドスの効いた声でパウリーが尋ねる。
一瞬、ルッチとフランキーはお互いの顔を見合わせた。
やや言いにくそうに、フランキーが口を開いた。
「若はお楽しみの最中さ。ちょっと前、どっからか白痴のガキを拾ってきてな。以来片時も離さねェ。」
「何だそりゃ。どこの女だ?」
「あー、…女じゃねェ。………………男だ。」
「おとこ、だと?」
告げられた言葉を理解するのに、パウリーは時間がかかった。
誰のことを言ってるのだ? と思うほどに、違和感のある言葉。
ボスは性的には、ごく淡白で、セックスにのめりこんだことなど、パウリーが知る限り、一度もない。
それに、ボスの性嗜好はノーマルだったはずだ。
─────それが、男を片時も離さない…だと? 俺たちを疎かにして?
「まさか…。」
信じられない、といった顔でパウリーが呟く。
「なら、若を起こしに行ってみろよ。何しろ、ガキ引っ張り込んできてからこっち、ろくに顔もださねェで、ずーっと二人で部屋にしけこんでやがるからよ。俺らが行っても平気で姦ってやがる。若い連中は軒並み当てられてこの有様さ。」
フランキーの説明は、まるで知らない人間の事を聞くようだった。
あのボスが、仕事も何も放り出して? 一日中男色に耽っている? あまつさえ自分のセックスを部下達に見せ付けて?
そんなバカな。
「…若を起こしてくる。」
血相を変えてエレベーターへと向かったパウリーの後姿を、ルッチが鼻先で笑いながら見送る。
それを、傍らにいたフランキーが見咎めた。
「何が可笑しい? ルッチ。」
けれどルッチはそれには答えない。
かわりに肩の鳩が、
『クルッポー 賭けねェか? フランキー。』
と言った。
「何を。」
『パウリーがあの淫売に参っちまうかどうか。ポッポー』
「あいつは固ェからなァ…。」
フランキーが頭を掻く。
『クルッポー …なら、てめェはパウリーが落ちない方に賭けるか?』
「……いや…、落ちる方だな。」
フランキーの言葉に、鳩がついに耐え切れぬように笑い出した。
『賭けにならねェ。俺もそっちだ。クルッポー!』
□ □ □
最上階までの専用エレベーターに乗ったパウリーは、血走った目で、階数表示盤を睨みつけていた。
今聞いたことは何かの間違いだ、と思いながら。
パウリーが命を預けたあの男は、そんな男ではないのだ。断じて。
若くして数多の兵隊を統べる、至高の男。
最強と言われたその父親すら、一目置くほどの男。
肉欲などに現を抜かすはずがない。
ましてや、男になど。
ところが、エレベーターのドアが最上階で開いた瞬間、パウリーは、立ち竦んだ。
廊下にまで漏れてくる声。
聞き間違いようもなくあからさまな。
足早にボスの部屋の前に立つ。
ノックというより、殴りつけるような勢いで、ドアを叩いた。
「若…、社長! 朝です! 起きてください! 社長!」
室内の人間が起きてることなんかとっくに承知の上で、パウリーは大声を張り上げて、ドアを叩いた。
どれだけ乱暴にドアを叩いても、誰かが出てくる気配はない。
パウリーは鍵を使ってドアを開けた。
「やぁっ、ああっ、あんっ、あんっ、あぅっ、ゾロぉっ、あああんっ!」
途端に明瞭に聞こえてくる、嬌声。
もはや疑いようのない、艶やかな声。
明らかに女のものではない。
パウリーが入ってきたことになど、とっくに気が付いてるはずなのに、嬌声は一向にやむ気配はない。
それどころか、ますます派手になる。
まるでわざと聞かせようとしているかのように。
いや、ように、ではない。
明らかに聞かせようとしている。
パウリーの脳天から血の気が引く。
「あっ、ゾロっ、ゾロぉッ、あぅんっ! も、イかせ、イかせて…、イきてェ…ッ…!」
“ゾロ”と、その声が紡ぐのが聞こえた。
ボスは、どこの誰とも知れないケツで奉仕する男に名を呼ばせることを許しているのだ。
引いた血の気が、一気にかあっと脳天を衝いた。
女ならばともかく、ボスが抱いているのが男ならば、通さねばならない筋道がある。
ボスは、そこらへんのチンピラが無造作に名を呼び捨てていい存在ではないのだ。
ボスの名を呼び捨てにしていられる男など、組織の中には一人もいないというのに。
パウリーは、怒気を露わにして、声の聞こえる、部屋の一番奥、寝室の前にずかずかと歩み寄った。
「若! 開けますぜ!」
呼び掛け、乱暴にノックしてから、ドアを開ける。
「ひああっ!」
その瞬間、パウリーの目に飛び込んできたのは、鮮やかな金色。
しみ一つない真っ白な裸体。
「ああっあああっうあっあっ、や、あ。」
白く華奢な体が、隆々とした鋼の体に組み伏せられ、犯されている。
しなやかで、すんなりした肢体は、女の持つ柔らかなそれではない。
けれど女よりもはるかに艶やかで、扇情的で、淫らな痴態。
突き上げられるたび、襟足で切りそろえられた美しい金髪が、輝きながら乱れる。
部屋中に噎せ返るような雄のにおい。
「おはようございます、若。」
その裸身に気など取られていない、という素振りを必死でして、パウリーはベッドの上に声をかけた。
「…“若”じゃねェだろうがよ。」
白い尻を両手で鷲掴みにして、激しく腰をグラインドさせていた逞しい体躯の男が、パウリーを見て口を開いた。
「おはようございます。社長。」
パウリーはすぐさま言い直す。
「おう。どうだった、ウィスキーピークは。」
「順調です。ほぼ軌道に乗ったと言っていいと思います。」
見まいとしても、目は、知らず、犯される白い裸身に吸い寄せられてしまう。
ゾロが薄く笑って、白い尻をその体躯に相応しく太く長い剛直で犯しながら、その白い足を掬い上げた。
白い裸身が、牡犬のマーキングポーズになり、パウリーの目に結合部がはっきりと晒される。
「やああっ! ゾロぉっ…! イかせて、よぉっ…!」
白い体が身悶えた。
─────淫売が…!
パウリーが唇を噛む。
「社長。お遊びはそれくらいにして、早く事務所に顔を出してください。」
硬い声でパウリーが言う。
だがゾロは聞いているのかいないのか、白い肢体を陵辱するのをやめない。
「社長。今日はお昼から、会長に同行して七武海の会食の予定です…っ。」
思い切り声を荒らげたくなるのを、パウリーは必死で抑えた。
「社長ッ…!」
「あああんっ!!」
言い募った言葉は、淫売の嬌声に掻き消された。
「サンジ…、イきてェか?」
ゾロが、パウリーが思わず目をむくほど甘ったるい声で、組み敷いた裸身に囁いた。
「も、イきたい…、おねが…っ…」
サンジ、と呼ばれたそれが、喘ぐように哀願する。
請うて潤む瞳は、美しく澄んだアイスブルーだ。
至ってノーマルで、ホモなんか冗談じゃなかったはずのパウリーにすら、この淫売がどれだけ極上品かくらいわかる。
こんなに白い肌など、女にだってそうはいない。
こんなに輝く金髪も、こんなに蒼い瞳も、これがもし女で、稼ぎに出したら、それだけで一財産築ける事を雄弁に物語っている。
「ひああァッッ! や、ゾロ、やあっ…!!」
激しく突き込まれて、サンジが啼く。
男の本能を直撃するような甘い喘ぎに、パウリーが微かに眩暈を覚える。
こうやって、この淫売は見ているだけの者すら取り込もうとしているのか。
サンジの後孔は、女泣かせとまで謡われたゾロの規格外のサイズの逸物を、根元まで受け入れている。
それだけでもたいしたものだと思う。
よほど慣れた体なのだろう。
もしかしたらプロの男娼なのかもしれない。
サンジの尻は小振りで引き締まっていて、その窄まりもとても華奢だ。
その小さな孔が、限界を遥かに超えるほどに広がって、巨根を受け入れている。
いったいこの腹の奥のどこらへんまで、ゾロの剛直に犯されているのだろう。
こんなもので腹の中を掻き混ぜられているというのに、この淫売は、気持ち良さそうに身をくねらせている。
「や、やだ、や、やあ…、ゾロ、も…、や…。」
イかせてほしいらしく、サンジは艶かしく腰を蠢かせる。
じゅぷ、と音を立てて後孔を貫いた剛直が動き、泡立った精液がとろりと零れ落ちた。
「ぁ…も、ほん…とに、もぉ…、ぞ、ろ…ぉ…っ。ぁァ、んぅぅ…っ。」
強すぎる快感に苛まれているらしく、サンジの喘ぎに、啜り泣きが混じり始める。
もう半ば正気は飛んでしまっているようだ。
「さすがにもう簡単にゃイけねェか。」
くくっ…と笑いながら、ゾロが一人ごちる。
「おい、パウリー。」
いきなり呼ばれ、パウリーはびくりと我に返った。
いつのまにか、息を詰めてサンジの媚態に吸い込まれていたことに気づき、内心愕然とした。
ゾロが、繋がったままサンジの体を抱き上げて、胡坐を組んだ中に背面座位の体制でその体を落とす。
「あひィッ!!」
無造作に男根を突き入れられ、サンジの背がのけぞる。
そのまま、ゾロはくるりとパウリーの方を向いて、ベッドの淵に腰掛ける。
二人の結合部も、切なそうに勃ちあがったサンジのペニスも、パウリーから丸見えになった。
「てめェ、こいつのちんぽ舐めてやれ。」
「なっ……!!」
突然のゾロの言葉に、パウリーは顔色を変えた。
「朝から何度もイかせちまったからなァ。イきにくくなってやがんだ。可哀相だろ?」
「だからって何で俺が…!!」
思わず抗議が口をついて出た。
パウリーにとってゾロは、年こそ下だが、絶対的なボスだ。
逆らうことは許されない。
ゾロの命令ならば、死ぬことすらパウリーは構わない。
むしろ喜んでこの命を差し出すだろう。
けれど。
─────お…俺に、男のちんぽを舐めろと…?
パウリーを、激しい屈辱感が襲う。
命すら厭わないほど忠誠を誓ってきた者への、これはあんまりな仕打ちではないか。
「早く咥えてやれ。ほら。」
ゾロが腰を動かしてサンジを揺さぶる。
サンジの勃ちあがったペニスが、ねだるようにぷるぷると震えた。
パウリーが屈辱に顔面をどす黒く変えながら立ち尽くしていると、ゾロはニヤニヤ笑いながら、
「こいつがイッたら事務所に顔出してやるよ。」
等と言う。
パウリーは、ゾロの広げた足の間に膝をついた。
目の前に、サンジの屹立が来る。
ゾロの黒光りするような凶悪な剛直と違い、サンジのそれは勃ち上がっても柔らかく、露茎しているのに子供のようなピンク色をしている。
ぽやぽやと申し訳程度に生えた陰毛も髪と同じ金髪だ。
言われた瞬間は屈辱感に体が震えたが、こうして目の前にしてみると、思ったほど抵抗感はない。
意を決して、それを口に含んだ。
「んああッ!!」
サンジがのけぞる。
その顕著な反応に、パウリーは驚いた。
男のモノを咥えたことがなくとも、男の体に快感を送り込むことはたやすい。
自分が気持ちいいと思うことを、この体にも施してやればいいだけだ。
裏筋に舌を這わすと、サンジの体はまた激しくのけぞった。
「やうぅっ…、ああ…。」
パウリーの舌先一つで、この体はたやすく翻弄される。
なんて敏感な体だろう。
白い指が伸びてきて、パウリーの髪をまさぐる。
両手でパウリーの頭を抱え込むようにして、サンジは甘ったるい声を上げ続ける。
その体を、ゾロが後ろからがつんがつんと突き上げる。
「ひいっああっああっあぅっあっやあっああっ」
淫らな声に釣り込まれるように、いつしかパウリーは、サンジのそれを舐めることに一生懸命になっていた。
この敏感な体を、もっと啼かせたいという欲望が、ぞくぞくと背筋を突き上げる。
パウリーの股間も熱くなっていた。
「も、出る、イク…ッ!」
切羽詰った声が訴えた瞬間、パウリーの口の中にぴゅく、と熱い雫が迸った。
ぴゅく、ぴゅく、と断続的に吐き出されたそれは、“何度もイかせた”の言葉どおり、勢いがなく、量も少ない。
「や、あ、あ、っ…」
パウリーの頭を抱きこんで、サンジが小刻みに震える。
涙が零れそうなほどに潤む碧眼がやたらと可愛らしく見え、パウリーは思わず口内に出された蜜を飲み下していた。
男の精液を飲むなんて、もちろん、パウリーには初めての経験だった。
そんなパウリーを見て、ゾロが薄く笑う。
「約束だ。“朝のお遊び”は終りにしてやろう。」
いきなりゾロが、サンジの体を引き寄せ、乱暴に組み伏せた。
サンジの腰を高く抱え上げ、猛然と抽迭を始める。
「やあああああああッッッッ!!!」
サンジが悲鳴を上げる。
射精した直後の体に、この容赦ないピストンは辛かろう。
サンジを気遣いもしない、自分が吐精したいがためだけの動き。
「やだあッ! やあああッ!! ゾロ、やーーッッッ!!!」
もう喘ぎなどではない、はっきりとした泣き声だ。
つま先がぴくぴくと痙攣すら起こしている。
その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
ぐぷん、ぐぷん、と結合部からははしたない音がする。
「や、ゾロ、も、やめ、やだあっ…!」
「すぐイク。我慢しろ。」
言いながら、ゾロの逞しい体が、サンジの華奢な体に覆いかぶさる。
ゾロのその目に、明らかな嗜虐の光を見て、パウリーは戦慄した。
まるで狂人のような、常軌を逸した瞳。
敵と対峙するときですら常に冷静で、感情を乱すことなどなかったこの男が、たかが淫売ごときを我を忘れて貪っている。
雄々しく猛々しく、魔獣とすら呼ばれたこの男が、すっかり誑かされて、堕落してしまっている。
危険だ、とはっきり思った。
この淫売は、自分達のボスにとって、実に厄介な、危険な存在だ。
何とかして、排除しなければ。
パウリーは強くそう思った。