給食のおばちゃんサンジと幼稚園のロロノア先生


 

□ 芋煮会 □

 

芋煮会がしてぇなあ。

子供達がきゃいきゃい騒ぎながら熱心にサツマイモを掘るのを見ながら、ロロノア先生は思った。

ロロノア先生の田舎では、子供達がこの時期、こんな風に掘るのは里芋と決まっていた。

掘った里芋を河原へ持っていって、芋煮会をやる。

ロロノア先生の田舎の、秋の風物詩だ。

 

泥だらけになりながら芋を掘る子供達の姿に、ロロノア先生は、子供の頃の自分を重ねて、つかのま、懐かしさに思いをはせた。

 

 

 

 

「は? イモニカイ?」

ロロノア先生にご飯をよそってやりながら、給食のおばちゃんが聞き返した。

それを受取りながら、ロロノア先生は頷く。

 

この頃、ロロノア先生は、幼稚園が終わると給食のおばちゃんちに上がりこんでご飯を食べるのが、すっかり習慣になった。

何しろ給食のおばちゃんは給食のおばちゃんだけあって、作る料理はすこぶるおいしい。

給食のおばちゃんの料理に舌が肥えてしまうと、ロロノア先生はコンビニ飯が食べられなくなった。

それで、いつだったか「てめェのせいでコンビニの弁当がまずくてしかたねぇ」と給食のおばちゃんにこぼしたら、「んじゃ、俺の飯食えばいいじゃん。」と実にあっさりと言い返された。

だからロロノア先生は、幼稚園からの帰りに、給食のおばちゃんちによってご飯を食べてから、自分ちに帰るようになった。

 

「ん、まあ、時期はもう過ぎちまってんだがな。」

ありゃ10月の行事だな。と、ロロノア先生は一人ごちる。

「河原で芋の煮っころがし作るのか?」

給食のおばちゃんが首かしげる。

「それはなんか変だろう。」

ロロノア先生が笑い出す。

「豚汁作るんだよ、豚汁。炊き出しみたいな大鍋で作って、大勢で。俺らの田舎よりもっと北の方では同じ芋煮会でもジャガイモと牛肉で醤油の、けんちん汁みたいなんを食うっつってたな。」

給食のおばちゃんはまだきょとんとしている。

「…なんで?」

「なんで、って、それがあれだ。秋の風物詩って奴だな。」

ロロノア先生が湯豆腐にネギだれをかけながら答える。

 

今日の夜ご飯は、給食のおばちゃん特製湯豆腐。

目の前の電気鍋の中には、豆腐の他に、エノキダケと塩タラとモミジ麩とネギが入っている。

それをおばちゃん特製だれでいただくのだ。

特製だれは4種類。

ゆず入りぽん酢とネギ醤油たれとゴマだれと豆板醤だれ。

もみじおろしもついている。

はふはふ言いながら、ロロノア先生は、あつあつの豆腐を口に運ぶ。

 

小首をかしげながらロロノア先生のお話を聞いていた給食のおばちゃんは、ふと、ぽんと手を叩いた。

「あーわかった。それ、俺らの田舎で言う、花見にジンギスカン食うのと一緒だな。」

「は? ジンギスカン?」

ロロノア先生が目を丸くする。

「おう。俺んとこの花見にはジンギスカンは欠かせねぇ。桜見ながら、寒さに震えて煙に巻かれながらジンギスカン食うんだ。」

「…すげぇな、それ。」

「河原で豚汁もすげぇよ。だいたい、そんな炊き出しできるくらいの鍋、どうやって火ぃ入れるんだよ。カセットコンロなわけねぇだろ?」

「ああ、だから、河原で石でかまど組むんだ。あとはなんかこう、三角釣りにしたり、ドラム缶の上と下開けて薪くべたり。毎年芋煮会が行われるとこだったりすると、あらかじめブロックでかまど組んであったりもする。」

給食のおばちゃんがぽかんと口を開けてロロノア先生を見る。

「すーげー大掛かり。」

「おうよ。この時期、俺らの田舎じゃ、コンビニで薪売ってるぜ?」

「…いや、それは嘘だろ。」

思わず給食のおばちゃんが鼻白む。

それをロロノア先生はニヤニヤしながら見返す。

「俺はウソップ先生かよ。ほんとだって。」

ウソップ先生は、ロロノア先生の同僚で、嘘んこのおはなしがとってもうまい。

ロロノア先生はニヤニヤと笑いながら給食のおばちゃんを見ている。

だから給食のおばちゃんの目は、疑いの色に染まっている。

「いやいや、いくらなんでもコンビニで薪って。」

「ほーんーとーだって。コンビニの店先に薪つんであんの。」

「いやいやいやいや。」

「ほんとだっつうのに。」

「なにそれ、田舎トリビア?」

「トリビアになんのかよ、こんなの。」

「だって、コンビニで薪ってありえねぇ。」

「疑い深いな。」

「だっててめェの話を総合すると、てめェの田舎の人間は、みんな家に炊き出し用の大鍋持ってて、畑で里芋掘って、コンビニで薪買って、河原で豚汁食うんだろ?」

「あー、鍋はスーパーで借りる。」

「は?」

きょとん、と給食のおばちゃんが聞き返すので、ロロノア先生はまた、「スーパーで借りる。」と繰り返した。

「スーパーの店先に鍋が積み重ねられてる。あと、もう最近じゃ里芋も掘らねぇんじゃないかな。スーパーで芋煮会用の野菜がパックんなってる。」

「…なんでスーパーが鍋貸してくれんの?」

「鍋貸すから、芋煮の材料は当店で買ってね、って事じゃねぇか?」

「いやいや。」

「なにがいやいやだよ。」

「お前、ゾロじゃねぇだろう。ウソップ先生が化けてんだろう。」

ついに給食のおばちゃんは突拍子もない事を言い出した。

「なんでだよ!どうやったらこの鼻にあの長いのが化けれるんだよ、折り畳んで入れてんのか?」

ウソップ先生はお鼻がとっても長い。

「ありえねぇだろう!だって!てめェの田舎は何なんだよ! スーパーで鍋貸してくれて、コンビニで薪売ってんのか? それ、どこの国の話だよ!」

「花見にジンギスカン食うのも相当だろうが!」

「ジンギスカンは普通だろうが! 俺はこっち来て最初の春、ナミ先生に“こっちでは花見になに焼くんですか?”って聞いて、目を点にされたんだぞ!」

給食のおばちゃんは今でもよく覚えている。

は? 焼く?

ナミ先生は大きな目をもっと大きく見開いて給食のおばちゃんをまじまじと見たのだった。

「…だろうな。」

ロロノア先生は、思わずその光景を想像して笑ってしまった。

それを給食のおばちゃんがじろっと見る。

慌てて笑いをごまかしながら、

「あー、でもナミだってな。」

と言葉をついだ。

「あいつ、南なんだよ、田舎が。ちゃんぽん知ってっか?ラーメンみたいな海鮮の。それの名産地。」

うんうん、と給食のおばちゃんが頷く。

「ナミのやつ、こっち来てそれがどうしても食いたくてな。でも、こっちじゃあ、ちゃんぽん用の麺なんて売ってない。あれって、俺はよく知らねぇんだが、煮込むんだよな?麺を。生ラーメン煮込んだらぐたぐたになっちまう。そんでな、何を代用にするか知ってっか?」

「…煮込めるっつったら、うどん、とかか?」

「うどんじゃあ、食感がだいぶ違うだろう? あのな、焼きそばの麺使うんだと。」

「へー。」

「煮込んでも伸びにくいらしいぜ。」

「ああ、そっか…そうだな。言われてみりゃあ焼きそばの麺は表面を油で処理してあっからな。」

ほー、と給食のおばちゃんは感心したような声を上げた。

それから、「ナミ先生ったら、言ってくれれば俺がいくらでもちゃんぽん作るのにぃ♪」と体をくねくねさせた。

ナミ先生とかビビ先生とかがらみになると、給食のおばちゃんは本当にくねにょりんになる。

それを面白くなさそうに眺めながら、ロロノア先生は、

「チャンポンなんかいいから芋煮作ってくれ。芋煮。」

と言った。

「つったって、作るところが河原、っつーだけで、作るもんはふつーの豚汁なんだろう? 俺んちで豚汁食うんでいいのか?」

ジンギスカンだって、花見ながらこそのジンギスカンだぜ? と、給食のおばちゃんは言う。

「それだよなー。」

芋煮会してぇー、と、がっくりとうな垂れたロロノア先生を見て、給食のおばちゃんがちょっと笑う。

 

「来週の日曜日、河原で“芋煮会”すっか?」

給食のおばちゃんが言った言葉に、ロロノア先生はがばっと頭を上げた。

「ほんとか?」

「二人だけで、っつうのも寂しいから、ルフィとナミ先生にも声かけて。鍋は給食室の持ってけばいいしなー。」

でも材料費はお前もちな、とか、そんなに遠くには行けねぇぞ、そこらへんの河原だぞ? とか、そっけないように言いながら、給食のおばちゃんの目は優しい。

 

その目があんまり優しかったので、ロロノア先生は、うっかり給食のおばちゃんに抱きつきそうになった衝動を抑えるのに、すごく一生懸命にならなくてはならなかった。

 

 

 

 

後日、せいぜい4人くらいで、と思っていた芋煮会は、あれよあれよという間に、先生方全員と先生方の友達や彼氏や旦那さんや子供達と、給食室のパートのおばちゃん達まで混ぜての大宴会となってしまうのだが、それはまた別の話。

 

2004/12/09


またプチ話。
いつの間にか、しょっちゅう家に上がりこむようになっているロロノア先生(笑)
いつか給食のおばちゃん本人に上がりこむ日は来るのか(笑)

ちなみにこの話の中のエピソードは、ひとっつも嘘は書いていません。

ほんとにコンビニで薪売ってるんだってば!


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