給食のおばちゃんサンジと幼稚園のロロノア先生


 

□ ロロノア先生のお誕生日 その3 □

 

サンジは給食のおばちゃんだ。

給食のおばちゃんだから、毎日毎日、みんなにおいしいご飯を作ってくれる。

みんながおいしいって言ってくれて、残さず食べてくれることがおばちゃんは一番嬉しい。

おばちゃんのご飯おいしいよ、って言われると、嬉しくてにこにこしてしまう。

おばちゃんのご飯もっと食べたいよ、って言われると、いっぱいご飯を作ってあげたくなってしまう。

お腹がすいたって言われたら、お腹いっぱい食べさせてあげたくなる。

この世の中から、お腹のすいた子供が一人もいなくなればいいのに。

おばちゃんはそんなふうに思ったりもする。

だって、お腹がすくと、すごく悲しくなって泣きたくなるから。

おいしいものを食べると、それだけで幸せなあったかいきもちになれるから。

 

そんなわけで。

おばちゃんは今、おいしいご飯を作っていた。

可愛い園児達のためでなく、むっさいムキムキマッチョのドンファンさんもどきの為に。

 

 

 

ロロノア先生は幼稚園の先生だ。

ムキムキでマッチョなロロノア先生は、毎日子供達をぶらさげて歩いてる。

毎日エンジン全開フルスロットルで貪り遊ぶ子供達は、生意気で可愛くて大切だけれど、何しろ相手は加減を知らないで全力で向かってくるものだから、さすがのロロノア先生もちょっと体力の限界を感じたりもする。

そんなロロノア先生の一日の楽しみは、給食の時間だった。

ここの幼稚園の給食はほんとにおいしい。

一人暮らしで彼女もいないロロノア先生は、朝はカロリーメイトだし、夜はコンビニ飯だ。

だから、給食のおいしさは格別なような気がする。

先生達用の給食は、当然子供達の給食よりもずっと量も多かったけれど、ロロノア先生はいつもぺろりと食べてしまって、ちょっと物足りないなあって思ってた。

 

そんなロロノア先生の目の前で。

給食のおばちゃんが、今、ロロノア先生の為だけのご飯を作ってくれている。

 

 

 

 

幼稚園の戸締りをして、門の鍵を閉めてから、ロロノア先生は自分の車に給食のおばちゃんを乗せた。

おばちゃんが車に乗り込むと、ふわん、と甘い匂いが車内に広がった。

とたんにロロノア先生の心臓が、きゅうっと音をたてた。

こんなことにはとっても疎いロロノア先生だったけれど、給食のおばちゃんから甘い匂いがしたくらいで、こんなところがきゅうってなるのは、ほんとは良くないことくらい知っている。

だって給食のおばちゃんは男だ。

 

男の子同士は結婚できないよ? って、ロロノア先生はこないだシャンクス君に教えてあげたばっかりだ。

シャンクス君はベックマン君とおおきくなったらけっこんするんだ、って言ってた。

でもシャンクス君は、確かちょっと前までマキノちゃんと結婚するって言ってたし、その前はミホーク君と結婚するって言ってたような気もする。

 

「…お前んち、鍋とかある?」

不意に給食のおばちゃんが聞いて来たので、ロロノア先生は、

「なくはないけど。」

と答えた。

何しろ一人暮らしのロロノア先生、自炊といってもインスタントラーメンくらいしか作ったことがない。

だから、鍋といっても、台所にある火にかけるもんは、片手鍋とフライパンとやかんくらいだ。

ちなみに三合炊きの炊飯器は一度も使ったことがない。

そんな事を正直に答えると、

「やっぱりな。」

と給食のおばちゃんは言った。

 

「んじゃあ、行き先変更。俺んち、来い。」

 

 

 

そんなわけで、ロロノア先生は、今、給食のおばちゃんのアパートのお部屋に来ていた。

おこたに入って、台所に向かう給食のおばちゃんの後姿を見ている。

テレビもついているのだが、ロロノア先生の目はおばちゃんの後姿から離れなかった。

 

困ったなあ…、と、ロロノア先生は思った。

 

確かロロノア先生は、この給食のおばちゃんが嫌いだったはずだ。

だっておばちゃんは、初対面で、ロロノア先生の顔を見るなり、「ちっ」と舌打ちしたのだ。

そんで「なんだ。ヤローかよ。」とちんぴらのように吐き捨てた。

さすがのロロノア先生もムカついた。…はずだった。のに。

 

その後知ったが、給食のおばちゃんが男を粗末に扱うのは、ロロノア先生に限ったことではなかった。

給食のおばちゃんは、男は誰でも、園長先生に対してさえ、わけへだてなく態度が悪かった。

そのかわり、ナミ先生やビビ先生にはデレデレとやに下がった顔を見せる。

なんというか、その天晴れなほどの潔さに、ロロノア先生はむしろ感心してしまっていた。

 

要するに、こういうキャラクターの奴なんだ、と、一度給食のおばちゃんのスタンスを受け入れてしまうと、ロロノア先生には給食のおばちゃんを嫌う理由がなくなってしまった。

何しろロロノア先生は、幼稚園バスの中で子供達に囲まれる給食のおばちゃんを毎日毎日見ている。

バスを待ってる時は、ぽけっとした無防備な顔が、子供達の顔を見たとたん、にぱあって、あほっぽくてガキくさい顔になるのを。

子供達にたかられて、にこにこしながら子供たちと一緒に「おはようのお歌」を歌う姿を。

あのやたらと無垢な…無防備な、顔を。

 

あの無防備な顔を、ロロノア先生は密かに気に入っていた。

必要以上にガラが悪かったり、過剰なほどに女に甘かったりする給食のおばちゃんの、一番素の部分はこんな子供っぽい笑顔なんだろうなあと思っていた。

 

その笑顔が、ロロノア先生に向けられる。

どこか熱に浮かされたような、とろんとした目で見上げてくる。

甘い匂いを纏いながら、車に乗り込んでくる。

鼻歌を歌いながら、ロロノア先生の為に料理を作ってくれてる。

おばちゃんの手元で、お鍋がくつくつとおいしそうな音を立てていて、もっとおいしそうな匂いが部屋中をふんわり包む。

 

困ったなあ…。ロロノア先生はまた思った。

自分の気持ちが困った。

これは男である給食のおばちゃんに抱いていい感情じゃない。

 

ほんとに困った。

 

台所に立つ前、おばちゃんは、

「和食と洋食、どっちがいい?」

と聞いてきた。

ロロノア先生は「和食」と答えた。

答えてしまった瞬間に、ロロノア先生は自分の気持ちに気がついてしまった。

和食、なんて、男に対してリクエストする料理じゃない。

恋人とかに対してするリクエストだ。

それも、充分に結婚とかを意識した恋人に。

和食っていうのは、それだけの威力を持つ料理だ。

なんとも思ってない女でも、肉ジャガが美味かったら、うっかり嫁さんにすることを想定してしまったりする。

そういうチカラを持った料理だ。

 

困ったなァ…。これで何度目になるのかわからない、困った、を心の中で呟きながら、ロロノア先生は台所に立つ給食のおばちゃんの後姿を眺める。

もうおうちに帰ってきてるから、給食のおばちゃんは、おなじみのピンクの割烹着は着ていない。

生成りのシャツと、ジーパンだ。

ちょうどロロノア先生の目の高さ、数メートル先に、給食のおばちゃんのお尻が揺れている。

あの細腰から、あの強烈なキックを繰り出したんだよなあ。

あんなにちっちゃな尻してんのになあ。

なんつーか、小さくて締まってて、撫でてみたいような尻だよなあ。

ぷりぷりしてて可愛い…、とそこまで考えて、ロロノア先生は、ハッとして頭をぶんぶん振った。

 

「ほんと困った…。」

今度は小さく呟いてみた。

おばちゃんに聞こえないくらい、小さく。

 

 

 

ロロノア先生の前に、どんどんおかずが並べられていく。

「とりあえず、前菜な。じゃこと野沢菜と大根おろし和えたもん。ちょっと柚子入ってる。」

ことん、と小さな器が置かれる。

「里芋と鶏ひき肉煮たの。」

ほわっとお醤油の匂い。

「銀たらの照り焼き。」

飴色に色づいたおいしそうなお魚。

「豚肉のしょうが焼き。」

お肉だ。キャベツもたっぷり。

「小茄子の酢味噌和え。」

これも小鉢でことん。

「アスパラの胡麻和え。」

ことん。

「ほうれん草の白和え。」

ことん。

「大根ときゅうりの…」

 

「ちょちょちょちょ、ちょっと待て!」

あまりのおかずの多さに、ロロノア先生はびっくりした。

「あ?」

「いくらなんでもこんなには食えねぇ。」

この短時間でこれだけの量のおかずが出てきた事には感心するが、それはそれとして。

「え?」

きょとん、とした顔をする給食のおばちゃん。

その顔も可愛いなあ、とかうっかり思ってしまうロロノア先生はもう末期だ。

「あ、そっか。」

不意におばちゃんはくすくすと笑いだした。

「給食を足りねぇとか言うから、てめェもルフィ並に食うのかと思った。いいガタイしてるし。」

「ル、フィ?」

給食のおばちゃんが園長先生を呼び捨てにした事に気がついて、ロロノア先生は訝った。

「ああ、悪ィ。園長先生、だな。」

確かに園長先生はバカみたいによく食べるが、給食はみんなと同じ量を食べている。

幼稚園でバカみたいに食うことはしてないはずだ。

「親しいのか?ルフィと。」

今度はロロノア先生が園長先生を呼び捨てにして、給食のおばちゃんが目を丸くした。

「そういうゾロ先生こそ。」

「ゾロでいい。俺はルフィとナミとは大学が一緒だったんだ。」

ロロノア先生がそう言うと、給食のおばちゃんは「ああ、なるほど。」と言って、にやっと笑った。

「てめェもあれか、ルフィに乗せられた口か?」

「ん、まあ、そんなとこだな。」

ロロノア先生は、幼稚園教諭免許を持ってはいたが、元々幼稚園の先生になるつもりはなかった。

ロロノア先生は小学校の先生になるつもりだったのだ。

それを、大学の頃から、「俺は俺の幼稚園を作って園長先生になる。」と言い張っていた園長先生が、むりやり誘ってきたのだ。

ナミ先生もそうだ。

園長先生が自分から声をかけて、自分の幼稚園に誘って、ついでに自分のお嫁さんにしてしまった。

「ってことは、てめェもか?」

ロロノア先生が給食のおばちゃんに聞くと、おばちゃんはまた笑った。

「そう。ある日突然うちの店に来て、“お前、うちの幼稚園の給食のおばちゃんになれ”って。」

そして、思い出したのか、ゲラゲラと笑いだした。

「“うちの店”?」

「ん、俺んち、レストランやってんだ。駅前のバラティエって欧風レストラン。」

「バラティエ!?」

ロロノア先生ですら知ってるほどの、大きなレストランだった。

そりゃあ、作る飯が美味いはずだ、とロロノア先生は納得する。

 

それから二人は、おばちゃんの作った料理を二人で食べながら、たくさんお話をした。

作りすぎたおかずを下げると言うおばちゃんに、ロロノア先生は全部残さず食べます宣言をして、そうして本当に全部残さず食べた。

給食とは違って大人の人用に味付けされた料理は、本当にビックリするほどおいしくて、ロロノア先生は、量が多いのも忘れて平らげた。

最後に、おばちゃんが給食室で作ってくれたケーキが登場した。

「ロウソクなんていい!」

「何言ってんだよ、誕生日はロウソクだろうが。何本だ?ん?みっちゅか?よっちゅか?」

「なんでだよ!」

ロウソクを立てる立てないで揉めて、結局ロロノア先生が折れた。

ロロノア先生の歳を聞いた給食のおばちゃんは、「んだ、タメかよ。」と、目を丸くした。

給食のおばちゃんは、ロロノア先生が年上だと思っていたらしい。

同い年だと知った給食のおばちゃんは、そこから遠慮なくロロノア先生を「ゾロ」と呼び捨てにした。

給食のおばちゃんにケーキを切り分けてもらって、二人で食べた。

ティラミス風のミルクレープは、甘くてほろ苦くて甘酸っぱかった。

おばちゃんが開けてくれたブランデーが、よく合った。

「このケーキには200gのレバーが入ってます。」

給食のおばちゃんがニヤニヤしながら言った。

へぇ、とまたへぇボタンを押しそうになったロロノア先生だったが、給食のおばちゃんのニヤニヤ笑いの意味に気づき、自分もにやっと笑い返した。

「俺、レバー食えるぜ?」

「なんだ、つまんねぇ。」

レバーは大人でも苦手な人が多い。

子供なら尚更だ。

「んでも、全然わかんねぇ。どこに入ってたんだ?」

作り方も見てたのに、レバーなんて全然出てこなかった。

「タッパに入ってたチョコレート覚えてるか?」

給食のおばちゃんがしたり顔で笑っている。

「あのチョコか!」

「そう。」

給食のおばちゃんが冷蔵庫を開いて、給食室で見たものと同じ、アルミケースに入ったチョコレートを持ってくる。

「食ってみ?」

言われるままにロロノア先生がチョコレートを口にした。

そうと思いながら食べても、全然わからない。

普通の手作りチョコレートだ。

「ふつーのチョコだな。うまい。」

ロロノア先生の、うまい、のセリフに、給食のおばちゃんの顔が、にぱっと笑う。

そうか。うまいって誉めるとこんな顔になるんだ。

「今度…。」

おばちゃんが囁くように言った。

「ん?」

「今度、新作できたら…、てめェにも食わせてやる。」

そして、ふわん、と笑う。

その笑顔に、ロロノア先生もにやん、と笑った。

 

いい誕生日になったな、と思った。

 

明日、幼稚園に行ったら、シャンクス君に謝ろうと思った。

そして、男の子同士は結婚できないかもしれないけど、シャンクス君がほんとにほんとに好きなら、きっとその気持ちは大切にしていていいものだと先生は思うよ、って言ってあげよう。と思った。

 

2004/11/22


ロロノア先生お誕生日おめでとう。
と、あと、くしくも本日発売の週刊ジャンプ誌上で、尾田先生のご結婚が発表されましたので、それもおめでとうございます。


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