ギョーカイdeゾロサン
誰もいない夜のオフィスに、かたかたとキーボードを叩く音が静かに響いている。
若者ばかりが集まった、新進の番組制作会社「(有)ゴーイングメリー」のディレクター、サンジは、パソコンを叩く手をふと止めて、ため息をついた。
モニタばかり一生懸命見ていたら、少し目が疲れた。
メガネを外し、少しこめかみを揉んでみる。
メガネをかけ治してちらりと時計を見ると、もう10時を回っていた。
正直言って帰りたい。
帰りたいが、今打っている週末の公開録音の進行フォーマットが打ち終わらなければ、帰りたくても帰れない。
サンジの性格上、家に仕事は持ち帰りたくないのだ。
とりあえず小休止を取ろうと、立ち上がる。
腰をえいっと伸ばしてから、部屋の隅のコーヒーメーカーに近づき、カップホルダーにプラカップを入れ、コーヒーを注いだ。
一日中かけっぱなしのコーヒーメーカーに残ったコーヒーは、煮詰められてて温度は熱いが味はまずい。
思わず、「熱っ」と「まずっ」を口走り、「何時間煮込んでたんだ、こりゃ。」等と、サンジは一人ごちる。
それからサンジは、コーヒーメーカーの隣に重ねてある銀のアルミの灰皿を取って、席に戻った。
パソコンのCDのスイッチを入れて、CDトレイを出す。
トレイの中央の空いた穴に、灰皿を入れた。
何故かこのCDトレイという奴は、中央の穴に、この銀の灰皿がジャストフィットする。
場所といい、高さといい、タバコを吸いながらパソコンをいじるのに、ちょうどいい灰皿受けになる。
昼間これをやると、女の子達にしこたま怒られる。
ついでに同僚にもしこたま怒られる。
社長くらいだ。笑いながら見てるのは。
それもどうかと思うが。
どかっと椅子に座り直して、タバコに火をつけ、今まで打っていたフォーマットを頭からざっと見直す。
首から下げたストップウォッチを片手に、自分の書いた原稿を読み上げる。
「『こんにちは♪ “グランドライン・アドベンチャーズ”、パーソナリティーのナミです♪ 今日はスタジオアラバスタから王下七武海のライブを生放送でお送りします♪』」
真夜中の誰もいないオフィスで、男が一人くわえタバコで素っ頓狂な裏声でしなを作って喋っているのは、端から見るとかなり寒い。寒いしキモい。
自分でも内心キモイなぁと思いながら、サンジの一人DJは続く。
喋りの時間を正確に計るのは、実際に喋ってみるのが一番いいからしかたがない。
頭の中で読んだのと、実際に喋ってみるのとでは、かなり時間に差が出る。
おまけにちゃんと喋り手として喋るのと、ただだらっと読むのとでは、間合いもスピードも全然違ってくる。
しかもサンジは、ディレクターだが自身も喋り手であるため、頭で原稿を考えるのより、喋ってしまった方が校正もしやすい。
喋りの時間を正確に把握しておかないと、尺が足りなくなったり余ったりする。
生放送でそういう失敗は許されないのだ。
時間を見誤ったとしても、当日の喋り手のナミは、もうこの世界ではベテランに入る。
自分のプライドにかけて、きっちり喋りは尺に治めるだろう。
治めるだろうとは思うが、サンジとしては、できたら喋り手には無理のない進行にしてやりたいなあと思う。
ディレクターとしても、フェミニストとしても。
そんなわけで、真夜中のオカマDJとなる。
一通り喋ってみて、手元のストップウォッチで時間を計りなおし、パソコン上のフォーマットの時間も直していく。
けっこう時間がずれたので、CMタイミングをとりなおし、修正していく。
細かく細かく直していくので、けっこう時間がかかる。
サンジは割とこういうのを細かく直していく方だ。
本来なら現場で喋り手自身が決めるアナ尻なども自分で決めてしまう。
─────あいつは生だろうが何だろうが大雑把だけどな。
と、ふと、もう一人のディレクターの緑頭が脳裏に浮かぶ。
ちらり、とサンジは、壁にかかった行き先予定表のホワイトボードに視線を走らせた。
[ロロノア]|[ロケハン 〜NR]
─────NO RETURN(直帰)、か…。
軽くため息をついて、サンジは再びモニタに向き直る。
その時だった。
廊下から、大きな足音がした。
階段を、2段抜かしで駆け上がってきていると思しき、足音。
サンジの知っている限り、こんな階段の上り方をする人間は、この社に一人しかいない。
大概の人間はエレベーターを使う。
─────NRじゃなかったのかよ。
サンジがドアに目をやるのと同時に、そのドアが開いた。
ひょいっと、今日は社に戻らないはずの顔が覗く。
「よ、お疲れさん。」
「ああ…。お疲れ。」
サンジは、ちらりと入ってきたゾロを横目で見ただけで、すぐにモニタに目を戻した。
内心は戻ってきたのが何となく嬉しいのに、それはなかなか表には出せない。
が、忙しなくキーボードをカタカタやっている風で、その手はカーソルを上下に動かしているだけで何も打ち込んではいない。
入ってきたゾロは、ふーっと大きく息をつきながら、肩から下げたバッグを下ろして、中からがさがさと書類とカメラを取り出した。
さすがに疲れたらしく、肩をコキコキと鳴らす。
「てめェ、NRじゃなかったのかよ。」
「あ〜、そのつもりだったんだがよ。下通りかかったら明かりついてたんで、てめェだろうと思って。」
てめェだろうと思って。
その一言で、うっかり口元が緩みそうになって、慌ててサンジは、メガネを直すふりをして、口元を抑えた。
「何か用か。」
それでも努めてそっけなく返す。
こんなことが嬉しいと、ゾロに気づかれるのは何となく癪だ。
ゾロはといえば、サンジのそんな様子には気がつかぬようで、「CM一本頼めねぇか?」等と言ってくる。
「喋りか? …コメントは?」
自身も喋り手であるサンジに、CMのナレーションの仕事が回ってくることは多い。
今回もそれかと思い、サンジは、台本をよこせ、とゾロに手を差し伸べる。
それを見て、ゾロがバツの悪そうな顔になった。
「あー…出来れば台本も作って。」
「あァ?」
チンピラのような顔つきで顔をあげるサンジ。
「ホンくらいはてめェで書け。何で俺がてめェの仕事何から何まで面倒見なきゃならねェんだ。」
この男は、よくこうやって、サンジに仕事を丸投げにしてくることがある。
CMのようなちまちました仕事が面倒くさいのだろう。
15秒にコメントをまとめる、という作業も嫌いときている。
「てめェ、飲み屋のCMみたいなの作るの得意だろうがよ。俺ァてめェみてぇにアホな単語思いつかねェんだよ。」
「何…?」
“アホな単語”に一瞬、かちーんときたが、それよりも何よりも、今、なんつった、こいつ。
思わず、ゾロの胸倉を掴んだ。
一瞬、ケンカを売られるのかとゾロが身構えるのが分かったが、そんな事かまっちゃいられない。
ゾロの口元に鼻をもっていく。
「酒くさっ…!」
決まりだ。
「てめェ…まさかロケハンてのは、飲み屋か!」
その瞬間、ゾロが、あ、しまった、という顔をした。
「ちくしょう!何で俺を連れていかねぇ!」
サンジが一生懸命仕事をしていた間、この男はロケハンと称してついでに呑んできたのだ。
「あァ? だっててめェは何だかのフォーマットあげなきゃならねェってぶつぶつ言ってたじゃねぇか。」
「何だかのフォーマットじゃねぇよ! 来週の公録のフォーマットだろうが! てめェだってスタジオのDだ、ボケが!」
「あー、わかったわかった。悪かった。」
サンジがちまちまと作っていたのは、公開録音の進行表だった。
公開録音の場合、収録現場を仕切るディレクターと、スタジオで進行を仕切るディレクターと二人いる場合がある。
今回は、ゾロがスタジオのディレクター、サンジが現場のディレクターになっていた。
だから本当は、このフォーマットだってサンジだけが一人で作るものではなく、ゾロと二人で作るものなのだ。
それをこの男は、ちゃっかり、「あー、てめェ、適当に作っといて」で、自分はずらかったのだ。
それで何をしてきたのかといえば、飲み屋のロケハン! 飲酒込み!
一瞬、蹴り殺したろか、と思ったサンジだが、それをぐっと抑えて、舌打ちだけで我慢してやる。
「……………………ロケハン行ってきた、っつうことはテレビ用だな?」
不機嫌そのもの、というような低い声で聞く。
しかしゾロはにやりとしたものだ。
「サンキュー。15秒だ。」
「概要とコンセプトは。」
「パブスナック“白ひげ”。おねぇちゃんはみんなミニスカ網タイツのナース。ショータイムあり。枠は深夜帯…」
「ちょっと待て。」
今、聞き捨てならない事を聞いた。
進行表の作成を押し付けられたとか、ロケハンと称して酒飲んでたとか、そんな事とは比べ物にならないほど恐ろしいことを、たった今、この耳が聞いた。
「ナース…だと?」
サンジのこめかみに青筋が浮いている。
「ミニスカ網タイツのナース…だと?」
サンジのこめかみに浮いた青筋が、一本、また一本と増えていき、それが繋がって、太い一本になる。
「つまりてめェは…ロケハンと称してミニスカ網タイツのナース姿のかわいこちゃん達に囲まれて、いい気分で酒かっくらってきやがりまくりましたと。そういうわけか。」
サンジの目が、完全に三白眼になっている。
ゾロの口が、「あ」という形になった。
「あ、えー… あー…。」
「そ う い う わ け な ん だ な ?」
睨むサンジから、ゾロは思わず目をそらした。
慌てて、言葉を紡ぐ。
「ロケハンだから、打ち合わせも込みだ。だから俺と呑んでたのは店のマネージャーだけだ。エースっつう調子のイイ男で…。」
「でも店内にはミニスカ網タイツのナース姿のレディ達がいたわけだな?」
「そらまぁ、…そういう店だし。」
がくり、と、サンジが床に膝をついた。
「ミニスカ網タイツのナース姿のレディ達をつまみに酒…… 」
ミニスカ網タイツ…ミニスカ網タイツ…と、うわごとのように何度もつぶやく。
さすがにゾロが薄気味悪くなり、「サンジ?」と声をかけて近寄ろうとすると、サンジがいきなりがばっと立ち上がった。
キッとゾロを睨みつける。
「てめェ、許せねェ! 表に出ろ!」
「…なんでそうなる。」
「当たり前だろうが!俺を差し置いてレディ達とっ…! しかもミニスカ網タイツ! ナース!」
サンジはもうなんだかうっすら涙目だ。
そんなサンジを見て、ゾロの目がにやりと笑う。
「あーわかったわかった。つまり妬いてるのか、お前は。」
「なんでそうなる!」
サンジの目は怒りに血走っている。
「そーかそーか、そんなに俺が恋しかったか。」
「脳みそ沸いてんのかてめェ!」
喚きまくるサンジに構わず、ゾロは、一つ歩を詰めた。
一瞬、サンジがびくりとする。
「馬鹿だな。浮気なんかするわけねえじゃねぇか。」
「人の話を聞けーーー!」
それでも引くわけに行かず、サンジは怒鳴り返した。
ゾロはニヤニヤしながら近づいてくる。
「俺にはお前だけなんだよ。」
「来んな!」
だめだ。声が上ずってしまった。
あっという間に腕をつかまれる。
「触るなっ!」
引き寄せられる。
「はーなーせーっ!」
もがく耳元に、ゾロが口を寄せた。
「…サンジ。」
その瞬間、サンジがびくっと体を震わせ、目を見開いた。
「…っ…離せっ…!」
強引に、ゾロが唇を重ねる。
「ん……ッ!!」
それでもサンジはしばらくじたばたとあがいていたが、ゾロはお構いなしに力任せに抱きすくめる。
やがて、観念したようにサンジが抵抗を止めた。
二人とも黙ったまま唇を貪り続ける。
「っ…ふ…」
やがて、サンジが、鼻から抜けるような甘い息を漏らすと、ゾロはほくそ笑んでその首筋に舌を這わせた。
サンジの体がのけぞる。
たったこれだけで、ゾロの与えてくれる快楽に震えてしまう自分の体がいとわしい。
ゾロの指が、器用にサンジのズボンのベルトを外し、ファスナーを下ろし、中に滑り込む。
「っ…ぁ… やめ、ろよ、ゾロっ…!」
慌てて、サンジの手がゾロの体を押しのけようと、動いた。
「やめていいのか? ん?」
ズボンに差し入れられた手が、淫猥に蠢いている。
「ま、まだ、ウソップが、スタジオに残って、る、んだ、よっ…!」
「あん?」
その言葉に、ゾロは壁のホワイトボードを見る。
[ウソップ]|[ST]
スタジオはオフィスの下の階にある。
もし、ウソップが作業を終えて戻ってきたら、こんなあられもない痴態を見られてしまう。
「…収録か? 完パケ?」
ゾロは聞きながらも、サンジを責める手を休めようとはしない。
「ぁっ… ぅ… パケ…」
根元からゆるゆると扱き上げ、滲み出た雫でぬるぬると先端を親指の腹で撫で回す。
もう、立ってるのも、辛い。
「10インチ?」
そ知らぬ顔で聞くゾロに、サンジは必死で頷く。
「何時に入った?」
「わ、かんな…っ…。い…ち時間…くらい、前っ…?」
時間制限のある番組収録などではなく、放送局におろすための完全パッケージ作りとなれば、それなりに時間がかかる。
番組によってオープンテープのインチは違うから、10インチ、といえば、社内ではそれが何の番組か誰でもわかる。
地方4局ネットの帯番組だ。
つまり同じ物を4本作らねばならず、その分時間がかかる。
「なら、大丈夫だ。奴の事だ。あと2〜3時間は上がってこねぇ。」
「あ、あっ…! やめ、ぁ、ああっ…!」
敏感な躰が、刺激に、びくりと震える。
「…てめェ、ほんとにエロいカラダしてるよな。」
「や、めろって、スーツ…汚れ、る…っ」
「じゃあ、脱いじまえよ。」
耳朶に噛み付くように囁かれ、サンジの躰がまた反応する。
ゾロが片手でサンジの陰茎を扱いたまま、もう片方の手でサンジのズボンを下着ごと滑り落とした。
「ケツずり落ちないようにちゃんと立ってろよ。」
ゾロは、サンジの躰をデスクに押し付けるようにして、前に回りこみ、しゃがみこんだ。
立ち上がっているそれを、咥え込む。
「っふ…!」
サンジが慌てて、後ろ手をデスクについて、自分の躰を支えた。
気を抜くと、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
会社で、こんな…
上はきちんとスーツを着て、ネクタイまでちゃんとつけて。
下はだらしなくズボンも下着も足首までずり落として。
デスクに後ろ手をついて、チンコを突き出すような格好をして、そのチンコを男に咥えられて。
俺、何、やってんだ…っ クソっ…
「足、開けよ。こっちも良くしてやるよ。」
ゾロの手がサンジの尻たぶを揉みながら、指先で尻の割れ目を何度もさすっている。
言われるままに、足を開く。
「なんだ。もうヒクついてんじゃねぇか。…欲しいのか?」
つぷり、と、指が差し入れられる。
「欲、しく、ない…っ! ウ、…っ…」
「強情だな。」
差し入れられた指が、いきなり、無造作に中を引っかいた。
「うあ…ッ!」
中を指でほじくられながら、陰茎を口で扱かれる。
「…っは、…ぁっ… ふ、ぅっ…! んっ…!」
気づかぬうちに、サンジは自分から腰を振っていた。
ゾロの口腔のぬめる感触を、躰で追いかける。
くくっと、咥えたまま、ゾロが笑う。
「ノリノリじゃねぇか。てめェも。」
笑いながら、立ち上がる。
立ったまま、後ろからいきなり、貫かれた。
「アウ… あ、あァっ…!」
快感と痛みで、脳天が痺れる。
くくっと耳元でゾロが笑う気配がした。
「サンジ、窓見てみろよ。」
「ま、ど…?」
言われるままに視線をめぐらせ、サンジは戦慄した。
ブラインドを上げた窓。
室内の明かりが反射して、鏡のように二人の姿を映し出している。
男に貫かれ、喘ぐ自分の姿。
その向こうに、隣のビルのオフィスの明かりがついているのが見える。
「ゾロっ… やめ… 外からっ…見えるっ…!」
隣、とはいっても距離があるのでお互いのオフィスが丸分かりなわけではない。
だが、人影ははっきりと見える。
こちらから見えるという事は、あちらからも…見える。
「離せ、ゾロ!」
「見せ付けてやれよ。」
挿れたまま、ゾロがどんどん窓ガラスに近づいていく。
「て、めぇ…っ! まじ、やめっ…! うあっ…!」
ぐり、と敏感なところを、抉られた。
「やめてほしくねぇみてぇだけどな、ここは。」
ゾロの楽しそうな声。
「あっ…! あ、てめ、オロス…クソ…っ!」
サンジの声は、瞬く間に喘ぎにかき消される。
「あァ?なんだって?もっとハッキリ言えよ」
ゾロがサンジの身体をガラスに押し付ける。
息で曇るガラス。
隣のオフィスで、人影が動く気配がした。
サンジのカラダが緊張する。
「びくついてんじゃねーよ。締まっていてェっての。」
ゾロがサンジの腰を掴んで、がんがんと突き上げてきた。
「ひッ… あ、うあ、ア ん、あ、あああ…っ!」
ゆすぶられた弾みに、サンジのメガネが外れ、軽い音を立てて床に落ちた。
そういえばフレームが広がっちまってたっけ。治しに行かなくちゃな…と、サンジは、快楽で混濁してくる頭で、ぼんやりと考えていた。
2004/03/27