刀@吐息の儀式
かたん…。
意識の外でしたその物音に、ゾロは緩く覚醒する。
─────来たか…。
目は開けず、息を詰めてそれを待つ。
仰臥したゾロの傍らに立つ、気配。
気配が、じっと己を見つめているのがわかる。
ゾロは、目を閉じたまま、それとわかるように小さく息をついた。
気配に、自分が起きている事を知らせるために。
ゆっくりと気配が動いて、しゅるり、と、ゾロの腕から、いつもしているバンダナが外された。
目隠しをされる。
いつものように。
いいからてめェは寝てろ、と耳元に微かな声で囁かれた。
─────見んな。俺を。
勝手な事を言っている。と、いつもゾロは思う。
けれどそれは口には出さない。
ただ、小さく、息をつく。
ため息とも、吐息ともつかない、小さな息を。
柔らかな感触が耳元に触れた。
ゾロにはもうそれが何の感触なのか分かっている。
サンジの、唇。
ゾロのピアスが軽い音を立てた。
柔らかな感触は、頬に触れ、首筋に触れる。
触れるだけ、だ。
けして舐めたり吸ったりしない。
羽根が触れるのよりも優しいキス。
そのキスは、絶対に唇だけには触れない。
耳か、首か、頬に、柔らかに触れるだけで去っていく。
そして、サンジの指が、シャツをたくし上げ、腹巻をずらし、ボトムを寛げ始める。
もう自分の下半身が、隠せないほどに熱くなってきているのをゾロは知っているから、何となくきまりが悪い。
けれどゾロは、身動き一つせず、サンジの手に己が身をゆだねる。
指先に止まった蝶が、逃げないように、身じろぎもせず息を詰めて見つめるような、そんな気持ちを抱きながら。
動いたら、逃げてしまう。
熱く猛っているそれが、外気に晒される。
ひんやりした指が、それに絡む。
幹をゆるゆると扱きたて、先端が、ねっとりと熱いものに包まれる。
それがサンジの口の中だと思うと、それだけでゾロは達してしまいそうになる。
あのプライドの高い男が、自分の体の上に跪き、自分のモノを舐めている。
あの、無類の女好きのはずの男が。
『眠れねェんだ。』
サンジが、夜中、甲板で一人の酒盛りに興じていたゾロに、そう言ってきたのが、始まりだった。
『眠れねェんだ。てめェの体、貸せ。』
そう言ったサンジの顔色はひどく悪くて。
サンジは、心配事やストレスが、すぐ睡眠に出る。
食料が足りない。天気が悪い。島が見えない。仲間の体調が悪い。仲間が倒れた。仲間が傷ついた。船長がアホだ。
ゾロにしてみれば些細な、と思えるような事までが、サンジの睡眠を妨げる。
口には出さなかったが、クルー達が皆、サンジを心配していたのを、ゾロは知っている。
みんなに心配させてる事を更に気に病んで、何とか睡眠を取ろうと船医に睡眠導入剤を処方してもらっていたサンジを、ゾロは知っている。
耐性のつきにくいはずの眠剤を処方してもらっていたにもかかわらず、効かなくなってきた、と勝手に飲む量を増やし、船医に怒られていたサンジを、ゾロは知っている。
あげくのはてに酒で眠剤を飲むというバカな真似をやらかして、死ぬよりも苦しい思いを味わったサンジを、ゾロは知っている。
サンジの薬の飲み方に危機感を抱いて、思わず、「この薬はたくさん飲んでも死ねないぞ」と口走ってしまった船医を、ゾロは知っている。
「眠剤っていうのは、多かれ少なかれ、みんな依存性があるんだ。だから、長期間の服用は、させられない。」とその愛らしい顔に沈痛な表情を浮かべていた船医を、ゾロは知っている。
だから。
だから、──────拒めなかった。
「眠れねェんだ。」と言いながら、しなだれかかってきたサンジを。
「てめェの体、貸せ」と言いながら、震える指でゾロの体に触れてきたサンジを。
拒めなかった理由は、たぶん、それだけではなかったけれど。
熱くぬめる感触が、何度も何度もゾロのモノを擦り上げ、ゾロの分身を、すっかり固く熱く育て上げると、それは唐突に去っていく。
そして、ごそごそと何か用意するような気配がややあって、サンジが、仰臥したままのゾロの躰に跨ってくるのがわかる。
『俺を見るな』といって目隠しをされたが、却ってゾロの五感は鋭敏になり、サンジの唇、サンジの舌、サンジの口腔、サンジの指先、サンジの呼吸、全てを生々しく感じ取る。
ゾロの躰に跨ってくるとき、サンジからは、軽い緊張が伝わってくる。
自分から誘っておきながら、こうして自分から男に跨っておきながら、いざ挿入しようという時になると必ず、サンジは躊躇うように、意を決しているように、緊張している。
まるで、行為に慣れない小娘のように。
ゾロのモノに手が添えられ、口腔よりももっとずっと熱く狭い孔に、あてがわれる。
く、ぷ… っと、ゾロの先端が、孔に押し入った。
「…ぅ…ッ…!」
サンジが小さく呻いた。
ひくつき、締め付けてくる、感触。
それだけで、ゾロのモノは暴発しそうになる。
その細腰を掴んで、力任せに突き上げたくなる。
その体を押し倒して、思うさま犯したくなる。
だがゾロはじっと我慢する。
それをする事を、ゾロは許されてないから。
最初から、サンジは、ゾロが自分の体に触れるのを、許さなかった。
『全部俺がやるから。てめェはただ寝てりゃいい。』
そう言いながら、ゾロの躰を押し倒した。
なすがままにされながら、ゾロは、「ケツは貸さねぇぞ。」とぽそっと言った。
するとサンジは笑いながら、
『てめェのケツ毛だらけのケツなんざ借りたくもねェよ。黙ってチンコ勃てやがれ。』
と言った。
人のカラダ貸してもらう身分で、えらい言いようだ、とは思ったが、笑いながら言うサンジの目が、全然笑ってなくて、それどころか、痛々しいほど悲痛な光を帯びていたので、ゾロは何も言わずにチンコ勃てる事に専念した。
専念しなくても、サンジの指に触れられただけで、あっさりとゾロのモノは勃ちあがった。
その時初めて自覚した。
自分が、目の前のコックにどうしようもなく欲情している事に。
それが、“溜まってるから”等という生理的欲求のせいではない事に。
想いに気づいた時には、躰を繋げてしまっていた。
想いは、快楽の中に中途半端に取り残された。
それからたびたび、サンジはゾロの体を借りに来た。
眠るために。
サンジの行為はいつも一方的だった。
一方的にやってきて、一方的にゾロに触れ、一方的に離れていく。
ゾロからは、何も求めない。
言葉も、愛撫も、心も、何も求めない。
ゾロが男部屋ではなく、今日のように格納庫や、甲板などで寝入ってしまったときに限ってサンジが来る、と気づいた時から、ゾロは、サンジに触れたいときはわざと格納庫か甲板で眠るようになった。
こんなに一方的な行為なのに、ゾロは、サンジへと加速していく自分の心を止める術を知らなかった。
ゾロのモノを深く咥え込んで、サンジが腰を上下させる。
「ん、…ぅあ… ふっ… 」
苦しげだった声が、次第に艶を帯びてくる。
ゾロを咥え込んだ狭い孔が、淫らに、誘い込むように蠢く。
「ふ… あ、アっ…! アァ…」
吐息と共に漏れる声。
普段のサンジからは想像もつかないほど、甘い声。
身動きせずに横たわったゾロの体の上で、サンジは淫らに腰を振る。
ツラがみてぇな… と、ゾロは思った。
サンジがどんな顔で自分の上で自分を咥え込んでいるのか、見たかった。
その目は閉じられているのか、それともゾロを見ているのか。
その瞳に、ゾロは映っているのか。
その心に、ゾロは住んでいるのか。
何故、ゾロを選んだのか。
成り行きなのか、ただ単にゾロしかいなかったからか、それとも。
ほんの少しでも、ゾロに想いをかけてくれているからか。
想いをかけてくれているなら、何故、サンジはゾロから何も求めない?
何故、ゾロにほんの少しでも意思の介在する事を許さないかのように、一方的に躰を繋げる。
顔が見たい。
その肌に触れたい。
その唇を貪りたい。
己の腕の中で、サンジの眠りを守りたい。
「あ、ああっ… んあっ あ、あ あっ…」
もし。
もし…サンジが、ほんの少しでも、望んでくれるなら。
あらん限りの想いを込めて、その体を抱きしめたい。
そして、二度と、離さない。
サンジ、と、思わず。
思わず、声に出さず、口の形だけで、呟いた。
その瞬間。
びくりとサンジの体が震えた。
「ひッ…、─────ああッ!」
きゅうっと急激に締まったサンジの中が、次いでびくびくと痙攣した。
ぱたぱたと温かな飛沫がゾロの腹の上に滴り落ちる。
──────何…?
気のせいかと、思った。
自分の口が動いた自覚はあった。
だが、声は出さなかったはずだ。
だから、気のせいかと、思った。
でも、もし。
もし、気のせいじゃなかったら。
サンジが行為の最中、ずっとゾロを見ていたとしたら。
ゾロが名を呼んだから、サンジがイッたとしたら。
「サンジ。」
今度ははっきりと、その名を呼んだ。
途端に、体の上の痩身がびくりと震えた。
気のせいじゃ、ない。
慌てて身を離そうとするサンジの腕を、無我夢中で掴んだ。
目を覆った黒布を、むしりとる。
──────もしサンジが、ほんの少しでも、望んでくれるなら。
サンジの顔は伏せられ、金髪に隠されて見えない。
ゾロは、まだ繋がったままの躰を、強引に引き寄せる。
──────あらん限りの想いを込めて、その体を抱きしめたい。
そして、二度と、離さない。
END.
2004/05/05
秋羽さんからのキリリク。お題「騎乗位」。
なんちゅーか、襲い受けサンジ。中のイラストは秋羽さんが絵掲に投下してくださったものでぃす。