【3】
麦わらのクルーが、“儀式を穢す”ことになったのは、ほんの少しの悪戯心からだった。
昨日、巫女様を乗せた神輿がそのまま島の奥へと入っていくのを見て、ルフィは面白半分に追いかけようとした。
それを、島民に止められた。
「麦わらの“まろうど”よ。ここより先は島民でも立ち入るのを許されない戦神の神殿です。どうぞお戻りいただいて、お祭をお楽しみください。」
その時その忠告を守っていれば、後の悲劇は起こらなかっただろう。
だが、いけない、と言われるものほど、興味を惹かれるものだ。
島民達と酒を酌み交わしていたゾロと、神話に興味を持って別行動をとっていたロビンを除いた麦わらのクルーは、島民の目を盗んで、神殿に入り込んだ。
神殿は山深い森の奥にあり、神殿まで続く細長い道は、ずいぶん手前で、注連縄が張られて一般の進入を禁じていた。
それを越え、神官姿の見張りの目も盗んで、麦わらのクルーは奥へ奥へと入っていった。
そうして、神殿に入り込んだルフィ達が見たものは、満座の観衆の中、祭壇の上で犯される巫女の姿だった。
両手は頭上に引き上げられ、細い何本もの鎖で高く縛られている。
両足は大股に開かされ、足首にも同じような何本もの細い鎖が絡みついている。
そうして立ったまま、巫女は、屈強な男に後ろから犯されていた。
それを、仮面をつけた何人もの男達が、取り囲んで見ている。
「やあ、あああっ、ああああっ!!」
巫女は、顔を涙でぐしゃぐしゃにして、髪を振り乱して喘いでいる。
可憐といえるほど華奢な肢体が、筋肉隆々の男に犯されているのは、麦わらのクルーの目には、いかにも惨たらしい所業に見えた。
怒りに駆られたルフィとサンジが地を蹴ったのはほとんど同時だった。
「ゴムゴムのぉ〜バズーカ!!」
闖入者に気づいて気色ばむ仮面の男達をルフィが薙ぎ倒す。
「ウソップ、火薬星ィ!」
ウソップの火薬玉が炸裂する。
「ムートン・ショット!!」
その隙にサンジが祭壇に駆け上がり、巫女を犯している男を一撃で蹴り倒す。
チョッパーの蹄が巫女を拘束した細い鎖を断ち切る。
崩れる巫女の体を、ナミが、助け起こした。
「しっかりして! 大丈夫?」
何が起こったかわからない、というように茫洋とした目でナミを見た巫女は、次の瞬間、金切り声で絶叫した。
「いやああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」
麦わらのクルーは、最初、それが、レイプのショックからの悲鳴だと思った。
けれどそうではなかった。
いきなり、ナミは強い力で巫女に突き飛ばされた。
驚くナミを尻目に、巫女は、性急に自分の股間に手をやり、陰部に指を差し入れて、引き抜く。
その指には、うっすらと破瓜の血がついていた。
「あ……………………!!」
巫女ががたがたと震えだす。
「ない………、神の雫が…、私の中に…まだ……………!」
そして祭壇の下に倒れている、さっきまで自分を犯していた男に気づき、ひいっと引き攣った悲鳴を上げ、転がり落ちるように祭壇を降りて、その男の傍に跪いた。
「いや…、いやよ。ねぇ、しっかりして…! いや…、こんなのいやあっっ!!」
必死で男の名前を呼びながら、巫女は男の体を揺さぶる。
それはどう見ても傷ついた恋人を案じる姿にしか見えず、麦わらのクルーは戸惑った。
巫女の傍らに、ルフィに倒された仮面の男の一人がよろよろと近づく。
巫女がぎくりと振り向いた。
「お、お願い、続けさせて…、儀式を、続けさせてください…! まだ、私はまだ…!」
仮面の男に訴える巫女の姿は、がたがたと震え、真っ青になっている。
「儀式は穢された。」
仮面の男が重々しく言った。
巫女の全身がこわばる。
「戦士はお前の中に注いでいない。お前は巫女の資格を失った。」
その言葉を聞いた瞬間、巫女は、地面に突っ伏してわあわあと泣き始めた。
暴漢から哀れな少女を救ったつもりでいた麦わらのクルーは、目の前の展開がわからず、ただ呆然としている。
巫女は、泣きながら、何度も何度も昏倒した男を揺さぶり、
「起きて…、ねぇ、起きて…! お願い、儀式を…!」
と、半狂乱になっている。
そして、やおら麦わらのクルーに向き直り、
「私の儀式を返して!! 返してよおおおおおッッッ!!」
と絶叫して、男の体に取りすがって号泣した。
絶句しているルフィ達に、仮面の男の一人がゆっくりと近づいた。
「私達はあなた方を心からもてなしたのに、何故あなた方は神聖な儀式を穢しなさった。“まろうど”よ…。」
仮面を外したその男の目からは、滂沱の涙が滴り落ちていた。
荒ぶる神の怒りがあった。
一日目に大地を焼き、
二日目に海を腐らせ、
三日目に太陽を隠した。
空は夜になり、大地は死に絶えた。
四日目に彼方よりまろうど来たる。
荒ぶる神はまろうどを宙に繋ぎ、これと交わった。
まろうどの体内に注がれた神の雫が地に滴った。
干上がった大地は潤い、霊樹が生えた。
霊樹は大気を浄化し、水脈を産み、作物を生み、人々を産んだ。
まろうどは天に昇り、月神となって、夜空に灯りを戻した。
荒ぶる神の怒りは静まり、天に月のある限り二度と再び怒りで大地を焼かないと月神に誓った。
荒ぶる神は戦神となりて此地を収めた。
この島では、年に一回、全く月の出ない新月の夜が、一週間続く。
天に月のある限り、戦神は荒ぶる神に身を変えない、と誓った。
だから、天に月の無い一週間は、月神が戦神を訪っているものとして、この島では神話を模した儀式を“臥月祭”として行う。
そうしなければ、再び大地は荒ぶる神によって焼かれるだろう、とこの島の民は信じていた。
麦わらのクルーが穢したのは、月神の巫女が戦神の寄坐と祭壇の上で交わる、という、まさにその神聖な儀式だった。
娘は、レイプされていたわけではなかった。
「悪かった。ごめん。」
打ちひしがれる島民達を前に、麦わらの船長は素直に頭を下げた。
だが、島民達の沈痛な面持ちは変わらなかった。
最初にルフィ達の前に進み出た男は、この島の太守だと名乗った。
「麦わらのまろうどよ、あなた方に海賊の掟があるように、我らの島にも守らねばならぬ我らの掟があります。
それでも我らは、我らの掟でまろうどを惑わせぬよう、まろうどを留め置くための祭をし、島の最奥の神殿にて儀式を行ってまいりました。
それなのにあなた方は、禁を犯し、神殿を暴き、儀式を穢した。
儀式を穢すはこの島にとり最大の禁忌であり、大罪。
船長として、この罪、購う覚悟はおありでしょうか。」
太守の静かな問いに、船長は「悪かった。何でもする。」と応じた。
「ならば、あなた方のクルーで、まだ身の内に男の精を受け入れた事のない乙女を儀式の巫女としてお貸しください。」
その瞬間、ナミが引き攣った悲鳴を上げた。
「まままま待てよ、巫女って事は…さっきのあれをやんなくちゃなんないんだろう…?」
ウソップの言葉に、
「何だと、てめぇらァ!」
すぐにサンジが気色ばむ。
「それはできねェ。」
ルフィもすぐさま突っぱねた。
「約束を違えると?」
「そんなつもりはねぇ。だけど、あの巫女と同じ事をさせるつもりなら、クルーは貸せねェ。」
「麦わらのまろうどよ、我らの儀式はまろうどによって穢された。されば、神の怒りは神話と同じくまろうどの身によって鎮めるが道理と心得ます。」
「でもダメだ。ナミは貸せない。」
「我らが島を穢したまま見捨てるおつもりですか。」
「そんなつもりはねぇ。俺にできることなら何でもする。でもナミだけはだめだ!!!」
常になく、ルフィが冷静さを欠いていた。
子供のわがままのように「だめだ」を繰り返す。
ああ、そういえばこの男はそうだった。と、サンジは思う。
クルーの事となると、ルフィは熱くなる。
あとで厄介なことになるとわかっていても、何でも丸抱えにしてしまう。
サンジは口の端だけで微かに笑った。
ゆっくりとタバコを咥え、火をつける。
「まァ、待てよ。」
太守と船長の間に、静かに割り込んだ。
「その巫女とやら、レディでなけりゃいけないのか?」
「いいえ、月神は両性具有神。身を穢されていない成人前の者ならば、男の巫女でも構いません。」
「あっそ…。」
ふー、っと煙を吐き出す。
「なら、俺がやってやろうじゃねェか。その巫女とやら。」
その場に静かな緊張が走った。