∞ カムバック・サーモン ∞
焼き鮭が食いてェなぁ。
もさもさと夕飯を食いながら、ロロノア・ゾロは思った。
今日の夕飯は、サーモンステーキ、シャリアピンソースがけ。
シャリアピンソースとやらが何なのか、ゾロにはさっぱり分からなかったけど、飯がうまい事だけはわかる。
というか、飯がまずかった事など、コックがこの船に乗るようになってから、ただの一度も、ない。
にもかかわらず、ゾロは思ってしまうのだ。
焼き鮭が食いてェ。
今日みたいに、夕飯が鮭だったりすると、なおのこと思ってしまう。
こんな風になんちゃら言うソースとか、かかってなくていい。
パセリとか、レモンとか、飾って無くていい。
ゾロが食べたいのは、サーモンステーキでなく、焼き鮭なのだ。
鮭の切り身に塩を振って焼いただけの、いわゆるおべんとのおかず的鮭。
フライパンじゃだめだ。
絶対に炭火で網焼きだ。
皮は、ぱりっぱりに香ばしく、けれど決して焦げてはいけない。
身は、ふっくらと柔らかく、ピンクの身に箸を入れるとほっこり湯気が上がる。
味付けは塩だけ。
それだけで、魚の甘味が引き立つ。
皮目と身の間からは、じゅわっと脂が沁みてくる。
ぱりぱり、ふっくら、ほこほこ、じゅわっ
それを炊き立てのあっつあつの白飯に乗せて、はふはふ言いながら喰らいたいのだ。
ぱりぱり、ふっくら、ほこほこ、じゅわっ、あつあつ、はふはふ。
何も遠慮してないで言えばいいんだろうと思う。
コックに。
焼き鮭が食いてェ、と。
なのにゾロはその一言が言えない。
何でだか言えない。
今日みたいに、手に入れた鮭を最大限においしく食べてもらおうと、鮭の身を酒につけたり、小麦粉をたたいたり、ネギをちまちまと小さく刻んだり、フライパンにバターを放り込んで鮭をじゅーっと言わせた後に惜しげもなくいいワインを使ってファイヤー!とかなったり、皿に盛り付けた後もレモンを飾り切りして乗せたり、パセリを散らしたりしてるコックを目の当たりにしてしまうと、もっと言えなくなる。
実は今日の料理も、ゾロが「鮭が食いてェ」と言った結果、コックが作ってくれたものだ。
珍しくゾロが料理のリクエストなんかしたものだから、コックは、ちょっと驚いた顔をして、それから、嬉しそうに嬉しそうに微笑んだのだ。
ゾロが一瞬たじろぐほどの笑顔だった。
うわ、ってどきどきするほどの笑顔だった。
その時言えばよかったのだ、「焼きジャケ。塩で。」って。ちゃんと。
でもうっかり言いそびれたのだ。
言いそびれた結果、出てきた夕飯がこれだった。
美味いのだ。
確かにむちゃくちゃ美味いのだ。
泣かせる事に、やや和風の味付けなのだ。
本来ならソースは玉ネギだけを使うところを、長ネギも入ってるのだ。
そいでもってお醤油の香りもしちゃってるのだ。
バターとネギとお醤油の香りだ。
はっきり言って匂いだけで飯がイケる。
口に入れると柔らかな食感と、鮭の甘味。
真ん中へんだけがしっとりとレアに仕上げてあって、ちょいタタキ風だ。
外側と内側で食感も味も違う。
もっと飯が進む。
酒も進む。
すげぇ美味い。
皿の上のサーモンステーキは、なんだか楽しそうだ。
これを作っていたときのコックの機嫌のよさが目に浮かぶようだ。
きっと、にこにこしながら作ってくれてたんだろうなぁと思う。
もしかしたら鼻歌なんかも歌っちゃってたかもしれない。
ゾロの為に。
ゾロに喜んでもらうために。
そんなコックの一生懸命が、目の前のサーモンステーキからは漂ってくる。
今もコックは、ゾロの横にぴったりと張り付いて、サーモンを食うゾロの顔をじっと見つめている。
おいしい?おいしい? と顔の横に書いてある。
お預けをくらってる犬のようだ。
他のクルーが「おいしい」とか「うまい」とか言ってるのに笑顔は返すものの、コックはゾロの隣から離れようとしない。
たぶん、ゾロが食べ終わるまで、コックは離れない。
おいしい? ねぇ、おいしい?
見えざる尻尾をはちきれんばかりに振りながら、コックはゾロを見つめている。
だからゾロはもくもくと飯を食う。
言えない。
こんなコックに向って、「本当に食いたいのは焼き鮭でした。」なんて、とてもじゃないが言えない。
この料理もとてもおいしいんですが、僕の食べたいのは焼き鮭なんですよ、ということを、どう伝えていいかわからない。
ゾロは、ロロノア・ゾロという男がどんな男か、自分でよく知っている。
こんな時、脊髄反射に任せて口を開いてしまうと、絶対、「こんなごちゃごちゃかかったのじゃなくて、ただ焼いただけのシャケが食いてェ。」等という言い方をしてしまう。
それはだめだ。
今目の前にあるこの料理を否定してはいけない。
たぶん、そういう言い方をしてしまっても、コックは鮭を焼いてくれるだろう。
「うるせぇ、コックに文句つけんな。」くらいのことは反撃してくるかもしれないが、こと食事に関する事で、コックがクルーの注文を断ったためしはない。
だって、コックはコックさんだから。
多分、絶対、きっと、今度こそゾロの望むものを作ってくれる。
皮はぱりぱりで、身はふっくらほこほこの鮭を焼いてくれる。
でもその一方で、今この場でゾロの欲しているものを出せなかったことに、コックのコックとしてのプライドは、少し傷ついてしまう。
それはほんとにだめだ。
コックを傷つけてしまってはダメだ。
そんでまた結構、このコックはこんな事で実にたやすく落ち込んでしまったりする。
それだけはなんとしても避けたい。
だからゾロは黙る。
黙って飯を食う。
ひたむきに飯を食う。
もさもさと飯を食う。
コックの視線を痛いほどに感じながら飯を食う。
残さず食う。
上にかかったソースも舐めるように食う。
飾ったレモンも食う。
骨も一本残らず全部食う。
そんで食い終わったら、「うまかった」と「ごっそさん」を言うのだ。
そしたらコックはきっとまた、あの少し照れたような、ふんわりした笑顔を見せてくれる。
それが一番のごちそうだ。
それでいいや、もう。
それ以上のご馳走があるものか。
ああ、焼き鮭が食いてェなぁ・・・。
END.
2004/03/14
日記にUPしたものを加筆しました。
こっちに乗せるまでもないや、と思ってたんですが、気に入って下さった方がいたので。