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§ うそつきノーランド §

 

うそつきノーランド (北海民話「うそつきノーランド」より)

 

むかしむかしのものがたり

それはいまから400ねんもまえのおはなし

きたのうみのあるくにに モンブラン・ノーランドというおとこがいました

 

たんけんかのノーランドのはなしは いつもうそのようなだいぼうけんのはなし

だけどむらのひとたちには それがホントかウソかもわかりませんでした

 

あるときノーランドはたびからかえって おうさまにほうこくをしました

 

「わたしはいだいなるうみのあるしまで やまのようなおうごんをみました」

 

ゆうきあるおうさまは それをたしかめるため

200にんのへいしをつれて いだいなるうみへとふねをだしました

 

おおきなあらしや かいじゅうたちとの たたかいをのりこえて

そのしまにやっとたどりついたのは おうさまとノーランド

そしてたった100にんのへいしたち

 

しかしそこでおうさまたちがみたものは なにもないジャングル

 

ノーランドは うそつきのつみで ついにしけいになりました

 

ノーランドのさいごのことばはこうです

「そうだ! やまのようなおうごんは うみにしずんだんだ!!!」

おうさまたちはあきれてしまいました

もうだれもノーランドを しんじたりしません

 

ノーランドはしぬときまで うそをつくことをやめなかったのです

 

 

 

 

 

 

──────それから400ねんのつきひがたちました・・・

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

彼は軟禁されていた。

軟禁、というには、やや待遇がよすぎるかもしれない。

何しろここは一流ホテルのスィートルームだ。

けれど、彼はまさしく軟禁されていた。

 

彼一人が占領するにはあまりにも広く贅沢な、けれど完全なる密室の中で、彼は、どうやってここから逃げ出すか、一生懸命考えていた。

いや、本当のところは逃げ出すわけにはいかないのだ。

逃げ出すわけにはいかないのだけれど逃げ出したくてたまらない。

 

彼は、そーっと、部屋のドアを開けてみた。

ほそーく。

 

途端に、

「社長、どこへ行かれるんですか。」

声がした。

 

彼がげんなりしながら声の方を見ると、忠実なる秘書のコビー君とヘルメッポ君が、仲良く並んで仁王立ちになっていた。

彼はうんざりとため息をつく。

「えー、あー…、あ、そうそう、小腹がな、ちょっとすいて。」

「あと2時間お待ちいただければ、セクシーフォクシー社のフォクシー社長様との会食のお時間になります。それまで少々お待ちください。」

コビー君とヘルメッポ君は、二人して、社長をここから一歩も出さないぞ、という顔をしている。

「いや、待てねぇ!」

彼は、自慢の長い鼻をふんっと言わせて怒鳴った。

「どーせ会食なんて、食った気しないに違いないんだ。今食べたいすぐ食べたい。いいか、俺は今ここでなんか食べないと不機嫌になるぞ、にこりとも笑わねぇぞ。会食の間中ずーっと仏頂面して一言もしゃべらねぇからな。それがいやならなんか食わせろ、俺に!」

一気にまくし立てると、コビー君が、やれやれといった顔をした。

「わかりました。じゃあ、ルームサービスを取ります。社長は絶対にここを一歩も動かないでください。わかりましたねっ?」

ルームサービスかあ…と、彼はため息を付いた。

でもまあ仕方がない。

ここはいったん引くことにした。

 

部屋に戻り、彼は再び考える。

さてどうやって逃げ出そう。

ドアの外には、コビー君とヘルメッポ君がガードマンよろしく立っている。

しかしまだ逃げ出す余地はある。

何しろ今日は、一番手ごわい秘書室長は副社長に同行している。

コビメッポの二人は、やや融通が利かないほどに職務に忠実で生真面目だが、何しろまだ若い。

あと2時間で会食ということは、一時間半もすれば秘書室長も戻ってくることだろう。

そうすると逃げ出すのは難しくなる。

なんとしてでもその前に逃げ出さなくては。

さてどうしたもんか。

 

その時だった。

 

こんこん、とノックの音がした。

次いで、「ルームサービスです。」の声。

ドアを開けると、金髪の若者が、ワゴンを押して立っていた。

その後方には、相変わらず、コビメッポの二人が仲良く並んで立っている。

やれやれ。

彼は無言でルームサービス係だけを部屋に入れた。

金髪のルーム係は、ワゴンを押して部屋に入ると、テーブルの上に料理を丁寧に並べだした。

そのルーム係がコックコートを着ているのに気がついて、彼は、訝しんだ。

「このホテルはコックにルームサービスをやらせるほど人手不足なのか?」

すると、金髪の青年は、ぱっと振り向いた。

「あ、いや、あの…、ホテルマンは、ちゃんと、いるんだけど、その…。」

金髪のコックはうっすらと頬を赤らめながら、でもどうしてもあんたに会いたくて、と告げた。

「俺に?」

さて、おもちゃ会社の社長である彼に、こんな青年が会いたい用とはいったいなんだろう、と、彼は、金髪の若者を観察し始めた。

見たとこ10代後半から20代初めといったところ。

彼の会社のおもちゃを買う年齢ではなさそうだ。

むしろ彼の息子と同じくらいの年代で、…ははァ、そうすると就職先でも探しているのか。

彼の隠し子という心当たりはないし、自分をよく知っている彼は、目の前の若者がもしかして自分に懸想して…等とも考えなかった。

しかし、目の前でうっすらと頬を赤らめたこの様は、一瞬そんな勘違いをしそうな気にもなる。

なかなかに可愛らしい容貌をした若者だ。

金髪にひとえ瞼で、そのままだと取り澄ましたような気取った印象のある顔立ちなのに、眉毛がくるんと巻いていて愛嬌がある。

傍で見るコックコートは、あちこち食材のしみや焼け焦げなどができていて、若者がコックとしては長いキャリアを持っていることを窺わせた。

「あんた…、うそつきウソップ、だろ。」

若者の口から、もうずいぶんと昔の自分の二つ名が飛び出して、彼はまた驚いた。

もっとも、その名は、今でも同業者が彼を陰で悪く言うときには使われていたが。

しかし、目の前の若者からそういう負の響きは感じられない。

むしろ憧憬と尊敬を持ってその名が紡がれた事に、彼は気づいた。

だから彼は、にやりとした笑みを口の端に浮かべてこう言った。

「いかにもそのとおり。俺様が8千人の大海賊団を率いるキャプテン・ウソップだ。」

途端に目の前の若者は吹き出した。

「あァ…、ほんとにあんただ。」

嬉しくてたまらない、というように、若者は破顔した。

「俺、あんたの…すげェファンで…。あんたの本、全部持ってる。“嘘つきノーランド”も、“なにもない島”も。」

そういって彼を見上げる若者の目は、ヒーローを見る子供の無邪気なそれだった。

ほわっと彼の心が温かくなった。

 

 

彼がまだ「社長」ではなく、「うそつき」と呼ばれていた頃、彼は絵本作家だった。

彼の話は、いつでも荒唐無稽でとりとめもない夢のような話ばかりで、それらは、これもまた彼自身の手による、美しく可愛らしい挿絵ともあいまって、子供たちを夢中にさせた。

子供たちは皆、彼が大好きだった。

子供たちは、尊敬と親しみを込めて、夢のような話をまるで本当にあった話であるかのように紡ぎだす彼の事を、「うそつき」と呼んだ。

子供や、子供を持つ親ならば、彼の絵本に接した事のない者はいない、と言うほどだった。

しかし、それでもその頃の彼はまだ、一介の絵本作家に過ぎなかった。

彼を、世間的にも有名にさせたのは、ある年に彼が出した、一冊の絵本だった。

 

「うそつきノーランド」。

 

元々その話は、北海地方に昔からある、小さな民話だった。

うそつきと呼ばれた冒険家の話で、ノーランドは、自らのついた嘘のせいで最後は命を落とす。

だから嘘をつくのはいけないことですよ、という寓話の要素を含んだその話に、ノーランドと同じく「うそつき」の異名をもつウソップは、続きを書いた。

 

──────それから400ねんのつきひがたちました・・・

 

その出だしで始まる“続き”は、まず、ノーランドがどれだけみんなに愛されていたかで始まる。

人々にどれだけうそつきと言われようと、うそつきの一族と蔑まれようと、ノーランドの一族は誰一人、ノーランドを憎む事はなかった。

 

なぜなら みんなしっていたからです

ノーランドがいままで いちどもうそをついたことが ないことを

 

そして、世間には稀代の大嘘つきと呼ばれて蔑まれ、一族には類まれなる正直者として愛されたノーランドの死から、400年がたち、ノーランドの孫の孫のそのまた孫の、遠い子孫に、モンブラン・クリケットという男が生まれる。

クリケットは、一族から正直者として愛されたノーランドとはまるで違って、どうしようもないほどのうそつきだった。

 

うそばかりついて むらのひとたちをこまらせていたクリケットは

とうとう むらをおいだされてしまいました

 

追い出されながら、クリケットは「きっとノーランドの黄金を持って帰る」と言い続ける。

そして偉大なる海に小さなキャラベルで乗り出したクリケットは、まず、ぷかぷかと海面に浮かんでいた樽を拾った。

 

たるのなかには てとあしがびょ〜〜んとのびた へんなサルがはいっていました

「にくをとろうとてをのばしたら たるにはまっちゃったんだ もとにもどせなくなっちゃったよう」

そういってないています

 

手足がゴムのように伸びる変なサルを仲間にした後、クリケットは、今度はヤシの木が一本だけ生えた小島で、泣いている緑色のトラに出会う。

 

「おさんぽしてたら おうちがわからなくなっちゃったよう」

トラは そういって ないています

 

迷子の緑トラも仲間にして、航海を続けるクリケットの船は、ある日、船ごと大きな鯨に飲み込まれる。

鯨の腹の中には一匹の金色のアヒルがいて、これもまた泣いていた。

 

「こんなにいっぱいごちそうをつくっても たべてくれるひとがだれもいないよう」

そういってなく きんいろアヒルのめのまえには おいしそうなごちそうが たべきれないほどに ならんでいます

「それならぼくらがたべてあげる」

クリケットたちは おおよろこびで ごちそうをおなかいっぱいたべました

 

そして、そのアヒルも仲間にして、クリケットは、ノーランドの黄金を探し始めた。

人魚から、海の底でも息ができる不思議な鱗をもらって、クリケット達は何日も何日も、海の底で黄金を探し続けた。

しかし、黄金は見つからなかった。

疲れ果て、もうやめようか、と思いながら海から上がったとき、大きな大きな鳥が舞い降りてきて、突然、金色アヒルを鷲掴みにした。

 

びっくりしたサルが そのながいてをびょ〜んとのばして おおきなおおきなとりのあしをつかみました

それをみたトラが サルのしっぽにつかまります

あわててクリケットも トラのしっぽにつかまりました

 

そして鳥は、クリケット達をぶら下げたまま、どこまでもどこまでも空高く飛んでいき、ついに雲の上に出た。

雲の上には、ふわふわの雲でできた、大きな鳥の大きな巣があった。

 

クリケットたちは そのすをみてびっくり

すのなかには やまのようなおうごんが ぎっしりつまっていたのです

 

そして、クリケットは、黄金好きの鳥が、地上にあった黄金を、全て空に持っていってしまっていたのだと知る。

アヒルは、その羽根の色のせいで黄金と間違われ、大きな鳥につかまったのだった。

持てる限りの黄金を船に積み込んで、クリケットと3匹の仲間は村に帰る。

そしてクリケットは意気揚々と叫ぶのだ。

 

「おうごんはあったぞ!!!

おうごんは!! そらにあったんだ!!!

ノーランドは うそつきなんかじゃなかったぞ!!!!!!」

 

そのセリフで、物語は終わる。

 

ウソップが続きを書いた「うそつきノーランド」は、驚くほど売れ、彼は一躍時の人となった。

「うそつきノーランド」の売り上げでまとまった金を手に入れた彼は、小さなおもちゃ会社を設立する。

それは、ウソップの天賦の才で瞬く間に大きくなり、あっという間に彼は実業家と呼ばれるようになった。

そして、会社の反映と共に彼は多忙になり、彼はいつしか童話を書かなくなった。

「うそつき」ではなく、「社長」と呼ばれるようになった。

 

けれど、今でも彼の書いた童話は子供たちに親しまれている。

 

それでも、この金髪の若者のように、大人になってから、わざわざ訪ねてくれるような者は稀だった。

ウソップは、えへへ、とまるで子供のように笑って、

「オーイェイ、サンキュー。BOY。サイン? 握手? 熱烈キッス? あァ、一晩の伽だけは勘弁だぜ? 俺の操は愛する妻だけのものだ。」

とおどけて見せた。

今や大会社の社長とも思えないその軽口に、目の前の金髪の若者が笑い転げる。

「あー…やべぇ、まじで感動してきた。」

と胸に手を当てた後、若者は、慌てたように、ウソップをテーブルに導いた。

「すまねぇ、うっかりしてた。軽食ってことだったんで、サンドイッチとコンソメスープ。それとコーヒー。食ってくれ。」

「君が作ったのか? …ええと、」

「サンジ。」

「サンジ君?」

「サンジでいいよ。俺が作ったんだ。できれば食いきれないほどのご馳走を並べたかったんだけど。」

はにかんだように、サンジは笑った。

サンジの金髪に目をやって、ウソップは、

「ああ、そりゃあ、ここにはサルとトラがいないから食いきれねぇ。」

と答えたので、サンジはますます笑った。

 

言葉遣いはなっちゃいねぇのに人を不快にさせない若者だなあ、と思いながら、ウソップはサンドイッチを口にした。

レタスとトマトとベーコンのシンプルなサンドイッチなのに、もう一味コクがあって、そのくせ舌に残らないあっさりで、とにかくうまかった。

腕の確かな料理人だと、素直に思えた。

「こりゃうまい。」

この腕なら賞賛など聞き慣れているだろうに、ウソップがそう言うと、サンジは、褒められた子供のように、ぱぁっと顔を輝かせた。

「バターの代わりにアボガドを使ってあるんだ。俺のジジィ直伝だぜ。」

「じいさんもコックを?」

「おうよ。そりゃすげぇコックだったんだぜ。」

だった、と過去形である事に、ウソップはすぐ気が付いたが、何も言わなかった。

サンジは、しばらく、にこにことサンドイッチをほおばるウソップを見ていたが、やがて、「いけねぇ、長居しちまった」と、わたわたとワゴンを引き寄せた。

「あァ、いや、サンジ。ちょっと待った。」

最後のサンドイッチをむぐむぐ食いながら、ウソップは慌てて部屋を出て行こうとするサンジを引き止めた。

「物は相談だが、サンジ。外の連中に気づかれないように俺をここから出しちゃくれねぇか?」

「え?」

「実は俺は腕利きのスパイで、悪のシンジケートに捕まっちまった。なんとかこの情報を本国に持ち帰りてェんだが、こう厳重な警備じゃどうしようもねぇ。」

もっともらしい顔でとうとうと話すウソップを、サンジは呆れたように見つめた。

 

「…本国に持ち帰りてぇ情報ってのは?」

 

「“ここのホテルのサンドイッチは素晴らしくうめぇ”。極秘重要情報だ。」

 

一瞬後には、二人で笑い転げていた。

 

 

 

それから10分後。

ウソップ社長の部屋のドアがかちゃりと開いて、コックコートを着たルーム係が、大きなワゴンを押して出てきた。

ルーム係は、部屋に向かって慇懃にお仕儀をすると、ドアを閉める。

廊下に仁王立ちになっているコビー君とヘルメッポ君にも一礼して、ワゴンを押して去っていった。

コビー君とヘルメッポ君は、自分達の前を通り過ぎるワゴンを、見るともなしに見ていたが、すぐに視線を部屋のドアに戻した。

今日はとにかく、絶対にここから社長を出さないのだ。

穴でも開きそうな視線で、ドアを睨み続けた。

 

 

当の社長は、ワゴンの中に隠れて、まんまと逃亡に成功したことも知らず。

 

2005/05/11

 


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