■ 裏切りの代償 ■
§ 背徳の愛 §
「くそっ…!」
ゾロは忌々しげに、壁を拳で殴りつけた。
滾るような憎悪と欲望を、本能に任せてあの痩身に叩きつけたはずなのに、ゾロの心は少しも晴れなかった。
それどころか、心の中に巣食った黒いシミが、大きさを増したような気すら、する。
サンジのせいだ。と思う。
サンジがまるで、今でもゾロに想いを残しているかのように、縋りついてくるから。
そんな事、あるはずがないのに。
ゾロを裏切り、去っていったのは、サンジの方なのだから。
部屋に押し入り、その痩身を乱暴に夫婦のベッドに押し倒した時、サンジはめちゃくちゃに暴れて、死に物狂いで抵抗した。
なのに、ゾロがその肌に指を這わせたとたん、あの体はあっけなく快楽を示した。
乳首を執拗に弄ると、泣きそうな声をあげて、射精した。
乳首だけで。
その後はもう、サンジは抵抗らしい抵抗は一切しなかった。
口では、許しを請いながら、体はゾロを受け入れた。
なのに。
狭い体だった…。と、ゾロは思う。
まるで、処女も同然だった。
快楽にあっけなく陥落したくせに体はなかなか開かなかった。
あんなにも敏感に反応を返してきたくせに、サンジは男を知らない小娘のように体を固くしていた。
夫がいて、子供も産んだ体とは、思えなかった。
もしかしてあまり夫婦生活がないのかもしれない、と思った。
その事が信じられなかった。
あの体と生活をしていて、あまつさえ二人で駆け落ちのように逃げておいて、エースがあの体にろくに触れもしていない、かもしれない、という事が、信じられなかった。
自分だったなら。
自分だったなら、毎日毎日あの体を貪らずにはいられないだろうと、たやすく想像できるのに。
毎日毎日あの体を抱いて、抱きしめて、キスをして、それでもまだ飽き足らないだろうと、そう思えるのに。
なぜ放っておける。
あんなにも魅力的な体を。
あんなにも快楽に弱い体を。
自分ならもっと…、もっと、愛してやれるのに。
それでもエースを夫に選んだのは、サンジだ。
将来を誓い合ったゾロを裏切り、ゾロに別れ話すらしようとせず、二人で逃げたのは、サンジだ。
何故、と思う。
別れたかったのなら、心変わりをしたのなら、そう言ってくれればよかったはずだ。
ゾロは激昂したろうが…それでも、サンジが本気を見せてくれたのなら、真摯にゾロと向かい合ってくれたのなら、ゾロはそれを受け入れたはずだ。
そこまで狭量ではないつもりだった。
4歳の息子、だと…? とゾロは思う。
ではサンジは、ゾロの前から姿を消す前に、既にエースの子を宿していたというのか? それとも二人で駆け落ちして早々に子供ができたのか?
いずれにせよ、サンジはゾロとエースと、二人を天秤にかけていた、という事なのだろうか。
ゾロは、サンジがいつの間にかエースに心を移していたなんて、5年前のあの日、サンジが去ったと知ったその瞬間まで、気づきもしなかった。
サンジに愛されていると、信じていた。
疑いもしなかった。
別れの予感など、微塵も感じ取る事すらできなかった。
サンジの夫になるのは自分以外に誰もいないと、思っていた。
プロポーズした時、あの碧眼は潤んで落涙さえしたのだ。
けれど、サンジは、ゾロの前から姿を消した。
ゾロに一言も何も言わず。
気が狂ったようにゾロはサンジを探し続けたけれど、サンジを見つけることは出来なかった。
そして、サンジがエースと共にいる、と知った時の衝撃。
二人の間には既に子供がいると知った瞬間の、たとえようもないほどの、怒り。絶望。失望。焦燥。憎悪。憤怒。
その時の衝動のままに、今、人妻となったサンジを犯したというのに、ゾロの心に残るのは、ざらついた、罪悪感。
5年前から少しも変わらない、しなやかな白い躰。
泣きながら、何度も何度もゾロの名を呼んできた。
せつなそうに。
何度も。
あの声が、ゾロの中に無性に焦燥を覚えさせる。
自分が、何か、とんでもない勘違いをしているのではないか、とんでもないことをしでかしたのではないか、という焦りに駆り立てられる。
けれど、とゾロは思う。
5年間行き場を失っていた熱い心の奔流は、サンジという行き先を見つけてしまった。
もう、止められはしない。
誰にも。
エースにも。
自分自身にも。
5年前のあの日から、ゾロの心は半分欠けている。
もう半分を、サンジが持っていってしまったから。