ロロノア・ゾロさんにサンジ君を10人プレゼントしよう
act. 1
「というわけで、サンジ君を10人ご用意いたしました。」
にっこにっこ笑うクルー達の前で、ゾロはあんぐりと口をあけた。
「はあ???」
じゃーん、とナミが指し示した先には、なるほど、ゾロの愛しの恋人サンジがうじゃうじゃと10人、いる。
…10人。
ぶち、とゾロの中で何かが切れた。
「説明しろ、ナミぃぃぃぃ!!!!! どーゆーこった、これはああああ!!!」
その瞬間、10人のコックが全員、音がしそうな勢いでこちらを向いた。
「「「「「「「「「「ナミさんに怒鳴ってんじゃねェ! アホマリモン!」」」」」」」」」」
10人に一斉に怒鳴りつけられ、ゾロは思わず耳を覆った。
衝撃的な出来事はそれだけではなかった。
「じゃあサンジ君ズ、あとはよろしくね〜♪」
「「「「「「「「「「はぁ〜い、ナミすゎ〜〜〜〜ん♪」」」」」」」」」」
大海原の真ん中だというのに、留守番お願いねーな口調で手を振るナミに、ゾロが不審そうな目を向けた瞬間、それは起こった。
ゾロの眼前で、ナミの姿が、ゆっくりと消えていくのだ。
慌てて周りを見回すと、ルフィの姿もウソップの姿も、だんだんと輪郭がぼやけていき、ゆらゆらと揺らめいて、空気に溶けていく。
「な…っ!?」
後に残されたのは、ゾロと10人のサンジ君ズ。
「どーゆー事だ、クソコック〜〜〜〜!!!!」
今度こそ本当の絶叫が、ゴーイングメリー号の甲板に響き渡った。
□ □ □
話は、本日未明に遡る。
この船のふかふか船医、トニートニー・チョッパーは、一週間ほど前からその愛らしい眉根を寄せて悩んでいた。
彼の視線の先には、ハンモックで高いびきの剣士。
まさに船医の悩みの原因であるところの剣士。
チョッパーはその姿をじっと見つめてから、首までずり上がっている剣士のタオルケットをかけなおしてやり、音を立てないようにそっとはしごを上がった。
ラウンジに入ると、金髪のコックさんが朝食の支度をしていた。
入った途端にふわっと香った空気を嗅いで、チョッパーは、ああやっぱり、と思う。
お醤油のいい香りだ。
ゾロの好きな、和食の匂い。
今日はきっと、お昼も和食だ。
夜は大宴会になるだろうから、違うだろうけど。
それでもきっと、ゾロが好きな和食はちゃんと用意してあるに違いない。
ゾロの為に。
そんな事をぼんやり考えていると、コックさんが振り向いた。
「おはよう、チョッパー。どした? そんなとこにぼーっと突っ立って。」
笑顔で言われ、チョッパーは自分がぼけっと戸口に立ったままだった事に気づく。
慌てて、テーブルの椅子によじのぼった。
そして、またキッチンに向き直ったコックさんの後姿を見つめる。
「ねェ、サンジ。」
「ん?」
「サンジはゾロが好きなんだろ?」
がたん! と、まな板が音を立ててシンクの上から滑り落ちた。
「な、な、何、チョ、お、ゾ、好…っ!?」
耳まで真っ赤にして振り向いたサンジの言葉は、まったく言語として成立してなかったけど、言いたいことは分かったので、チョッパーは気にせず話を続ける。
「好きだから、今日はゾロの好きなもんだけ作ってやるんだろ?」
今日はゾロの誕生日だから。
そう言うと、サンジはギクシャクした動きで床に落ちたまな板を拾い上げ、ものすごい速さでタバコを吸い始めた。
「べ、べべべべ別に、す…スキ…とかってそういうんじゃなくて、おおおおお俺はコックだからな。」
サンジの顔は真っ赤なままだ。
チョッパーはサンジがゾロを好きな事も、ゾロがサンジを好きな事も、二人がつがいな事もちゃんと知っていたが、あんまりサンジがうろたえているので、そこら辺には触れないであげる事にした。
というか、二人の仲はちゃんとクルー公認ですらあるのに、どうしてサンジはその事になるとこんなにも盛大に照れるのか、それが不思議なところではあったが。
「サンジは、ゾロにプレゼント渡すのか?」
「プッ…レゼント?」
サンジはまだ動揺してるらしい。
いや、俺は、そんな、とか、ごもごも口ごもっている。
「俺、ゾロに何にもあげるもん、ねェ…。」
しょぼんとチョッパーが呟くのを聞いて、サンジはようやく自分を取り戻した。
ああ、と口元に薄く笑みを浮かべて、チョッパーの頭をぽんと叩く。
「俺だって何もやんねェよ。ナミさんだってルフィだってやらないと思うぜ?」
そもそもこの船は、誰かの誕生日だからといって、プレゼントをあげたり、とかそんな事はしない。
ただ、夕食が宴会にはなるが、それだって誕生日を祝うためというより、それを口実にして宴会がしたいから、という方が真実だ。
サンジだけは、女性クルーの誕生日に限って何かプレゼントを用意しているが、それだって単に彼のフェミニスト精神がそうさせているだけの事であって、男性クルーの誕生日は宴会のみである。
でも、とチョッパーは思うのだ。
チョッパーはゾロには何かプレゼントをあげたかった。
だってチョッパーはゾロが大好きだった。
一緒にお風呂に入ってくれるのも、膝の上でお昼寝させてくれるのも、ゾロだ。
だから、ゾロの誕生日が近いことを知ったチョッパーは、何かゾロが喜ぶものをプレゼントしたかったのだ。
だが、チョッパーがゾロの誕生日を知ったのは、出港したあとだった。
島でなら何か見繕って買うこともできるが、海の上ではそうはいかない。
何かないか何かないかと考えあぐねて、とうとう今日、ゾロの誕生日当日を迎えてしまっていた。
俯いてしまったチョッパーの頭を、サンジが優しくぽんぽんと叩く。
「その気持ちだけで充分だと思うぜ? あのマリモちゃんにはよ。」
サンジの手は不思議な手だ。
サンジはゾロやルフィよりもずっと体温が低くて、手なんか冷たく感じるくらいなのに、こんな風に触れられると不思議にあったかい。
体に触れてくる手はひんやりしているのに、お腹の底からじんわりあったかくなる感じだ。
ひんやりしていて、じんわりあったかくて、ふんわりと優しい。
チョッパーはゾロが大好きだけれど、サンジはもっと好きだ。
ルフィも好きだ。ウソップも好きだ。ナミも好きだ。ロビンも好きだ。
だからこの「好き」っていう気持ちを、こんな日に伝えたいなあと思うのだ。
でもチョッパーは、ゾロにあげるプレゼントがなんにも見つからない。
何をあげたらゾロは喜んでくれるだろう。
ゾロが一番貰って嬉しいものって何だ?
そこまで考えて、チョッパーは、はた、と目の前の金髪コックさんを見上げた。
コックさんは、ん?と小首をかしげて、優しく笑っている。
ゾロが貰って一番嬉しいものは、このコックさんだ。
でも、サンジはもう、とっくにゾロのものだし…。
いっそもう一人、サンジがいれば、ゾロにプレゼントできるのに。
そんなお馬鹿なことを考えながら、チョッパーは再び、がっくりと頭を落とした。
□ □ □
それが早朝の話。
そして話は昼になり、おかしな方向へ転がり出す。
□ □ □
ぽかぽかと陽気のいい日だった。
ウソップが「ウソップルアー」とやらを発明して船首甲板で釣りを始めたので、ルフィとチョッパーも大喜びでそれに参加していた。
ナミとロビンはラウンジでサンジの作る新作スィーツに夢中。
ゾロは、3バカが船首甲板で大騒ぎしているので、本日のお昼寝場所に後列甲板を選んでいた。
サンジが、女性二人に、下層が紅茶、上層がナミのみかんジュース、というセパレートティーを淹れ、「これがグレープフルーツジュースだと“カリフォルニアウィンディー”。ナミさんのみかんだから、ココヤシウィンディーかな、イーストブルーウィンディーかな。」等と軽口を叩いていたその時だった。
うおおっというどよめきが、船首甲板からした。
何事かと丸窓から船首甲板に目をやったサンジは、
「何だ?ありゃ???」
と、自分の目を疑った。
たった今釣り上げました、というポーズでルフィが抱えているのは、上が人間で下が魚、というセパレート人間、いや、とどのつまり、人魚、だった。
「なにそれっ?」
驚いたナミ達も、船首甲板に集まる。
「人魚だ!」
ルフィは大イバリにイバっている。
人魚は、上半身が人間で、見た感じせいぜい3〜4才の子供といったところだろうか。
背丈はチョッパーとほとんど変わりない。
下半身には魚の尻尾がついているため、男(オス?)なのか女(メス?)なのかわからない。
怯えきった様子でぶるぶると震えている。
「サンジっ! コレ食えるか?」
船長が、きらきらした目でそう叫んだとたん、抱えられた人魚の目からぶわっと涙が噴き出した。
びええええ〜と盛大に泣き出す。
すぐさまナミがルフィの手から人魚をひったくって抱きかかえると、拳骨で力いっぱいルフィを殴りつけた。
「かわいそうじゃないのっ!」
そして振り向きざまに、
「尾の身はおつくりにできるが上半身はどうなんだ。俺は人間はさすがに捌いたことねェからなあ。そりゃクソ剣士の仕事だぜ。」
等とぶつぶつ言ってるサンジにも、
「やめんかァ!」
と裏拳を叩き込んだ。
仲良く甲板にめり込みながら、「ごべんなさい…」「ごべんなさいダビさん…」と謝る船長とコック。
人魚はナミに縋り付いてひんひんと泣いている。
ナミがその頭を撫ぜながら「もう大丈夫よ。」と慰めても、人魚はなかなか泣きやまない。
それを見て、さすがに哀れに思ったのか、サンジがラウンジにとって返して、すぐさま手にグラスを持って戻ってきた。
グラスの中には、オレンジと琥珀のセパレートティー。
グラスの縁に八つ切りのみかんが飾ってある。
ナミがそれを受取り、「おいしいよ。」と人魚の口元にもっていった。
人魚は不思議そうな顔をしてそれを眺めていたが、やがてグラスを横から見てその琥珀色に目を輝かせ、くんくんと匂いを嗅いで、爽やかな柑橘系の香りがするのに気づくと、恐る恐るそれに口をつけた。
こくこくと飲み始め、その顔が、にぱあっと破顔する。
「機嫌が直ったようね。」
にっこりとロビンが言った。
ナミもほっとしたように笑って、改めて野郎共を、ギッと睨んで、「食べないからね!」と威嚇した。
その頃にはもうさすがにルフィも人魚を食べようなんて気はなくしていたので、程なく、野郎共と人魚は仲良く遊び始めた。
ひとしきり遊ぶと、人魚はルフィの腕を引いて、海の中へ誘う仕草を見せた。
「なんだァ? 遊びに行こうってか?」
聞くと、人魚は笑いながらうんうんと頷く。
「あー、えっと、ごめんな、俺、海ん中行けねェんだ。」
頭を掻きながら、ルフィが言った。
「こいつな、泳げねェんだよ。」
サンジも横から口を出す。
すると人魚は、きょとんとした顔を見せてから、少し考えて、突然船べりから海に飛び込んだ。
なんだか唐突に帰っちまったなーと思っていると、人魚が飛び込んだ海面が、俄かに渦を巻き始め、その渦の中心から、一人の女の人魚が姿を現した。
「私の子供を返してくださってありがとうございます。」
そう言いながら、とびうおのように跳ねてゴーイングメリー号の甲板に降り立った人魚は、すこぶるつきの美人で、おまけに、基本的に魚なのだから当然だが、人間の上半身には何も着けていなかった。
早い話が乳丸出し。
人魚の幸せパンチを食らって、野郎共が、どかーんとひっくり返る。
自分の丸出しの乳房がそんなパンチを繰り出した事に気がつかない美人の人魚は、不思議そうにそれを見ていた。
先に飛び込んだ子供の人魚が、追ってきて母親人魚の腕に抱かれる。
それで乳房が隠れ、ようやく立ち直ったクルー達を前に、母親人魚は
「この子がぜひあなた達を私たちの国へお招きしたいと言っています。ぜひいらしてください。」
と言った。
ありがたいけど、俺達は海の中では息ができねェ。船長はカナヅチだ。という話をすると、母親人魚は手のひらにシャボン玉を固めたような小さな玉を差し出した。
「これは海の泡です。これを飲んでいただければ、私たちの海域にいる間だけですが、海の中でも地上と同じように呼吸することができます。」
それと、と人魚は続けた。
「私の子供を助けてくれたお礼に、何か一つ、あなた方の願いをかなえさせてください。」
但し、私の力は私達の海域だけでしか効かないので、この船がこの海域を通る間だけになりますが…。
願い事、と聞いて、目の色を変えた航海士は、それがこの海域を通る間、せいぜい持ってあと24時間、と知ってがっかりと肩を落とした。
形のあるものを出してもらっても、この海域を通り過ぎれば、それは跡形もなく消えてしまうのだそうだ。
他のクルーも、自分の夢を…例えば、オールブルーにつれていってもらいたい、とか、ラフテルに行きたい、とか、リオポーネグリフの真実を知りたい、等と言う者など当然いるはずもなく、船長が、「お前達の国を冒険できるなら願い事は特に何もない」と言おうとしたその時だった。
24時間、という時間制限に敏感に反応したチョッパーが、突然叫んだ。
「それならっ! サンジをもう一人増やしてくれ!」
ぽん、と、見る間に目の前のコックさんが二人になる。
二人になったコックさんは、一瞬お互いを見つめあい、きょとんとしてから、見る間に怒張してチョッパーを振り返った。
「「どういう事だ、チョッパー!くらァ!!!」」
「ごごごごごごめんなさいごめんなさい。」
ステレオになったコックさんの剣幕に涙ぐみながら、チョッパーは、
「だっで、ドドの誕生日に、ダンヂをブレゼンドじだがっだんだ。おで、おで、ドドの喜ぶものっで、ダンヂしか思いづかでェんだぼん。」
と言った。
24時間すれば、サンジは一人に戻るんだろ? だから今日一日だけ、サンジをゾロにプレゼントしたかったんだ。と。
それを聞いて、二人のコックさんの顔が見る間に赤くなる。
「あら、それ、いい考えねぇ。」
不意にナミが言った。
その顔に魔女の笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、あたしも、今日はゾロにサンジくんをプレゼントするわ。」
ぽん、とサンジがもう一人増える。
「「「ナナナナナナナミさん…」」」
「まあ。じゃあ私も剣士さんにコックさんをプレゼントしようかしら。」
ぽん、とまたサンジが増える。
「「「「ロ、ロビンちゃん・・・」」」」
「よぅっし!俺もゾロにサンジをプレゼントするぞ!」
面白がったウソップの言葉に、ぽん、と5人目のサンジが現れる。
「「「「「ウソップ! てめェ!」」」」」
どうも5人のコックさんは、みんな、ホンモノのコックさんらしい。
全員が見事に同じリアクションをする。
そこへ、ルフィがとどめの一言を放つ。
「いっそのこと、サンジを10人、ゾロにプレゼントしようぜ!」
どかーーーん! と、あっという間に甲板が、10人のサンジであふれかえった。
2004/11/04
2004年ゾロ誕話。
「あーゾロの誕生日だなあ」→「今年は何プレゼントしようかなあ」→「何やったってよろこばねぇしなあ。」→「ゾロが悦ぶもんってなんだ」→「サンジか。」→「でもサンジはもうゾロのもんだしなあ。」→「んじゃ、サンジ君10人くらいプレゼントしとくか。」
という発想のもと、生まれたアホ話。