BRAU x GRAY
だいたい、そもそも、最初っから、はじめっから、出会ったその瞬間から、ブラウはグレイが嫌いだった。
気に入らなかった。
天敵と言ってもいい。
いや、この場合は正しくこう言うべきであろう。
恋敵、と。
* * *
あんな男、助けなきゃ良かったんだ。
ブラウはつくづくそう思う。
あんな男、というのは、いつだったか森に迷い込んできた帝国兵だった。
モンスターに襲われていたので、ブラウ達が助けてやったのだ。
別にブラウは助けなくてもよかったのだが、オウルの言いつけだったから仕方がない。
それに、大好きな大好きなクローディアが一緒だったから、ちょっと張り切ってもいたのだ。
そしたらその帝国兵が、後日、遊びに行ったクローディアに、紹介する、と言って変な男を連れてきたのだ。
その男が、グレイだった。
「確かにお前の言ったとおり、美人だな。」
グレイの開口一番はこれだった。
何当たり前の事を言ってるんだ、とブラウは思った。
クローディアは誰よりも誰よりも美人で可愛くて優しい。
森のみんながクローディアを好きだったし、ブラウだってクローディアが大好きだった。
クローディアのためなら何でもしたし、クローディアの願いは何でもかなえてあげたかった。
そしていつか、クローディアをお嫁さんにするんだ。そう思っていた。
それなのにあの男が。
「よろしく、お嬢さん」
なんてキザっちいセリフを吐いて、ちゃっかり仲間に入ってきたのだ。
しかも、さも当然、という顔をして、クローディアの肩なんぞ抱いてみたりもする。
何が、よろしくお嬢さん、だ。
何でこんな奴と一緒に旅をしなくちゃならないんだ。
クローディアもクローディアだ。
そんな男、殺してしまえばいいのに。
クローディアときたら、真っ赤な顔をして、ぼーっとその男の顔を見つめているだけなのだ。
これはやばい。
ブラウの本能が告げていた。
この男はやばい。
クローディアの傍に置いちゃいけない。
そうこうしているうちに、ある日、ブラウは、クローディアにキスしているグレイを目撃してしまった。
さあ大変だ。
グレイはクローディアとつがいになろうとしている。
ブラウのクローディアなのに!
ブラウがクローディアとつがいになるのに!
殺るしかない。
ブラウは決心した。
* * *
決心した、といっても、それは並大抵の事ではなかった。
何しろ相手は百戦錬磨の冒険者だ。
冒険者、というのが何なのかわからなくても、グレイが相当手ごわい相手であることは、ブラウには野生の勘で分かる。
ほんの少しの殺気でも、グレイは忽ち察知するのだ。
まるでグレイの方こそが野生動物みたいだ。
そんな男をどうすれば殺せるのか。
闇討ちもしてみた。バトルの途中で敵への誤爆を装ってもみた。思い切って正面からぶち当たってもみた。
しかし全てあっさりと撃退された。
ブラウは、自分の必殺ブラウパンチが効かない相手に初めて遭遇した。
クローディアの事さえなければ、ブラウはグレイの子分になったかもしれない。
それほどにグレイは強かった。
一体どうしたらこの男に一泡吹かせてやれるんだろう?
ブラウは途方にくれかけていた。
* * *
その夜は綺麗な月夜だった。
赤い満月と銀の満月が揃って空に顔を出し、星が見えないほどに明るい夜だった。
宿屋の庭木の根元に寝床を構えて微睡んでいたブラウは、人の気配に目を開けた。
「よぉ。」
グレイだった。
ブラウに殺気さえなければ、グレイはよくブラウに近づいてくる。
グレイ自身はブラウを嫌いではないらしかった。
ブラウだって別に、グレイ本人を嫌いなわけではない。
クローディアの事さえなければ、むしろ好きな方だといっていい。
その時のブラウは眠い事もあったし、あんまり月夜が穏やかだったので、目は開けたものの、寝そべった姿勢から顔をあげもせず、グレイが近づくのに任せていた。
正直言うと、ブラウは、グレイを襲うのに少々疲れてもいたのだ。
ブラウが警戒していないのを見て、グレイは、ブラウの傍に、すとんと腰を下ろした。
「いい月だ。」
空を振り仰いで呟く。
ブラウは、寝てるはずの時間なのに、グレイは何で外へ出てきたんだろう、と思った。
…実のところ、グレイは、ブラウの知らない間に、とっととさっさとクローディアと「つがい」になってしまっていた。
この夜も二人で甘い濃密な時間をたっぷりお楽しみだったのだ。
もちろんそんな事はブラウには内緒である。
内緒であったのだが、たまたま油断したのかうっかりしたのか、この日のグレイは、コトの後、クローディアが疲れて寝入ってしまったので、あまり月が美しかった事もあって、なんの気なしにちょっと涼みに外へ出てきてしまったのだ。
シャワーも浴びずに。
グレイにしては迂闊な事である。
ブラウは当然、グレイから漂うクローディアの香りに気がついた。
何でグレイからクローディアの匂いがするのか、わからなかった。
わからなかったが、グレイ自身の体臭とともに、確かにクローディアの匂いがする。
しかも、それは、いつものクローディアの匂いではなかった。
発情した雌が出す、独特のにおいだった。
* * *
グレイは、それが殺気だったのなら、いつものように即座に反応しただろう。
けれど、それは殺気ではなかった。
だから、ほんの少し、それに気づくのが遅れた。
その、ほんの少し、が、致命的だった。
ハッとした時には、2mを越す巨体が、仁王立ちになっていた。
「!」
殺られる、と思った。
間近に迫ってくる熊の顔。
目は血走り、荒い鼻息はグレイの髪をそよがせるほどだった。
だが、ブラウは、その鋭い爪でグレイを引き裂こうとも、牙を突きたてようともしなかった。
代わりに、長い舌でグレイをべろりと舐めあげた。
一瞬、食われる? と思った。
けれどそうではなかった。
グレイの目は見てしまった。
自分に覆い被さってくる巨大な熊の股間に反り返る、それもまた巨大な生殖器を。
それはぎんぎんにテンパっていて、臨戦態勢になっていた。
「お前… まさか…! 待て! よせ!」
ブラウは発情していた。
グレイは目を見張り、慌てて逃げ出そうとした。
しかし、時既に遅く、グレイの体はしっかりとブラウの体の下に固定されていた。
如何なグレイとて、完全にマウントポジションをとられては、580kgもの体重を押しのける事は不可能だった。
「よせ! やめろ! ブラウ! やめろ! やめ………………!」
いっそ殺してくれぇぇぇぇぇぇ! という、雑巾を引き裂くような、男の野太い悲鳴が辺りにこだました。
春だった。
END.